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第一章2話『冷たい床と儚い紫陽花』


「異世界転生って本当にあるんだな」


 静かな灰色の石壁に三方を囲まれ,一方には鉄格子が嵌められた部屋,一般的には牢獄や独房と飛ばれる部屋の中で,あまり上等とは言えない,木綿らしきもので作られた衣服を着,三角座りをして部屋の隅に座っている青年が呟く。

 もちろん反応するものは誰もおらず,彼もそれを期待していたわけではない様だった。


「さて......どうしたもんかねぇ」


 少々おどけた様な口調で彼は呟く,問題の出来事は数時間前に遡る。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「お前....服はどうした」 




「あはは〜,無くしちゃいました」


 (シズ)は場を和ませようとにこやかに笑いながらそう答えるが,口元がピクピクと痙攣している。


 一瞬の沈黙の後,


「お前は何者だ?どうしてこんなところにいる」


 隊長はスルーするつもりらしい。


「いやぁ,僕もちょっとよくわかっていなくてですねぇ,強いて言うなら,気づいたら知らない森の中で裸で倒れてたって感じですかねぇ」


 どこかの悪徳商人の様な口調で事実を説明するが,この状況では怪しいにもほどがある。


「もう一度聞く,お前は何者だ,なんの目的で俺たちを監視していた」


 凄みを利かせながら聞いてくるが,状況が状況なので露出狂に理由を聞く警官の様な感じになっている。


「だぁかぁらぁ!気付いたら裸で知らない森に倒れてたんだって!後恥ずかしいから服ください!」


 弁明に微妙に要求を織り交ぜて返答するが,隊長の目が細められただけで,逆に警戒心が増している様に見える。

 

「ここら辺では珍しい目の色だな,出身地はネリアールあたりか?」


「初めて目の色が珍しいなんて言われたよ,ってかネリアールってどこだ?聞いたことないぞ」


ーーー明らかにおかしい,ここは日本じゃないのか?でも言葉は通じるよな...


「その目の色が珍しく無かったってことは,少なくともこの辺りに住んでいるものじゃないな」


「お前らだって似た様な色してるだろ,鏡見たことないのか?」


「それはこっちの台詞だ,鏡はあまり見たことないが」


ーーー妙な格好に,剣,しかも鏡を見たことがない?これってもしかして異世界召喚ってやつだったりするのか?


 隊長はおもむろに剣を抜き剣の腹をこちらに向けてきた。


「ん?剣向けるんだったら刃の方をむけ.....はぁ⁉︎」


 シズは突然素っ頓狂な声を上げた,それもそのはず,隊長の構えた剣に写っていたのは綺麗な水色の目を持つ青年だったからだ。


「えっ?これっていつの間にか,異世界転生しちゃってた的な感じなの⁉︎」


「何わけわからん事言っとるんだ,とにかく,そんな色の眼はここら辺じゃまず見ない」


 そう言うと隊長は剣をしまい,隊員に指示を出し始める。


ーーー 一体どう言う事だ?異世界召喚じゃ無かったのか?異世界転生?じゃあなんで記憶が急に戻ったんだ?

 

 シズは自分が自分でなくなった様な感覚に寒気を感じ突然襲ってきた孤独感に押し潰されそうになる。


「あっ,そうだ」


 そう言うとシズは自分の右の掌を見る,掌の真ん中には小さなホクロが一つあった。


「よかったぁ,とりあえず異世界召喚でなぜか眼の色だけ変わっちゃったって感じか」


 自分の存在を確認できた安心感で知らず知らずのうちに,ほっ,っと息をつく。


「おいお前,名前はなんて言う」


 右の二の腕のあたりを掴んでいる男が聞いてくる。


水谷雫(みずたにしず)だ,シズでいい」


「年上には敬語を使った方がいいぞ,痛い目にあう」


「心配してくれんのか?」


「違う,ただの忠告だよ,お前はこれから俺たちの村に連れて行かれ,血祭りに上げられる,あんまり失礼な事を言っていると苦しみが増すだろうからな」


「それ....冗談だよな?」


「当たり前だろ,お前は重要参考人だ,殺したら何も聞き出せないからな」


 当たり前の様に物騒な事を言う。


「殺したら云々は置いておいてやる,ただ俺が重要参考人って話がよくわからん,お前の村でなんかあったのか?さっきなにか探してたみたいだし」


「俺の村で露出狂がでた」


「.......お前,真面目にーー」


「わぁかった,わかった,俺らがこんな森の中に駆り出されてるのはさっきの”妙な揺れ”が原因だ,うちの隊はーー」

 

「ハーキース,そのくらいにしておけ,一旦そいつを連れて村に帰るぞ」


 隊長はそう言うと,シズの足と自分の足を5mほどの縄で繋いだ,これで逃げられなくすると言う事だろうか。


「捕まえるにしちゃ,甘々な感じだな,詰めが甘いと青い狸に助けてもらっても上手くいかないぞ」


 隊長はニヤリと笑うと,


「これでお前に逃げられる様な間抜けだったら警備兵隊長なんてやってられんよ,逃げられるかどうか試して見るか?」


 最後は値踏みする様な目つきで聞いてきた。


「いや,遠慮しておくよ,あと名前を呼ぶときはシズって呼んでくれ」


 この様な状況でアニメのキャラが言っている様なセリフを言ってみるが,隊長は,


「その前に服を着ろ,その状態じゃ見てられん」


 そう言うと素早く革鎧を外しシャツを脱ぎ,シズに渡した,それを受け取ったシズは真っ赤になり,無言でシャツを着る,サイズがデカイので腰の聖剣(笑)もしっかりと隠れた。


 そして五人は特にトラブルもなく村に到着し,シズは村から少し離れたところにある,城(かなり無骨な作りで,おそらく領主か何かのものだ)の地下牢に閉じ込められている。


「まだ服が支給されるだけましだけどさぁ,異世界から召喚されたんだからもうちょっと待遇が良くてもいいんじゃないかぁ?」


 少々いじけた様に振舞っているが彼の心の中は戦々恐々としていた。ハーキースと呼ばれていた隊員が殺しはしないとは言っていたが,それはつまり,殺す以外のことはする可能性があると言うこと,要するに情報を出させるための拷問などの可能性だ。


「それにこの変な空気は地下に来ても変わらないし,ひんやりしてるのにまとわりつく様な感じって気持ち悪いな」


 そう,シズが異世界召喚されてから感じている空気の違和感は残り続けている,体にまとわりつく様な感覚は日本の夏の空気に似てはいるが,明らかに種類の違うものだと言うのは言われなくとも分かる。


 数人の足音が聞こえ始めた,音は反響し静けさに包まれた地下牢全体に響き渡る。

 どうも数人で歩いて来ている様だ,シズは警戒心を露わにし,身構える。


 彼らはシズの牢屋の前で立ち止まった,一人は先ほどの隊長と呼ばれていた図体のデカイ男と,もう一人は白髪の老人の様だが紳士服をきたその姿は明らかに只者ではなく,武術の達人の様な雰囲気を漂わせている,隊長を剛とすると,その老紳士は柔と言った感じだ。

 老紳士が口を開く。


「貴殿が森の中で怪しい行動を行なっていた,ミズタニ様ですな?」


 彼は紳士的な口調で聞いてくるが,シズとしては前半の部分に物申したいところである。


「水谷だって言うのは認めますけど,怪しい行動って言うのはちょっと黙っていられませんね,僕はただ全裸でスパイごっこをやっていただけですよ」


 怪しい行動と言うのにイラつきを覚えたシズは,さも当たり前の事をしていたかの様に振る舞う。


「それが怪しい行動だって言ってるんだよ」


 隊長が口を挟む。


「クラレオには後で話を聞くので,ミズタニ様と話をさせて頂けますか?今現在,少々時間が差し迫っておりまして」


 老紳士がクラレオ(隊長)をたしなめ,シズへと向き直る。


「失礼いたしました,私,こちらの城の持ち主であるジェロイド男爵の家令をさせて頂いております,クラレアムと申します,以後お見知り置きを」


 彼はそう言うと文句のつけようのない動作で手を胸にあてお辞儀をする。


「ど,どうも,水谷雫でs,おぁあっ!舌噛んだ〜!表現的にじゃなくて物理的に噛んだー!」


「元気があってよろしい事ですな,ところで,そろそろ話を聞かせて頂けますかな?」


 柔和な笑みを浮かべながらそう言うが,どことなく威圧感を感じるのは気のせいだろうか?


「別に大丈夫ですけど,いいんですか?そんな簡単に信用しちゃって。自分で言うのもなんですけど,ぶっちゃけ俺相当怪しいですよ」


「いえいえ,あの様な大規模な魔法を使えるのは,ランク8のマスターレベル,失礼ですがその様な魔法を貴方が使える様には見えませんので」


「いやいや,そう思ってたら実は僕がとんでもない魔法使いだって可能性もありますよ」


 ニヤニヤしながらそう答える。

 すると透き通る様な美しい声が地下牢に響き渡る,その声はまるで水の音をそのまま声にした様で,儚く,しかし真の通った声だった。


「そんなに自信があるのなら,少しは抵抗してみたらよかったんじゃないかしら」


 その瞬間シズは時が止まった様に感じられた,その声音にただただ一心に聞き入っていた。


「何も言わないなんて,意気地なしね,もうちょっと反論するなりしてみなさいよ」


 そういってハーキースの背後から現れた少しツンとした印象のある少女は,シズと同じ美空色の目と妖艶さを感じさせる赤紫の長い髪を持った,美しい紫陽花の様な少女だった。





 



 

 

 



 


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