なんか、ブラコンになってる……
顔貌を隠していたフードが取り払われる。
ウェーブのかかった黒色の髪の毛、血液のように赤々と艶めく目玉、子供っぽさを思わせる表情豊かな顔立ち……シルヴィ・エウラシアンは、僕の前で微笑んだ。
兄姉と同じく金色に染まっていた髪の毛が、地毛であるらしい黒色に変じていて、そよ風に誘われて流れゆく。
「残念なことだけれどね、そこの人型奴隷。シルヴィのユウリお兄様は、おまえよりも随分と凛々しい顔立ちをしてるのよ。ふふん」
なんで、シルヴィがこんな片田舎に? という僕の疑問を代弁するかのように、胸を張った彼女は語り始める。
「高貴なるシルヴィの審美眼は、ガセネタであることを重々承知していたけれどね、まさかという可能性があることも捨てきれなかったわけ。だから、この村で名を上げつつある『ユウリ・アルシフォン』を訪ねて来たわけだけれど、まぁ、まんまと騙されてあげたということになるわね」
シルヴィと会うのは、ルィズ・エラでの親子喧嘩以来か。
「…………」
というか、今さっき、ユウリお兄様って言ってたよね? なんなの、妹属性に目覚めさせる気なの。アレだけなまいきざかりだった子に、急にお兄様呼ばわりされると、破壊力抜群で目覚めちゃうんだけども。
「お、おい、ユウリ……」
オダさんが、声を潜めて耳打ちしてくる。
「あのシルヴィ・エウラシアンが、わざわざ訪ねてきたってのは、さすがに不味いかもしれんぜ。特に問題なく登録できたから、今まで『ユウリ・アルシフォン』の名前で冒険者の活動を続けてたが、お前の名が広まって本物のユウリさんだと勘違いしちまった輩が出てきちまったらしい」
「え、えひ……本物なんだけどね……」
もう前みたいな力はないし、ニセモノでいいんじゃないかなぁ。
「ふぃ、フィオールさんとは別物の美しさ……エウラシアン家の血筋って、一体、どうなってんの……血に純金でも混ざってんじゃないのコレ……」
感嘆しているオーロラの脇で、おずおずとオダさんが手を挙げる。
「質問なんだが、シルヴィお嬢さん。なんで、ユウリさんを探してんだ? そもそも、“お兄様”ってのはどういう意味で?」
世界中の男を破顔させるであろう微笑を交え、シルヴィは髪の毛を掻き上げる。
「フィオールお姉様とユウリ・アルシフォンは、婚姻の儀を結んだのよ。だから、ユウリお兄様ってわけ」
三人組は顔を見合わせ、同時に大声を上げた。
「う、嘘でしょ!? あのユウリさんが!? ありとあらゆるハニートラップを、無表情で潜り抜けたって噂のあのユウリさんが!?」
「夏真っ盛りに、溶岩流で流しそうめんしてたってユウリさんが!?」
「朝起きちぇ夜眠りゅユウリぎゃ!?」
最後は、誰にでも当てはまるのでは……というか、僕、いつの間にか結婚してた(勝利)。
「嘘じゃないわよ。まぁ、おまえたちみたいな、人型奴隷ではとても信じられないような情報でしょうね。あのユウリお兄様の御威光を目にすれば、無知蒙昧な雑兵たち全員がひれ伏して三度拝むというもの。
ちなみに、ユウリお兄様の妹たるシルヴィは、お兄様とデートしたことがあるし命だって助けられたことがあるわ。全知全能たるユウリお兄様のことだから、お姉様と婚礼の儀を結ぶ前から、シルヴィのことを最愛の妹として可愛がってしまっていたんでしょうね。ふふん」
頬を上気させながら、ぺらぺらと得意気に語るシルヴィ。
よくよく思い返してみれば、この子は姉と兄を神のように崇めていたので、身内となった僕の好感度を一気に跳ね上げていてもおかしくない。
「ゆ、ユウリさんのことが、大好きなんですね」
「当たり前でしょう? 絢爛たるシルヴィのお兄様だもの。
それに、あの人は、シルヴィのことも、フィオールお姉様のことも、マルスお兄様のことも救ってくれたのよ。自分自身の手柄にも出来た筈なのに、我が家の問題を解決するために、マルスお兄様の背を押してくれたの。
本物の英雄よ、ユウリ・アルシフォンは」
義兄ミサイルが、よくわからないうちに過大評価されてる……目の前の純粋無垢でお目々が潰れそう。
「で、そこの人型奴隷」
一転して、彼女は、冷ややかな目を僕に向ける。
「おまえ、魔力が殆どないわね。ということは、異界の民でしょう? 見てくれだけで言えば、冒険者ランクは最低のEランクってところね。残念ながら、Sランク冒険者であるユウリお兄様には遠く及ばないわ」
肌を突き刺すような、張り詰めた空気。気配を探っているのか、シルヴィの体躯の端々から魔力が迸っている。
抜刀の気配――柄頭を見つめていると、シルヴィはふっと力を抜いて、僕の左胸に人差し指を突きつけた。
「別になにもしやしないわよ。それに、Eランクだからってバカにするつもりもない。お父様の件があって、外面に左右されるのは愚か者だってわかってるもの」
フードをかぶりなおしたシルヴィは、じっとこちらを見つめ――音もなく現れた供にささやかれ、紅い目玉を大きく見開いた。
「王都が……確かなの……」
「早馬が……フィオール様が、王都の中に……られ……」
焦燥を刻んだシルヴィが身を翻した途端、魔車が滑り込んでくる。ひらりと搭乗した彼女は、僕たちに視線を向けた。
「もし、ユウリお兄様が来たら伝え……いえ、なにも言わなくていい」
シルヴィは、笑顔を浮かべてささやく。
「きっと、来るわ」
魔車が滑るようにして発進し、沈黙だけが取り残された。