持ちつ持たれつ、モテる秘訣
川が流れていた。
村内を流れる河川を挟むようにして路があり、煉瓦作りの家々が道端に建てられていた。緑豊かな野草や葦が壁に巻き付いて彩りを加え、道行く人たちの足元には黄色の花々が花弁を広げている。
魔法で紙飛行機を飛ばしてレースしている子供たちが、脇を勢いよく駆け抜けていった。魔術で地下水を汲み取っている井戸の周りには、木製の長椅子が数個置かれていて、老人たちの憩いの場となっているようだ。
「おやまぁ、オダちゃん。帰ったの、大丈夫? 無事だった?」
「あぁ、なんとかな。ばあちゃんの言ってた薬草、たんまりとれたからよ、後で山分けといこうぜ」
「オーロラちゃん! あんれまぁ、ひでぇ傷こさえて! 爺んとこの薬、ほれ、これもってけ!」
「あぁ、ありがと。おじさんの加齢臭よりはマシだけど、もうちょっと臭い、どうにかなんないのこれ?」
「ヴァヴァちゃん! おかえりぃ!!」
「ヴィヴィちゅっちぇんだりょ!! ぶちゅころしゅぞっ!!」
いつの間にやら、僕たちは大量の老人に囲まれていた。中には中年の方や子供もいるが数えるほどで、殆どは高齢者ばかりだ。
「あんれ? オダ、その子、どこの子だぁ?」
視線が僕に集まる。どうやら、よそ者は注目の的、煌めく一番星らしい。
当然、コミュ障たる僕は、一瞬で気配を消してヴィヴィの後ろに隠れる。その様子を見たご老人方は「かわいいかわいい」と歓声をあげ、よくわからない練り菓子を隙間から僕の口にねじ込んでくる。美味い。
「悪い、また後でな。今は緊急事態でよ」
道を空けてもらって先へ。景色の良いなだらかな丘を上り、頂きにある小さな屋敷へと案内される。
傾いてはいるものの立派な黒門が立っており、庭には野菜やら薬草やらが栽培されていた。女性者の下着が干されていたのでガン見していると、ヴィヴィに「それ、おじじのだじぇ」と耳打ちされて悲しくなった。
「いや、安心しろ。着用してるのは、オーロラだ。たまに、雑巾として使ってるから、俺のでもあるが」
「ジジイ、安心しろ。今からは、お前の顔面が雑巾だ」
顔面で廊下を雑巾がけした(強制)オダさんは、よろよろとよろめきながら、鍵を開けて正面にある大机前の椅子を勧めてくれる。
うーん、なんというか、良い感じの家だ。中途半端に動いてる古時計とか、キッチンに立てかけられてる焦げ付いた鍋とか、完全にタオル扱いされてるオーロラさんのパンツがかけてあるとかすごく良い。
「あんなにパンツあってもしゃあないじゃん!! 履いてなければ、ただの布じゃん!! パンツをタオルとして使うとか贅沢じゃん!!」
「テクニカルに『あれ? これ、パン……なんだ、ただのタオルか』と思わせるような、絶妙な配置にするな。殺す」
「今まで、気づかなかった、オーロラもオーロラだじぇ」
せっかくなので、パンツで汗を拭っていると、なんの慈悲もなく顔面をぶん殴られる。場に合った、礼儀作法は難しい。
「で、だ。本題に入ろうぜ。
お前さん、何者だ?」
「おじじ、しょっちにはだりぇもいない」
顔面がパンパンになって前が視えないみたいなので、一時、川の水で冷やされる方策がとられ再開される。
「……ユウリ・アルシフォン」
「ユウリ、アルシフォン?」
きょとんとして――三人は大笑いした。
「ハッハッハ!! そいつは傑作だな!! ユウリさんのファンがたくさんいるのは知ってたが、まさか本人を名乗るヤツがいるなんて!!
度胸だけは褒めてやるけどよ。残念ながら、俺たちはあのユウリさんと、同じパーティーで働いたこともあるんだぜ? 悪いが、その嘘は通用しないし、あの人には生命まで救われてるからあんまり良い気はしねぇな」
「そーそー、ユウリさんってばすんごいだから。あんなとんでもない冒険者、どうやったって見分けがつくわよ」
「さしゅがのヴィヴィでも、ヤツだけは認めざるをえにゃい」
え、すごい褒めてくれる……やだ、この人たち、好き……
「でもよ、少年。さすがにユウリさんには遠く及ばないが、お前さんにもどでけぇ可能性を感じるぜ。
なんせ、生体核で強化された、天災害獣をやっつけちまうんだからな」
「そーだよ! すごいよ、キミ!!」
興奮気味にオーロラが食いついてきて、僕の肩に手で触れてくる。
嘔吐を覚悟するが――なにも感じない。あるのは、温かい掌の感覚だけ。おかしいなとは思いつつ、コミュ障ゆえの緊張感だけはある。
「……おみゃえ、きょうからヴィヴィの舎弟な」
耳元でささやかれ、そっと、手に布切れを握らされる。
「報酬は交渉次第で――ぅん!!」
握らされたパンツは回収され、ヴィヴィさんは首根っこを掴まれて、どこかへと連れて行かれてしまった。
どうやら、この家では、パンツが貨幣になるらしい。
「…………」
「なにを考えてるかわからんが、二人きりになった途端にパンツを脱ごうとするのはやめろ。少年、お前は今、勘違いで人生を破滅させようとしている」
知ってた(行動派)。
「なぁ、少年。お前さんが俺たちの名前をなぜ知ってたかは、大体は予想がつく。ユウリさんのファンなら、それくらいの情報は追えてて当然だろうしな。
だがよ、お前、行先はあるのか?」
フィオール、シルヴィ、マルスといったエウラシアン家の面々、ヴェルナにイルとミル、それにレイアさんといったル・ポールのメンバー、アカや五つ目の皆にモードレッドといった最近知り合った人たちの顔も浮かんだ。
でも、あれらは、かつての僕の知り合いたちだ。助けを求めたところで無駄だろうし、オダさんたちのようにファンボーイ扱いされて終わりだ。
「……ない」
ともなれば、答えは既に出ていた。
「なら、ココにいろよ」
オダさんは、笑いながら立ち上がり、僕の頭をぐしゃぐしゃに撫で回す。
「人間、持ちつ持たれつだ。自分の素性を話したくなったら、その時に言ってくれりゃあいい。俺もこの世界に来た時、同じようにあの二人の世話になったんだ」
異界の民……別世界の人々。なぜ、この世界に現れることとなったのか、未だに解明されていない謎の人間たち。
オダさんもその一人だということを、僕はすっかり忘れていた……ラノベの設定を憶えるのに、脳のメモリを費やしてるからかな。
「二階、上がって直ぐのとこ使ってくれ。中は狭いが、オーロラが綺麗好きでね。使いもしないのに、掃除はしてあんのよ。
飯の時間になったら呼ぶから、今日の疲れをゆっくりとってくれ。俺は、オーロラの機嫌とりに、雑巾がけでもしてくる」
そう言って、オダさんは、パンツをもって出ていった。たぶん、機嫌をとれずに、生命をとられると思う。
ひとりきりになったことで緊張が消えたのか、僕はどっと押し寄せる疲れに気づき、疲労を感じながら自室へと向かった。
そして、扉を開け――
「え、えひ……おかえり……」
目の下の真っ黒な隈、口元を“牙の生えた落書き”で覆い隠し、纏っている黒衣を血まみれの包帯が縛っている。
どこか、見覚えのある少年が、ベッドの上に座っていた。
「ゆ、ユウリ……アルシフォン……」
「……床で寝る」
「ぎ、疑問は最もだよ、ね……ぼくは――えっ!?」
誰だかは知らないが、疲れていたので、先客にベッドを譲って床で寝た(モテる秘訣)。