生体核《リビングコア》のお陰です
「……オーロラ、回り込め」
「オッケー!」
藍乱甲羅は巨体を揺らしながら、僕のかざした掌に反応して頭を甲羅に引っ込める。
首の根本。甲羅の裏内に溜め込んだ水袋から、一気に水を噴出する“水鉄砲”の合図。先程の一巡で水袋の大きさは把握しているので、水鉄砲のタイミングまでのおおよその時間は、計算できている。
「……オダさん」
三秒経過――オダさんの持ち込んだ原生スライムの盾が立てかけられ、水砲から勢いよく水が噴き出される。
「お、おぉ! すげぇ!! まるで、無意味じゃねぇか!!」
スライムの粘液体は、鉱物で形成された盾とは違って剛性がかなり低い。最大衝撃力を最低ラインにまで低値化でき、身体の95%が水分で形成されているだけあって、事前に体内水分量を調節してやると限界まで水を吸い込む。
「……ヴィヴィ、始めてくれ」
「うぃ!!」
独特な詠唱の後、藍乱甲羅が食い散らかした家畜の死骸が動き始める。気をとられた愚かな亀さんは、水を噴き出したまま頭の位置をずらし、反作用の力でよろめく。
「……任せた」
そのタイミング、僕は飛び出す。
既に動き始めていたオーロラは、術式で形成した太陽光源で藍乱甲羅の体表を焼いている。
皮脂線や汗腺をもたない藍乱甲羅は、基本的に泥土の中や川辺に生息しており直射日光を避ける傾向にある。集中的に一点に疑似日光を当てられると、たまったものではないのか、嫌がるように身じろぎをして上体を上げた。
「ゆ、ユウリ……そ、そこ……」
耳元。砂礫と化した、パーシヴァルのささやき声。
姿勢を低くして駆け出している僕は、地面を背中で滑りながら藍乱甲羅の首根本の下にまで到達し――下方向から頭蓋骨の隙間を狙い、思い切り短剣の先をねじ込んだ。
パーシヴァルの指した急所は正しかったようで、藍乱甲羅は声も上げずに絶命する。巨体が当然のようにのしかかってきた寸前、オダさんに引っ張り出され、危うく潰れるところだったのを助け出された。
「あ、あぶねー……毎度、毎度、無茶するのはやめろよユウリ。おじさん、無謀だった学生時代を思い出して胸キュンしちまうんだよ」
「……ありがとう」
「あいかわらじゅ、おみゃーは無口じゃな」
舌っ足らずのヴィヴィに背後からのしかかられ、そのまま背負投して放り捨てる。
「みゃみしゅんじゃ!! きょのボケェ!!」
「ヴィヴィ、やめなさいな。誰のお陰で、Cランクに昇格できたと思ってんのよ……この私だっ!!」
「ユウリのお陰だろうが」
数日前、Dランクパーティーだった若木蕾は、冒険者ギルドの公認書の送付をもってCランクに昇格を果たした。
現在、拠点としているロロの村では、Cランクパーティーが生まれるのは初めてのことらしい。当たり前と言えば当たり前の話で、こんな山奥の田舎では大した依頼も来ないので、そもそもギルドからの評価を得られないのだ。
では、なんで、昇格できたかというと、それは僕のお陰なんかではなく――
「……生体核」
「またか。コレで今月は30件目だぞ。さすがに俺たちだけじゃあ、村付近の暴走害獣を狩りきれなくなってきたな」
天災害獣の凶暴化を招く天恵秘宝、生体核のせいで、こんな片田舎であろうと大量の討伐対象が勃発し、領主やギルドの耳にも入るような異常事態として捉えられているからだった。
「…………」
「ユウリ。また、無言になって、なに考えてんの?」
まぁ、それはともかく。とりあえず、帰ってラノベ読みたいなぁ。最近、暴走害獣の影響で、行商人の行路に規制がかかって、まともに流通が機能してないんだもん。娯楽品の類なんてほぼ入ってこないから、ダッシュで山を下りて、街から買い込んでくるしかないとか酷い。お陰で死ぬほど体力ついちゃったよ。
「スケベ!! スケベだじぇ!! きょいつのきょの顔!! ヴィヴィのいやらしい姿を想像してるじぇ!!」
優しい微笑みをたたえて、オダさんがヴィヴィの肩に手を置く。
「ヴィヴィ。お前、草木やゴミにいやらしい気持ちを抱いたりしないよな……つまり、そういうことだ」
「殺しゅぞ?」
「とりあえず、まーた、街に下りなきゃダメだね。生体核を内在してた天災害獣は、全てに報告義務があるって話だし」
「また、野宿して数日がかりで山下りんのかよ。そろそろ、おじさんの腰が、デモ活動起こしてストライキしそうだぜ」
「……フッ」
思わず笑うと、三人がじっとこちらを視ていた。
「……なんだ?」
「いや、今なんか」
「うみゅ。似てたじぇ」
「ユウリさんそっくりだったな、その笑い方」
本人でーっす☆
「え、えひ……ほ、本人でーっすとか……言ってみたら……?」
もう言った!! 心の中でな!!(力強いコミュ障)
「まぁ、とりあえず、お疲れさん。特にユウリ、今回も大活躍だったな。最近のおじさんは、若い世代の活躍を見守ると嬉しくなっちまうぜ」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。コミュ障の僕にしては嫌悪感がないので、オダさんはその当たりのタイミングや距離のとり方が上手い。さすが、年の功。
「ユウリ! おびゅれ!!」
「……フッ」
背中に飛びかかってきたヴィヴィを背負い、オダさんと並んだオーロラに「お~、ちからもち~」と褒められる。
そんな、何気ない日常を過ごし――目の前の道を、人影が塞いだ
「……ユウリ・アルシフォン」
外套とフードで顔と全身を隠した何者かは、そっとつぶやく。
「ユウリ・アルシフォンはどこに?」
「……ココだ」
フードの裡側で、口元が歪んだ。