表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/156

フィオールの願った理想

「……お前は」

 

 ひしゃげた菓子折りを横目で見ながら、グレイはささやく。


「なんなんだ」

 

 抜き放たれた白刃――フィオールは、咄嗟に長剣を挟み込み、ユウリ目掛けた攻撃を退しりぞける。

 

 重い!! だが、弾ける!!

 

 魔力放出を逆方向に向け、退路をとる。距離を空けたフィオールは、握っていた手を見つめ、それがユウリのものだと知って赤面する。


「も、申し訳ありません」

「…………」

 

 顔を青くして、押し黙るユウリ。どうやら、あまりの無礼に言葉をなくしているらしい。当然だ。子どものように手を引かれなくても、かのユウリ・アルシフォンならば、どうとでもなるのだから。


「ユウリ・アルシフォン」

 

 グレイ・エウラシアンは、地に落ちた菓子折りを踏みつけて言った。


「お前の裡には、神託の巫女がいるらしいな」

「えっ……神託の巫女……?」

 

 神託の巫女。たしか、マルスが話していた、神の採択(A Choice)を発動させるのに不可欠な存在。かつて人と魔の間で行われた大戦では猛威を振るい、一騎当千の活躍で人類を勝利に導いた存在。


 そんな、幻の存在が……ユウリ様の中に……?


「お前が、アーミラと名付けている女だ」

「……アーミラ・ペトロシフス・リリアナラ・ウェココロフ・ペチータ・アインドルフだ」

「アーミラを寄越せ。さすれば、残りの余生をやろう」

「……アーミラ・ペトロシフス・リリアナラ・ウェココロフ・ペチータ・アインドルフだ」

「くれと言って、渡すほど酔狂ではないだろうな」


 グレイ・エウラシアンは――迅雷を帯びる。


 空気中に放散される魔力の残滓ざんし……ぴりぴりと肌に焼き付いて、あまりの凄まじさに怖気すら感じる。


「そのフィオールは、役に立たんぞ。シルヴィと比べれば、二流もいいところだ。扱いを知らぬ武器を用いたところで、自刃を稼ぐことしかできまい」


 お父様の言うとおりだ。わたし程度の人間が、ユウリ様の横に並び立つことなぞ出来るわけが――


「……フッ」


 あざけるように、ユウリは笑った。


「どうした? 頬の筋肉を鍛えているのか?」

「……お義父さん」


 策略の煽り言葉で『お父さん』と呼んだユウリは、長剣をくるりと回転させて、襤褸(ぼろ)で包んだ握り手を掴む。


「……それは、相性の問題だ」

「なら、せてみろ」


 飛ぶ――グレイ・エウラシアンは、眼前に下り立ち、連続した音が響いた。瞬間、迫る剣閃。その数、実に十三。


「…………」


 まるで反応できなかったフィオールの前で、飛剣がひとつ残らず叩き落とされる。


「相性の良さは、どうした?」

「……お互いの弱さも知っています」


 稲光の足運び(ブリクスト)。曲がった光を追いかけて剣を払ったフィオールは、影のように掻き消える父を捉える。


 き、消えた!? 違う!! 稲光の足運び(ブリクスト)の最中に稲光の足運び(ブリクスト)を発動しているのか!?


 ――何回まで視えた?


 父の言葉の真意を知り、ぞっとする。どこまで底の知れない御人なのか、今まで自分が見てきた父の姿は、まるで遠い彼方の夢物語のようだ。


 屈折。屈折する。瞬く間に行われる稲光の足運び(ブリクスト)によって生じた光が、屈折して歪曲し、多重となって視界に折り重なる。幾重にも折り曲げられた父の姿が多重構造となって周囲を包み、幾億とも思える剣刃が四方八方から浴びせられる。


 だ、ダメだ、受けられない!!


「……フィオール」


 諦めかけた彼女の耳に、憧憬ユウリの言葉が入り込む。


「……背中は任せた」


 どくん、と心臓が跳ねる。


 身につけた腕輪が熱くなって焦げ付き、碧光が転回しながら散乱し、ユウリを通して伝わった膨大な魔力が全身に循環する。


 ――おやすみ、フィオール


 その言葉に相反する、己の理想から捧げられた信頼。


 ――背中は任せた


 指先から破裂しそうな感覚、ありとあらゆるものがスローモーションになって、必死の形相でフィオールは力を制御する。


 ついていけ! ついていけついていけついていけっ!! もう守られるのが嫌なら、お兄様に、ユウリ様に置いていかれたくないならっ!!


 知れず、彼女の口から咆哮がほとばしる。


「これくらいの困難!! 跳ね除けて魅せろ、フィオール・エウラシアンッ!!」

 

 ユウリと背が合って――碧の剣閃が煌めいた。


 右に迫る剣刃をユウリが左に弾き、左から襲う剣光をフィオールが右に弾いた。

 

 まるで、鏡合わせの乱舞。


 ユウリがどのように動くのか、どこが死角になっているのか、なにをもって剣を振るのか……なにもかもが全身に染み込んで、絢爛(けんらん)たる剣乱けんらんに結びついていく。


 ユウリ様は、いつも、こんな風に剣を振っていたのか。


 無尽蔵に湧く魔力に感激しながら、彼女は剣に稲光ブリクストをのせる。対応したユウリもまた剣撃を速めて、背中越しに伝わるぬくもりの気持ちよさに、フィオールは知れず微笑んでいる。


 あぁ、いつまでも、続けばいいのに。


 そう願うほどに、ユウリと捉えた時は心地が良かった。なにかを殺すために用いるすべは感動へと昇華し、剣を振るという行為に高尚さすら感じる。


「……フィオール」


 剣乱の舞踏(ダンス)の最中、ユウリはそっとささやいた。


「……ひゃじめちぇのきょうじょうさぎょうじゃな」

 

 古エーミル語の冗談ユーモア――はじめて出会った時のことを、憶えていてくれたんだ。

 

 胸に満ちる温かい気持ち、そして焦がれるような想い。

 

 あ、あれ? なんで、急に気恥ずかしさが? け、剣を振るっている最中なのに、このたまらない気持ちは? え? な、なに?


「……っ!」

 

 父の驚愕。彼の振るった剣が天高く吹き飛び、くるくると円を描きながら、地面に突き刺る。


「……これが」

 

 ユウリは、片手で口を押さえながら、今にも死にそうな顔で言った。


「……愛の力だ」

「はい――えっ!? 愛の力!? えっ!?」

 

 顔を真っ赤にしたフィオールとは正反対に、ユウリは顔を真っ青にして仁王立ちしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ