新造魂の日常
転生。
一度、生を終えた存在が、新しい生を得る。
それは、みんなにとっては当たり前のことなんだろうけど、僕にとってはそうではない。
なにしろ、僕は今の人生が、初めての人生なのだから……と、言っても、前世が他の生き物だったわけでもない。
死んでも、別の生き物として、前世の記憶を保ったまま、新しい一生を始めることが当たり前のこの世界で、僕は“新造魂”と呼ばれる存在なのだ。
読んで字のごとく、”新しく造られた魂”、諸説あるようだけど、この世界に新しく産み落とされた魂だとされているのが、新造魂。その呼び方は、時に畏敬を、時に軽蔑を伴って放たれるものなのだけれど。
この村の人たちは、みんな優しく、僕にちゃんと名前を付け、対等に接してくれている。
……まあ、例外が一人いると言えばいるけれど。
「レイー、そんな怒るなよー。俺たち幼馴染だろー? おーい、レイー。レイレイレイー」
その例外が、この声の主。
今の名前は、マイア・グランジール。僕が生まれたころに、今の肉体に生まれ落ちた、助平親父だ。
もちろん、助平親父というのは前世の話。今の肉体は、それはもう可憐で清楚な美少女であり、“マイア・グランジール”として生きている時は、村長の娘というだけあって、女性としての礼節を持った行動をする。
その属性の魔力をわずかながら有している証である、火を薄めたような色の髪は、本人の趣味で伸ばしているけれど、いつ見ても綺麗だと思う。
瞳は日が沈む間際のように、美しくもあり、何処か妖しさをまとった色合いで、その瞳に見つめられれば、大抵の男は恋に落ちることだろう。
声音も、歌う鳥たちのように愛らしく、街中で聞こえたら、この声の持ち主は、とあたりを見渡さずにはいられない。
肌は透き通るように白く、荒れた様子などかけらほども感じない。
体形も、女性として完璧といえるだろう。ふとすぎず、細すぎない。
体を構成するすべての点において、非の付け所が無い。これほどかわいい子なのだから、きっともういい人がいるだろう。そう思わせ、口説くのを諦めるほどの美貌は、僕なんかが隣に立っていていいのだろうか、と思うほど。
ただ、前世が助平親父というのが致命的な欠点なだけで。
「分かったよ、レイ。おっぱいもませてやるから、機嫌なおせ、な?」
「そういうのをやめてっていつも言ってるでしょ!? そもそも僕が怒っているのだって、いくら幼馴染で、マイアが前世は男だからって、僕が水浴びしているところに、薄衣もまとわずいきなり入ってきたからなんだからね! 僕に対して警戒心なさすぎ! 僕だって男なんだから、襲われたらどうしようとかないの!?」
もちろん、とっさに眼を閉じてはいる。けれど、薄衣をまとっていないということが分かる程度には見てしまったのも確かで。
「だーかーらー。お前がそんなことできるタマだったら、俺とっくに襲われてんだから、警戒心持ちようがないんだよ。俺は、お前を信頼しているから、前世の記憶から、少しでも話しやすくしようとしてんのに……」
「女の子が“タマ”とか言わない!」
この通り、からかっているのか、なんなのかよくわからない態度を、二人きりの時にだけとる。だから、ある意味対等じゃないというか……。
「お堅いこって。そりゃ、昔は今の姿、立場にふさわしい言動でレイと話そうとしてたけど、そうしたら俺の顔もまともに見てくれなかったじゃねーか。だからこういう、前世にしてたような言動してるんだぞ?」
「……新造魂にだって、マイアがかわいいのは分かるから、話すのに抵抗があったんだよ。僕ごときが、話しちゃいけないと思うくらいには、マイアのことを神聖視してた時代があったからね」
「前世の記憶があったって、心の基本は今の肉体に合わせたものになる。幼馴染が急に距離とりだしたら、誰だって悲しいだろ……」
涙声になりつつあるマイア。騙されないぞ……前世の話し方するようになってから、何度このウソ泣きに騙され、ほだされたことか。さすがにもうごまかされない。
「……レイ、私だって、心の基本は女の子なんだから、裸のレイの前に、裸で行くのは恥ずかしいし、さっきみたいな言い方だって、すごくはしたないって分かってる。でも、それでもレイと話したいの……少しでも、近くにいたいから……レイが接しやすいように、男口調にしてるのに……」
ほ、ほだされない、ぞ……これだって、演技なんだろうから……。
「もう、やだよ。レイに可愛いって思われるのはうれしいけど、それで距離を取られるのは、もうやなの!」
あれ、これ、本気かな? 声に感情がこもっているというか、嘘くささがないような。
「レイ……私だって、私としてレイとお話したい。けど、男の人みたいにふるまわないと、レイは、私と距離を取るよね。嫌いに、なるよね……」
「あれは! その……嫌いになったんじゃなくて、マイアのことを、幼馴染じゃなくて、その……女の子だ、って意識しだしたからなんだよ! マイアのことは大事にしたいから、傷つけないように距離を取ったっていうか!」
慌ててそう叫びながら、椅子から立ち上がり、マイアの方を見る。
「…………」
マイアは、うつむいていて、表情が分からない。何か、もう少し言わないとだめか……。
「マイアのことは、好きだよ。けど、幼馴染としてであって、異性として見てしまえば、僕みたいな前世のない奴じゃ、絶対に傷つけちゃう。マイアなら、もっとふさわしい人がいるじゃないか。社交界に出れば、絶対に見つかる! そりゃ、最初は田舎村の村長の娘だ、って軽視されるかもしれないけれど、マイアが本来のふるまいをしていれば、好きになる人なんてそれこそ掃いて捨てるくらい集まるって!」
そう言っても、うつむいたまま。おもわず、マイアに歩み寄り、おずおずと肩に手を伸ばす。
その直後、僕はマイアに抱きつかれていた……って、えええ!?
「そんなのじゃいや……私は、レイがいい。レイじゃないと、いやなの。おねがい。私から、離れないで。私は、レイにならどんなに傷つけられたっていいの。その傷すら、きっと、いとおしくなるから……」
えっとちょっと待ってなにこの状況はマイアみたいな美少女が僕に抱き着いて告白してきていていい香りがして細い肩は震えていてこの言葉が心からの物であると示しているわけでっていうかマイアってこんなに柔らかかったっけ? いやどこがとは言わないし言えないけどどうすればいいのこの状況? 抱き返せばいいの? むしろ大人の階段を上る形で抱いてしまってもいいの? いやいやいやいやそれはさすがにまずいって分かってるから抱き返しはしな──やめろ、僕の両腕。勝手にマイアを抱きしめようとするんじゃない……!
ある意味、永遠に匹敵するほどの一瞬だったと思う。僕は、必死に両腕を本来あるべき位置に戻し、マイアに告げた。
「僕だって……マイアにとってそれが一番の幸せなら、恋人として隣にいたい。新造魂なんかに何ができるか分からないけれど、人として、男としてマイアを幸せにして、一緒にいたいよ……!」
そこまで口にして、マイアの顔(僕の胸にうずめているから正確には頭)を見やる。
その耳もとから、わずかながら魔力の発する光、魔力光を見つける。
「……ねえ。マイア。音声記録の魔法で、何の証拠をつかむつもりなのかな?」
そっとそう告げると、マイアは、肩をピクリと震わせ、僕からそっと離れて、玄関の方まで歩いていく。
そして、ふいに顔をあげ──
「ばれちまったぜ☆」
無駄に爽やかな声音でそう言うと、戸をあけ放ち、僕の家から逃げ出した。
「マ~イ~ア~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
その背を追い、僕も家を出たのは、言うまでもなかった。