こうして、僕は水切りをやめた
目が覚める。
「…………」
こちらを無言で見つめる謎の少年。昨日、眠りに落ちる前に、知らない人がベッド上にいたことを思い出す。
「え、えひ、おはよ」
彼の目の下は黒ずんでいて、特徴的な牙の落書きで口元を覆い隠している。髪を伸ばしているようで、頭の後ろでポニーテールが揺れているのが視えた。
「……誰だ?」
「そ、その質問……き、昨日の時点で言うべき、じゃない……?」
血まみれの包帯を巻き直しながら、愛らしい声音でぼそぼそとつぶやく。
「ぼ、ぼくは……パーシヴァル……い、一度、キミにぶん殴られて死にかけたんだけど……お、憶えてないかな……えひ……」
あぁ!! 大規模探索の時の審査員か!! 僕と並ぶアーミラちゃんのファンボーイ!! 殺しかけてごめんなさい!!
「か、川に落ちたキミを助けたのは……ぼ、ぼくだよ……え、えひひ……た、助かって良かったね……」
もじもじと指を突き合わせながら、決して目を合わせようとはしない。この対応、間違いなく陰に潜む者。親近感がすごい。
というか、審査員の人って、実は大規模探索編のラスボスで、アーサー君率いる円卓の血族のひと――脇腹の鈍い痛み。冗談では済まされない激痛を思い出し、僕はアーサー君の哀しげな顔を思い出す。
「……円卓の血族は、実在するのか?」
「う、うん……そ、その辺りも踏まえて説明するよ……そ、それが義務だと思うし……え、えひ……」
長い前髪の間から、パーちゃん(パーシヴァルの愛称)はこちらをチラチラと見てくる。人を直視できない人間は、何度かにわけて視覚情報を得ることになる。悲しきコミュ障の宿命なのだ。
「た、たぶん、キミが一番気になってるのは……ど、どうして、自分の力が消えたか、だよね……えひ……」
いや、それよりかは、ラノベの続きが気になってる。アーミラちゃんが主人公と結ばれるか否かで、人生の行く末が定まると言っても過言ではないんだよね。ずっと彼女の恋心を応援してきた身としては、主人公に分身してもらって、他のヒロイン含めて全員娶って欲しいと言わざるを得ない。
「…………」
「う、うん……本当に聞きたいのはそっちだよね……」
さすが、ファンボーイ!! 口に出さずとも、理解してくれてるよ!!
「な、なんで……キミの力が消えたかって言うとね……」
この無能がっ!!
急に響き渡ったノックの音と同時、扉を蹴破る勢い、ヴィヴィが入ってきて大声で叫ぶ。
「だりぇだお前!! そういや、居候が増えたんだっちゃ!! 飯!! 下りてきょい!!」
言うだけ言って、ヴィヴィがいなくなる。
ミイラみたいにひからびた指先から砂状に溶け落ち、姿を消していたパーシヴァルが元の人型を取り戻す。
「え、えひ……ご、ご飯、外で食べながら……お、お話しようか……えひひ……」
階下に下りてダイニングテーブルに向かうと、エプロンを身につけたオダさんが出迎えてくれ「外で食うなら、ついでに釣ってきてくれ」と釣り竿を渡される。どうやら、この家の家事全般はオダさんの仕事らしい。
サンドイッチを片手に近くの森まで行き、水の流れる音だけが支配する、川辺付近の切り株に腰を落ち着ける。
「…………」
「さ、サンドイッチくれるの……え、えひ……ありがと……」
岩の下にいた節足虫を釣り針にかけ、竿を川面に投擲してから、サンドイッチを食べ始める。
もぐもぐしているうちに、パーちゃんが語り始めた。
「き、キミが『アーミラ』と呼んでた架空の存在は……じ、実際に、キミの中に存在してたんだよ……き、キミは、気を練り上げて自分で創り上げた妄想だと思ってたみたいだけども……あ、アレは『神託の巫女』っていう幻想機構なんだ……」
「…………」
サンドイッチのなにが好きかっていうと、挟む具のバリエーションが、豊かだっていう部分だよね。野菜からお肉、果物まで挟める万能感。例えるなら幼なじみヒロインが、世話焼きから元気っ子、ツンデレまで担当できるっていうようなもの。僕レベルになると、野菜は世話焼き、肉は元気っ子、果物はツンデレという妄想ができて、サンドイッチガールという専用ユニットを脳内で結成してるからね。って、ちょっと、語り過ぎたかな(笑)
「つ、つまり、誰かに取り憑いて……絶大の力を与えるのが、神託の巫女の存在意義なんだ……誰かに力を与え続けないと、彼女は存在すらできないんだよ……えひ……サンドイッチうまうま……」
あ、やばい、聞いてなかった。
「……ワンモア」
もう一回、説明してもらおう。
「さ、サンドイッチうまうま……」
そっちじゃないよ。顔を赤らめながら、恥ずかしい動作繰り返すんじゃないよ。
「し、神託の巫女は……神の採択という究極魔法を引き起こすために作られた……ぎ、擬似人格をもった魔力集積装置……あ、アレを裡側に内在した人間は、途方もない力を得ることができるけど……か、代わりに、彼女がいなくなった途端に力を失う……ゆ、ゆーりは、彼女に見捨てられちゃったんだよ……えひ……」
「…………」
やばい、もう根がかりしちゃった。この川、底が浅いんじゃないかな。最低、五匹は釣って帰らないと全員分を調達できないよ。働かざる者食うべからず、ハーレムモノが大好きな人間としては、美少女たちを養う練習をしておかないとね。そんな未来はこないって、重々承知じゃーい!
「し、神託の巫女はすごく意地が悪くてね……と、取り憑いた人間とその周囲を……自分の描いた物語通りに動かすことを好むんだ……だ、だから、キミは今まで、彼女の創った『ユウリ・アルシフォン』を演じさせられてたんだよ……」
「…………」
肩に手を置かれるが、僕はそれどころではない。水切りの新記録を樹立しそうなのだ。今まで、あまりに力が有りすぎて調整が効かなかったが、今の僕の絶妙な力加減であれば前人未到の三回を目指せる。
「ほ、ほら、ね? ぼ、ぼくが触れても嘔吐したりしない……あ、あれは、神託の巫女が創った仕込みなんだよ……キミがよくわからない行動ばかり仕出かしていたのも、円卓の血族が実在しないと思ってたのも、ぼくたちがキミがなにもかもを知っていると勘違いしたのも……今、思うと、神託の巫女が内部にいたからじゃないかな……」
「…………」
熱い!! 今、水切りが熱い!! 石の選び方から競技がスタートしてるなんて、生半可なスポーツじゃ追いつけないよコレは!!
「は、話が長くなったね……で、でも、ココまで真剣に聞いてくれるなんて……え、えひ……ありがと……ど、どうして、ぼくがキミを救ったのかはまた明日にして……さ、さっきから、話の合間になにしてるの……?」
僕は、ただ黙って、彼に石を押し付ける。
「こ、これを水面に投げるの……え、えひ、い、いいよ……い、今まで、アーサーたち以外に友だちはいなかったけど……き、キミとなら上手くやっていけそう……」
パーシヴァルは、もっさりとした動作で小石を投げる。投げ放たれた石は、綺麗な軌道を描き、水面で六回跳ねた。
絶望が――世界を支配する。
「え、えひ……こ、これから、よろし――」
「……消えろ」
僕は、両膝をつき、声音に苦悩を滲ませる。
「……消えてくれ」
「え、えひ……敵対してる相手の仲間と、仲良くする気はそりゃないよね……も、最もだと思う……」
なにか勘違いしているパーちゃんが消えて、僕は初めて味わう挫折に耐えきれず、拳を地面に叩きつける。
「……コレが天才か」
帰宅した後、オダさんもオーロラもヴィヴィも、六回以上跳ねさせられると聞いて、僕は水切りをやめた。