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外面だけは完璧なコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる  作者: 端桜了/とまとすぱげてぃ
最終章 外面だけは完璧だったコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる
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ありとあらゆる真実

 世界が暗黒に染まっていた。

 

 黒ずんだかすみに包まれた空間で、レイアは尻もちをついている。


 彼女は、ユウリと共に大規模探索グループシークに挑んだオダから、『Sランク冒険者に求婚されてみた』というライトノベルの主人公が、あまりにもユウリに似ているという話を聞いた。


 実際にその本を読んだレイアは、恐ろしい事実を察知し、ユウリを救うため王都に向かう途中――闇の中に引きずり込まれ、ココにいない筈の人物と出会ったのだ。


「なんで、ココに」


 遠くにル・ポールの景色が揺らぎ視え、水たまりに広がる波紋のように揺動ようどうしていた。

 

 王裏の仮面キングス・マスカレイド……秘密裏に王の敵を屠る、国抱えの密偵。笑う悪魔の仮面を身に着けた男(もしくは、女)は、中性的な声音で、口を塞いでいるレイアに視線を注ぐ。


「恐らく、目的は同じ――神託の巫女」

 

 図星を衝かれたレイアは、解放された口を開く。


「……昔、冒険者ギルドの研修で王都を訪れた際に、資料館でとある本を読みました」

「人民たちがおとぎ話扱いしている、神託の巫女の伝承ですね?」

 

 なにかを恐れるかのように、顔を巡らせている王裏の仮面キングス・マスカレイドを見つめささやく。


「神託の巫女たちは、神や悪魔すらも恐れる力を振るい世界を救った。英雄とまで呼ばれた彼、彼女らは、後世に残るほどの伝説を築き上げたと伝えられる。

 だが――」

 

 レイアの頬を、冷や汗が伝う。


「全員、唐突に力を失くしている」

「そして、非業の死を遂げているのです。かつて、王に愛された愛娘、エカテリーナ姫のように」

 

 そう、そうだ。王家の正統後継者たる一人、エカテリーナ姫は、『神託の巫女』として呼ばれ、ユウリ・アルシフォンを思わせる力で治世を行っていた。そんな彼女もまた、急に神託チカラを失って死んだ。


「確かめたかったんです……王都に行って……この本によれば、次に狙われるのは……だから、伝えようと……」

「残念だが」

 

 笑う悪魔は、短剣を引き抜く。


「もう遅い」

 

 その刃の煌めきに驚き、振り抜かれると同時に目を瞑り――レイアの背後に、短剣が突き刺さった。


「……くふっ」


 笑い声。愛らしい、少女の笑い声だ。


 黒霞に紛れて響き渡る笑声、不気味に思えるほどに可愛らしい声が、レイアたちを包み込んであまくとろかす。


「ね~? 推理小説は、最初のページから読む? それとも、最後のページから読む?

 アミィは――」

 

 目の前に、異様な“美”が現れる。

 

 目が潰れると錯覚するほどに真っ白な髪、琥珀色のキャンディーを思わせる瞳。触れた途端、するりと解け落ちる気がしてならない華奢な体躯は、神が彫り込んだ彫像めいて視えるほどに完璧だった。


 その容姿を、レイアは見たことがある。


 ユウリ・アルシフォンに酷似した少年が主人公である、一冊のライトノベルのヒロイン……『Sランク冒険者に、求婚されてみた』に登場する美少女。


「結末を引き裂いて、“中間”から読むの」


 アーミラ・ペトロシフス・リリアナラ・ウェココロフ・ペチータ・アインドルフ――挿絵そのものの彼女が、目の前で微笑んでいた。


「あ、あなたは……いったい……」

「神託の巫女ですよ」


 レイアを自分の背に隠しながら、王直属の密偵は言った。


「正確に言えば、神託の巫女の“中身”……ユウリ・アルシフォンがもっていた、異常なまでの力の正体」


 痺れる脳に、答えが浴びせられる。


ユウリは、彼女が裡にいたお陰で、アレほどの力を手に入れていたんです」


 レイアの思考路に、資料館で見た本の内容が入り込む。神託の巫女と呼ばれた人間たちの人生、そしてその末路。誰も彼もが、ユウリのように化物染みた力を振るって、まるで誰かが書いた“物語”をなぞるように非業の死を遂げていた。


 彼、彼女の共通点、それは――


「“突然”、英雄として現れて、“忽然”、凡夫に成り下がる」


 アーミラは、レイアの代わりにそう言った。

 

 彼女の吐息から、甘い香りがする。脳髄が砂糖を思わせるあまみで溶かされて、ぐずぐずの快楽に浸っているかのようだった。


「つまりね、きみたちは“勘違い”してたの。

 アーミラは、実在してたのよ」


 無邪気に笑いながら、彼女は言葉を紡ぐ。


「レイアは、死んだ恋人に話しかけてると勘違いして、この本の読者たちはユウリが作り出した幻だと勘違いしてたの。

 アーサーたちの言ってたことは、なにひとつ間違えてなかったのよ。ずーっと、アミィはユウリの裡側にいて、あの子に力を貸し与えてあげてたの。あま~いあま~い、力という名のお菓子を、虫歯になっちゃうくらいに食べさせてあげてたのよ」


 笑い声が黄色い。本当に。色がついているようだ。


「くふ、くふふっ。みーんな、こーゆー、Sランク、みたいな本が好きよねぇ?

 ただの陰キャが本当は実力者だったとかー、神様に力をもらって無双するとかー、三行くらいで書かれた謎の努力で最強になるとかー、周りの人がみーんなおバカで自分が天才みたいにみえるとかー、コミュ障なのに都合よく勘違いしてもらってモテモテになっちゃうとかー」


 橙色の瞳が、怪しく光る。


「そーゆー、ごつごーしゅぎをー、アミィはやさぁしぃくわけあたえてたのです」

「つまり……この本を書いたのは……」

「アミィだよ」


 男だろうと女だろうと、見境なくとりこにする美貌。目の前の存在が不気味で理解できないにも関わらず、思わず見とれてしまう。


「だってだってぇ、こーゆーのが人気ってことはー、みーんな、そうゆうことをしたいーってことだよねぇ?

 だからね、アミィね。やさしいの。みんなにしあわせ~になって欲しいからぁ、こういう本を書いてね、実際に“主人公”になってもらってぇ~、たぁくさんあまいあまい挫折のない物語を歩ませてあげてるの」

 

 無垢な笑顔。誰にも気づかれぬまま、他人の人生を操ってきたことに対し、罪悪感を欠片も感じていない。


 それどころか、己が正義であり、善行を働いてきたと信じ込んでいる。

 

 怖い。レイアは思う。怖くてたまらない。


 人間が非科学を恐れるのは、理解の及ぶ範疇ではないからだ。科学という名の結界(常識)の中にいなければ、相手を既知の下に置いて支配できない。そういう対象に対して、人は、無意識に恐怖を覚えるようになっている。


 目の前の少女は、間違いなく、非科学(バケモノ)の部類に入る存在だった。


「なにがアミィだ。人魔大戦で生まれた貴様は、時代ごとに名前も姿も変えて、人に取り憑き玩具にする化物だろうが」

「な、なんで、そんな酷いこと言うのぉ!?」

 

 王裏の仮面キングス・マスカレイドの苛立ちに、アーミラはしくしくと泣き出して膝をつく。


 その真に迫った泣き顔を見て、レイアはたまらず凍りついた。


 ほ、本気で泣いている……演技じゃない……本当に悲しんでいる……な、なんなの、この子は……神託の巫女……今まで、神託の巫女として語り継がれていたのは……この子が創り上げた“主人公”ということなの……?


「あ、アミィは、みんなに喜んで欲しかっただけよぉ! なんで、そんな嘘っ子言うのぉ!? ユウリだって、喜んでたもん!! 勝手に勘違いしてたのは、読んでたみんなじゃない! ひどぃい!!」


 嗚咽を漏らしながら、号泣する美少女。まるで、こちらが悪いことをしているような気分になっ――手の隙間から、真っ黒な目玉が覗いた。


「……おまえら、読んで笑ってただろ」


 ぞくり、レイアは背後を振り返る。


 誰に言っていたのか……彼女の目は、レイアを透かして、その先を見通していた。


「消えさるがいい、神託の巫女!! これ以上、この世界を、貴様の思い通りにさせてたま――」


 からん、と音が立つ。


「……え」


 眼前の地面に、笑う悪魔の仮面が落ちていた。他にはなにもない。さっきまで、レイアの盾となっていた人物は消えている。


 アーミラは、満面の笑顔で『Sランク冒険者に、求婚されてみた』を引き破いていた。


「もー、きみ、いらなーい! 出番なーし! ばいばぁ~い!」


 消された。消されたんだ。王裏の仮面キングス・マスカレイドは、アーミラの支配するこの物語から退場させられた。


 化物コレは、そういう存在なんだ。


「くふ、くふふっ。レイアちゃん、クイズでーす。

 なーんで、レイアちゃんは、この本の登場人物として書かれてないんでしょーか?」


 答えは、明白だった。だから、レイアは後ずさる。


「お、おねがい……やめて……」

「ぶーっ! はずれなのよぉ。

 せいかいはぁ、せいかいはぁ」


 アーミラは、笑った。


「代わりの肉体アーミラだから」


 少女バケモノは、音もなくレイアに飛びかかり――


「くふ、くふふっ」


 神託の巫女(レイア・トイヴァネン)は、愛らしい声音を上げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] "外面だけは完璧"って言ってるのに完璧レベル(?)で強かったのも、そういうことだったのか… 完璧なのが"外面だけ"って書いてあるのに"Sランク"で強いのも当たり前、と深く考えていなかった… …
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