女三人寄らずともおしゃべりひとりでかしましい
肉屋から宿に帰ると、ちょうど夕飯の時間だった。
待ちに待った、とはこういうことを言うのではないだろうか。
もちろん、ご飯が楽しみだったというのもあるけれど。
「レイ! ここ、席とっておいたの!」
女性の旅人が他にもいる中、ただ一人輝いて見える、僕の幼馴染、そして村長の許しが得られれば、恋人になる相手。
隣部屋とはいえ、僕は寝ていたり狩りに行っていたり、そもそもお互いに夕飯まで会わないように、という話をした以上、そう意識していたのだから会わなくて当然なのだけど。
キイルさんの言っていた通り、互いのことを思いながら過ごす時間は、再会したときいっそうの喜びをもたらしてくれた。
「奥様から聞いたわ。すごい数の害獣を狩猟したんでしょう? しばらくはお肉仕入れなくてもいいくらい、っておっしゃっていたわ!」
「うん。それで、ここでは燻製も作るらしいからそれと、肉屋さんである加工をお願いしたんだ! 加工肉も燻製にしてやると保存がきくらしいから、しばらくは食事に飽きずに済むかな?」
「そんなに贅沢して、路銀がなくなったりしないわよね?」
「大丈夫。実はね……」
小さな声で、懸賞金が金貨単位でもらえることや、宿屋で燻製を売ってくれて、手間賃とかを引いた売り上げをもらえることを告げる。
「レイ……すごいわ。まるで商人みたい」
「ここのおかみさんが言いだしてくれたことだから、そんなことないよ。僕はただの猟師。たぶん、世界一幸せになれる、ね」
言葉の意味を理解してくれたのか、頬を染めて照れるマイア。
うん、男口調だったころとはまるで別人だけど、そのころは最高の友達で、今は最高の恋人だと思える。
幸せだなぁ。人生は幸と不幸の相和がゼロになる、なんて本で読んだけれど、この幸せを塗りつぶすような不幸があるなんて到底思えない。
「あれー? 偶然だねぇ! キミもこの宿に泊まってたんだ!」
幸せに浸っていると、聞き覚えのある声が食堂に響いた。
「あ、狩りの時に会った……えーと……すいません、旅の相方がニケさんだとしか聞いていないような……」
「そう言えばそうだねぇ。ボク自身の紹介はしていなかったよ。キミのことも何も知らないけど……このあまーい空気、ボクが入ったらお邪魔かな? って、こうやって話してる時点でお邪魔だよね! というわけで、引き続きお邪魔しまーす!」
銀の短髪をいじりながら、狩りの時に会った人は椅子を引っ張ってきて、僕たちのテーブルの横に座った。
「……レイ? この人、だあれ?」
う。
そりゃそうだよね。恋人(まだ違うような、合っているような)が知らない異性と話してたら、ちょっと腹が立つよね。
「あー、そんなに怒らない怒らない! 心配しなくても、キミの恋人とったりなんかしないよ! 君の方を奪いたいとは思うけど!」
「……すいませんが、私が我慢できるうちに真面目に話していただけますか?」
褐色肌の女性の発言に怒りがこみあげているのだろう。陶器のカップの中の水がぼこぼこと沸騰している。
大丈夫だよね? それぶっかけたりしないよね?
「ごめんごめん。ボク、男より女の子の方が好きだからつい口説いちゃった。かわいい女の子を口説かないのは失礼だし! さて、それじゃ、いい加減自己紹介でもしようかなー」
大きな胸をテーブルの上にのせて、女性は口を閉ざした。
「ボクは、タルカ。タルカ=ルシ。若いうちに巡礼に行こうと思ってね。この間、霊峰にチャレンジして、それからここに来た! キミたちは?」
「あ、僕はレイ・ヌーフェリアっていいます。で、こっちが──」
「マイア・グランジールです。偶然ですね、私たちも巡礼の途中なんです。精霊の泉の近くの村の出なので、私たちも泉の巡礼を終えてここに来た、というところでしょうか」
女性──タルカさんが再び口を開き、自然と僕たちも自己紹介をしていた。
「精霊の泉の……? あんな僻地に村なんてあったんだ。って、ごめん! キミ、レイ君だったら分かってくれるよね!? ほら、ニケも言っていた通りボクってやたらと喋りすぎるタイプで、しかも思ったことそのまま口に出しちゃうタイプだからさ! キミたちを田舎者扱いしたいわけではないし、というか、こんな基準で言ったらボクも田舎者だし! つまり、その──」
「落ち着いてください、タルカさん。私たちの村はあまり知られていませんから。森の奥地に村があると初めて知って、少し驚いた。そういうことでしょう?」
「そう! いやぁ、マイアちゃんは話が早くて助かるなぁ! ニケだったらこうはいかないよ、あいつ、ボクがちょっと冗談入れて話せば『どういう意味?』だし、今みたいに話すのが止まらなくなったらすーぐ無視するし! まったく、こんないい旅の相方を持てるレイ君には嫉妬の感情しかないね! レイ君、ニケあげるから、マイアちゃんもらえないかな?」
すさまじい早口で言って、手を合わせてお願いしてくるタルカさん。
まあ、どんな好条件であっても、返事は決まっているのだけれど。
マイアの肩に、そっと手を回す。
「ごめんなさい。マイアは僕のなので、渡したくありません」
食堂全体には聞こえていないみたいだけど、すぐ後ろのテーブルの人にはさすがに聞かれてしまったようで、口笛を吹かれた。
「っ……~! すいません、私はレイのなので、離れられません……!」
「うっわー、いいないいなー! 両想いカップルいいなー! ボクもマイアちゃんみたいなかわいい女の子と付き合いたーいー! ニケみたいな愛想なし放り捨てたーい! いや……ボクがキミたちの旅に同行すれば、マイアちゃんの豊かなふくらみを信仰心から合掌することくらいできるのでは? では!?」
顔を真っ赤にしたマイアは小声でそう告げるけれど、タルカさんはお構いなしに大声でそんなことを言ってしまうものだから、食堂の旅人たちから好奇の目を向けられる。
「タルカさん、声が大きすぎますよ」
「あはは……ごめん。つい、嫉妬心から、かっとなってやった。後悔も反省もしていない」
「後悔はともかく、反省くらいしてください。もう……」
僕が注意して、タルカさんがボケて、マイアがツッコむ。事前に打ち合わせでもしたのか、というくらいの漫才模様だった。
「タルカさんは早くニケさん、でしたっけ? 旅の相方さんと合流されてはいかがですか?」
「そうしたいんだけど、ニケのやつどこ行ったかなー……ちょっと探してくるね!」
そう言って立ち上がり、椅子を元の場所に戻した。タルカさんとの会話は、疲れるけど楽しさも感じ出していたから、少し残念だ。
「まあ、お互い巡礼してるんだったら、どこかでまた会えるかもね! その時は後ろから忍び寄って……ぐへへ」
……やっぱり、残念じゃないかもしれない。何もない場所に見えているであろう何かをもむような手の動きを見ていると、そんなあきれがこみあげてきた。
とはいえ、あきれのまなざしで見られていることに気が付いたタルカさんはバツが悪そうな表情で食堂から出ていった。
「……嵐のような人ね、レイ」
「そうだね……ニケさんみたいに止める人がいないと、こんなに面倒だとは」
「同じ宿なら、戸締りちゃんとした方がいいわね……それとも、レイが私を守ってくれる? その……私、レイの、だから……」
もじもじとしながら言うマイア。
……そういえば、そんなこと言っちゃったなぁ。
「わ、私、レイのになる、覚悟はできてる……うん、できてる。きっと、それで幸せになれるって、心臓が訴えかけてくるの。レイ……触って、確かめて? 運動もしてないのに、こんなに心臓がどきどきするの、初めてなの……」
熱い感情がこもった目で訴えかけてくるマイア。
「ご、ごめん。今のは、タルカさんを無理やりにでも追っ払うっていうか、マイアのことを諦めさせるために言ったのであって……冗談で言ったわけではないよ!? でも、その、少し、少しだけ願望混ぜたりとか、誇張していっちゃったりしたなー、って……」
この強い思いをどうしたものか。
いや、その、僕だって、そういうことに興味のある男だから。
据え膳食わぬは、という言葉もなんか聞いた覚えあるし。
聞いていなくても、健全な男としては、その、ね? うん、責任取らなきゃって思いもあるし。
「レイ君、マイアちゃん。大きな声が出ちゃうようなことは?」
「「禁止です!!」」
助かった……おかみさんの静止がなければ、マイアの胸に触れてしまっていたかもしれない。
「いい雰囲気の子たちだと分かってはいたけれど、どうしたの? そんなに会えない時間がもどかしかったかしら?」
「いえ、これはタルカという方に諦めてもらうために……同じ宿なので、またちょっかい出されるかもしれませんけど」
「タルカ……? そんなお客さんいたかしら……後で確認しておかなくちゃ。さ、おなかすいてるでしょう? 今日はレイ君が狩ってきてくれたミザライドリのローストよ!」
そう言って、僕たちの前に料理が盛られた皿を置いてくれるおかみさん。
おかみさんがタルカさんほど個性の強い人の名前を覚えていないことに違和感を覚えたけれど、果実をさらって食べてしまう鳥にはよく脂がのっていて、食べているうちにその事は忘れていった。