さよなら、ユウリ・アルシフォン
「……父上」
己の刃で貫いた父は、息も絶え絶えに血を吐き出す。殺すつもりで剣を振るったのだから、当然の結果とも言えた。
「ココまでして……母上を……生き返らせたかったのですか……?」
「茶を入れたのは……」
「え?」
グレイ・エウラシアンは、柔和な微笑みをたたえる。
「剣を振るう俺に……茶を入れたのは……イリスだけだった……あの女だけ……父にすら悪鬼と呼ばれた俺を……あの女は……恐れなかった……」
心の臓が、締め上げられたかのように痛んだ。
グレイ・エウラシアンという剣鬼に畏怖を抱き、家族への愛情がないと外面だけで判断していたのは自分だった。己の子どもにすら恐怖された男は、孤独の只中でなにを思っていたのだろうか。
――どうか、あの人を恨まないであげてくださいね。おかしなくらい、不器用で前しか見れないような御方ですから
恐らく、母は、そのことを知っていたのだ。あまりに剣を追い求めた挙げ句、誰からも理解を得られなかった男が、相手が実の子であろうとまともにコミュニケーションをとれないことを。
――アレは、肚違いかもしれんな
思えば、アレらの言葉も、母を愛していたという前提があれば“嘘”とも考えられる。病弱で剣を振るだけでも、生命を懸けなければいけない息子を、彼なりの突き放し方で助けようとしていたのかもしれない。
きっと、剣鬼は、“剣”でしか通じ合えなかったのだ。
「貴方は……不器用にも程がある……」
「マルス」
血で塗れたグレイの手が、そっと頬に添えられる。
「お前に……剣才はない……軟弱者が握るのは筆だけでいい……剣を継ぐのは……やめろ……」
「父上……」
「最初は……お前たちを犠牲にしてでも……イリスを生き返らせようと思っていたが……」
父は空を見上げる。ずっと、遠い彼方を。
「生涯の中で……その蒼い眼だけは……」
ささやき声が、青空に溶けゆく。
「斬れなかった……」
――綺麗な蒼色の瞳、母と同じ素敵な瞳
腕の中で急激に温もりを失っていく父、それを追うようにして涙が流れる。
「父上……まだ、ぼくは……貴方から何も教えてもらってはいない……卑怯ですよ……逃げるなんて……そんなの……卑怯だ……父上……」
「マルス」
父親は、見たことのない満面の笑顔で――
「見事だった」
そう言い残し、力を失った。
「お父様……お父様ぁ……!」
シルヴィとフィオールが父親に抱きついて涙を流し、横合いから指を伸ばしたユウリがソレに触れる。
瞬間、父は目を覚ました。
「「「えっ」」」
三人のエウラシアンが固まる中、ユウリ・アルシフォンは真剣な面持ちでささやく。
「……娘さんを僕にください」
全快したグレイ・エウラシアンは、無表情の英雄を見つめて苦笑し――
「……好きにしろ」
彼を受け入れた。
フィオールとの結婚式だぜ!! やったぜ!!
なにもかもが片付いたルィズ・エラ、朝日を迎えた僕は、小躍りしたい気分で辺りを練り歩いていた。
いやぁ、なにがどうなることやらと思ったけども!! レイアさんのシナリオからは脱して、婚活に走った僕の判断は正しかった!!
まさか、フィオールのお義父さんまで、この街に来てるなんて!! 親子喧嘩を仲裁しつつ菓子折りでアピールし、最後にはお義兄さんのフォローでゴールイン!! まさに婚活界のスーパースター!!
正直言って、鼻歌でも交えたい気分だ。溶岩に沈みながら人目を避け、人助けの度に謎の残像扱いされた僕が、あんな美少女と結婚できるなんて。世の中捨てたもんじゃないね、まったく。
「…………!」
と、浮足立っていた僕は、重大な問題に気づく。
「……別れなければ」
そう、自分の中にいるアーミラ・ペトロシフス・リリアナラ・ウェココロフ・ペチータ・アインドルフとの別れ話。世に蔓延るモテ男たちとは違って、誠実ナンバーワンの僕は、きちんと過去は清算しておくタイプ。
例え、それが幻だとしても!!
「……アーミラ」
気が重くなる。とはいえ、避けては通れない。
消沈から脱するのには数分をかけたが、ようやく気を充満させることができ、アーミラちゃんを呼び出す。
一秒、二秒、三秒……あれ? 出てこない? なんでだろ? いつもなら、一秒未満で出てきてくれるのに。
「……アーミラ、話があるんだ(CV:ユウリ・アルシフォン)」
「な、なによ、ユウリ! なにを言うつもりなの!!(CV:ユウリ・アルシフォン)」
仕方ないから、この大木をアーミラちゃんだと思おう。
「……別れて欲しい(CV:ユウリ・アルシフォン)」
「な、なに言ってるの? じょ、冗談、だよね? ユウリと私は、数百年前から結ばれるって決まってるのよ?(CV:ユウリ・アルシフォン)」
目の前の大木が、朝露で涙を零す。
「嘘、だよね……?(CV:ユウリ・アルシフォン)」
あまりの悲しみに、僕は大木へと抱きつく。コレが己の愛を伝えるための、たったひとつの手段だと信じ――
「よぉ、ユウリさん」
声が聞こえた。振り向くと、そこには見覚えのある顔がある。
黒色に金が混じりこんだ髪の毛、出で立ちから顔つきまで爽やかな印象を抱かせ、見るものに好意を抱かせる青年……アーサー君だった。
「憶えてるかな? アーサーですよ、アーサー。家名はないから、ただのアーサー。あんたがル・ポールの空に顔を晒した、あのアーサー君」
憶えてる……レイアさんの立てたシナリオで、悪役を買って出てくれたとても良い人だ。
「残念ながら、神託の巫女は、もうあんたの裡にはいない」
お大木遊び、全部、見られてた!! 死にたい!!
「……フッ」
強がって笑ったけど、すごく泣きそう。
飾り立てられた長剣を揺らしながら、アーサー君は、一歩、また一歩と近づいてくる。僕の正面まで迫った彼は、微笑をたたえて指を鳴らした。
ルィズ・エラの霊樹の影。拘束された獣人の民の双子、イルとミルが藻掻きながら姿を現す。彼女たちの手首を捻り上げながら行動を阻害しているのは、開いた空間から現れている“腕”だった。
「ユウリ・アルシフォン。あんたの弱点は、弱者だ。コレを盾にされると、あんたは、途端になーんにもできなくなる」
「…………」
背後を流れる川の流水音が、ざわめきながら不吉を立てる。
「は、離せーっ!! 卑怯者ーっ!! ヴェルナお姉ちゃんは、取り逃がした癖に格好つけんなーっ!! バカーッ!!」
「は、離して……い、痛い……このアホ……!」
藻掻き苦しむ双子は、僕に視線を向け――まるで、知らない人を見るかのような目つきで見つめる。
「そこの人、逃げて!!
ふざけんな、おまえらーっ!! なんにも関係がない人を巻き込むなーっ!! それが人のやることかーっ!!」
「ゆ、ユウリ様に見つかったら……無事じゃ済まないんだから……か、覚悟しておいたほうがいい……!」
え? あれ? どういうこと?
強烈な違和感で呆けた僕を、アーサー君は昏い目で覗き込む。
「つまり」
脇腹に強烈な痛み。
突き刺さった長剣を見つめ、よろめきながら後ろに下がる。普段であれば、なんともないような傷が、信じ難い痛みをもって存在感を発していた。
咄嗟に、全力で、アーサー君を殴りつけ――ぺちんと弱々しい音を立てた。
「こういうことだよ」
蹴り飛ばされて、僕の身体が宙を舞う。
背後の崖下へと墜落しながら、激しく逆立つ川音を聞き、哀しそうに笑んでいる彼を見つめる。
「じゃあな、完璧な外面」
気を失う直前、黒い影が視界を覆い――なにもかもが消えた。
この話にて、第三章は終了となります。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
第三章で、よくわからなかった点や疑問に思った点、改善して欲しい箇所などがありましたら、お気軽に感想までお寄せ下さい。
次話より最終章となりますが、最後までお読み頂ければ幸いです。