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外面だけは完璧なコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる  作者: 端桜了/とまとすぱげてぃ
最終章 外面だけは完璧だったコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる
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孤立した王都

 黒い霞があった。

 

 ヴェルナの眼前、城下街から外へと繋がる大門、せり出した城壁の途中……純黒の悪夢を思わせる霞が、その先を“消失”させている。


「…………」

「あ、あぁ~……お気をつけて」

 

 天災害獣研究機関(MRI)の期待の新人、トマリ・アダントの警告を聞くに留め、ヴェルナはそっと指先で霞に触れる。


 ぬるっとした感覚、奇妙な生暖かさ。恐らく、一番近いのは内臓だろう。体温よりやや高いくらい、37~38℃といったところか。


 人差し指を引き抜いてみるが、特に変わった形跡はない。先程から霞を肺に吸い込んでいる筈だが、健康状態コンディションに支障はないようだ。神経毒の類を疑ったが、摂取量と時間の関係性を考えれば、危険性はほぼないと言っていいだろう。


「ヴェルナさん」


 寝ぼけ眼を擦りながら、トマリが懐中時計を取り出す。


「先遣隊が出発してから、10分が経ちました。平均的に徒歩1分で80mですから、800m地点に到達しましたね」


 100mごとに赤線がつけられているロープが、既に“8本線”の部分まで到達している。このまま行けば、最大距離の1kmまで伸びることだろう。


「……どこまで、霞が広がっているのかしら」

「さて? ひたすらに真っ直ぐに進めと指示してありますが、暗闇の中で10分も歩けば、人の方向感覚は狂いを生じますからね。今現在、人体に影響なしとは言っても、発汗等の体温変化で毒性を生じるかもしれない」


 まるで、人命を物ともしない言いぶりにムッとくるが、天災害獣研究機関(MRI)含め研究者連中の道徳観念はこんなものだった。論理的思考を感情に直結させれば無能と呼ばれる場所で、道徳や倫理など芽生える筈もない。


「ロープを引き戻して。話を聞きましょう」

「ふぁあ……あんな低能どもの話を聞いたところで、どんな収穫があるのやら。死体になって戻ってきてくれるなら、解剖なりできるんで、多少の役には立つでしょうけどね」


 城郭を取り囲むようにして黒霞が発生し、既に三日が経過している。王が心労で床にすところまで、ヴェルナが読んだ『Sランク冒険者に求婚されてみた』の筋書き通りだ。あの連中から命からがら逃げ切って、警告しに来た意味はほぼなくなってしまった。


 しかも、コレは、まだ“序の口”に過ぎないわ。直ぐにでも、善後策を考えなければ、王都は直ぐに沈むことになる。王都内の冒険者の母数が騎士たちよりも勝っているから、今はまだ実権を握れるでしょうが、いつ王の名を使って謀反を語りだすアホが出てきてもおかしくないわね。


 人命を優先すべき現状で、冒険者による先遣隊を出したのも、多数の有志に押されているのもあったが主導権イニシアチブをとる意味合いもあった。


 王都と外部は完全に遮断されていて、外部と連絡を取り合うことすらできない。孤立している現状、王都内で一致団結しなければ、味方同士のつぶしあいで終わりになる。


「あっ」


 思考に沈んでいたヴェルナが、声に反応して我に返る。


 手繰り寄せられたロープの先が、ものの見事にいなくなっていた。名も知らない冒険者が、腰にわえていた筈のロープは、鋭利な刃物で切断されたかのように、先端が綺麗にカットされている。


「へぇ、興味が深いなぁ。

 あ、このロープ、魔力解析にかけてもいいですよね? ね?」

「次隊は、もう行かなくていい!! 全員、黒霞から100メートル以上は距離をとって!! いいから、触れるな!! もう実験は終わり!!

 あんたとあんたは、野次馬連中を下がらせて!! そこのぼけっと立ってるあんたは、投影魔術で100メートル地点に線を書いて!! 呪術師シャーマン!! その線に呪術をかけて、立ち入った人間に警告を与えなさい!!

 ほら、下がってっ!! 下がりなさいっ!!」

「ヴェルナさん、ヴェルナさん」

 

 様子を見に来ていた街民と冒険者、衛兵や調理者といった雑事人たちを下がらせつつ、ヴェルナはトマリに顔を向け――黒霞に半身を突っ込んでいる彼女を視て、ぎょっとする。


「たぶん、ここまでセーフ」


 そのままズブズブと沈んでいき、人差し指の爪の先のみを残して消え……ぴょんっと、横っ飛びに戻ってくる。


「ほらほら、仮説が実証でしょ? たぶん、黒霞に全身を浸してしまった瞬間に、人体がどこかに消失するんだと思いま――いだい」

「危ないことすんなっ!!」


 思わず、年上のトマリの脳天にチョップを食らわせると、汚れだらけの白衣を着た彼女が唇を尖らせる。


「しかたないでしょー? ちまちま作業やってたら、どんどん事態は悪くなんだから。それにロープのたわみに変化が訪れたのは、先遣隊の人たちが入ってから、数秒もしないうちにでしたよ」

「……全身が黒霞に覆われた状態になった途端、人体が消えているとしたら、ロープを握っていた彼らが気づくわよね?」


 緊急事態時は、ロープを引っ張って、危機を知らせると決められていた。


 視線を向けると、命綱をもっていた連中が揃って首を振る。


「い、いや、ちゃんと握ってましたし、ロープはひとりでに前へ前へと引っ張られてましたよ。間違いなく、ロープの先に人がいました」

「あぁ、なるほど」


 手鏡で化粧を直しながら、トマリはつぶやいた。


「消えたんじゃなくて、“転移(ワープ)”したんだ」

「どういう意味?」

「つまり」


 地面にふたつの穴が描かれて、ひとつの穴の先には、ロープを握っている人間たちが。もうひとつの穴の先には、ロープを腰にわえて進む先遣隊が描かれる。穴と穴の間には空間が空いていて、そこには距離が設けられている。


「なにこの、脇っちょに描かれた鬼みたいなの? 誰のつもり? ねぇ?」

「こういう風に穴から穴に、別地点へと転移ワープしているとしたら、その瞬間にロープのたわみが出来るんですよ。どれぐらいラグがあるかは知りませんが、転移時に人体が消えた瞬間、ロープにかかっていた自重が消えて、張りがなくなるわけですから」


 もう一度、チョップしたくなったが、ヴェルナは偉いので我慢した。


「で、穴と穴は繋がっているから、ロープの先に先遣隊の人たちは存在している状態。だから、ロープは前へ前へと進む。

 でも、ロープを引き戻そうとして、こちら側に引っ張った瞬間に穴が消えたとしたら」

 

 ふたつの穴にバツが描かれて、地面に描かれたロープはふたつに分離した。


「こうなる。だから、腰に結わえられていた筈のロープは、途中で先端が切断されているかのような切り口が残っていた」

「なるほどね……だとしたら、消えた先遣隊の行き先は?」

「さて? オーシャンビューが広がるリゾート地とは、いかないでしょうね」

 

 トマリのジョークを受け流し、物思いにふけようとしていたヴェルナは――馬蹄の音を聞いて顔を上げた。


「失礼ながら、ヴェルナ・ウェルシュタイン殿」

 

 現れたのは、全身鎧を着込んだ騎士……兜の隙間から眼光を煌めかせる三騎は、馬上からくぐもった声を発する。


「御身に拘束命令が出ております。

 同行、願えますか?」

 

 もう来たか――ヴェルナは、目をすがめて微笑んだ。


「嫌だと言ったら?」


 彼らは、一斉に抜刀した。

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