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挨拶に菓子折りを持ち込む男

「ユウリ様……ダメです……来てはいけない……その男は……わたしの父は……如何にユウリ様でも……!」

 

 ユウリの姿を視界に入れただけで、安堵で満たされた。にも関わらず、正反対の言葉を吐いている。

 

 彼を巻き込んではいけない、自分で戦わなければいけない、助けてもらってしまったら、自分の努力はなんだったのか……そんな思いを吐露とろし、フィオールは赤々とした手を必死で伸ばした。


「……今、なんて?」

 

 ユウリが反応を示し、ぴたりと足を止める。


「ダメです……来てはいけない……!」

「……もう少し後だ」

「その男は……わたしの父は……如何にユウリ様でも……!」

「……父?」

 

 衝撃を受けたかのように、ユウリは愕然と立ち尽くす。


「……フィオールの父親?」

 

 ユウリが、そこまで驚くのも無理はない。家族同士でココまで殺し合うなんて夢にも思わないであろうし、グレイフィオールの容姿は、似ているとは言い難いのだから。


「……フィオール」

「はい」

 

 真剣な表情――決意の籠もった言葉を受け、フィオールは涙をにじませながら頷く。


「……菓子折りを買って来てもいいか?」

「はい?」

 

 どうやら、わたしは重傷らしい。こんな状況下で、あのユウリ様が菓子折りの相談をしてくるわけがない。というか、菓子折りを買う意味がわからない。

 

 つまり、わたしは、聞き間違えたのだ。


「も、申し訳ありません。もう一度」

「……菓子折りを買って来てもいいか?」

 

 フィオールは、思わず周囲を見渡す。他に誰か、ユウリの言葉を聞いていた人間がいないかと思ったのだ。


「ユウリ様、申し訳ありません……傷を負いすぎたようです……貴方の言葉が、まるで別の意味のように聞こえる……」

「……菓子折りを買って来てもいいか?」

「ユウリ様、お逃げください」

 

 最後の力を振り絞り、必死の思いでフィオールは立ち上がる。


「数秒だけ、時を稼いでみます。その間に」

「……菓子折りを買って来てもいいのか?」

 

 フィオールは、思わず笑む。最後に聞こえる幻聴が『菓子折りを買って来てもいいか』なんて、神はどこまで残酷なのかと皮肉に思ったから。


「ユウリ様!! 行って!!」

 

 渾身を両脚に籠めたフィオールは、グレイへと駆け出し――その間に、菓子折りをぶら下げたユウリが現れる。

 

 幻覚!! 躊躇ためらいなく、フィオールは長剣を振り下ろす!!


「……ぁ」

 

 菓子折りが袋ごと切断され、ユウリは哀しそうな声を出した。


「……王都まで、買いに行ったのに」

「おい」

 

 グレイ・エウラシアンの冷徹な視線。その双眸そうぼうに囚われると同時、彼の鍔が擦れる音が響く。


 斬られ――目の前に、切断された菓子折りが舞った。


「……お義父とうさん」

 

 ユウリの幻は、グレイの剣閃を“菓子折り”で叩き落とし、当然のような顔つきで彼に武器おかしを突き出す。


「……娘さんを」


 グレイ・エウラシアンの両眼に、驚愕が映り込む。


「……僕にください」


 視えない光。凄まじい速さで繰り出された剣戟が菓子折りを捉え、夢幻に迷い込んだと錯覚せんばかりに眩い光を放つ。


「……娘さんを」

巫山戯ふざけるなよ、たわけ」

 

 フェイント――居合いと見せかけた回し蹴り。普通の人間であれば側頭部が陥没していたであろう威力、それを中身クッキーで受け止めたユウリは、粉々に砕け散ったそれを口の中に入れる。


「……フッ」

 

 え、なにこれ。

 

 フィオールは、全身の激痛すら忘れて、目の前で繰り広げられた“一合”に呆ける。ユウリが幻ではないことを知り、ますます混乱が酷くなる。


「……フィオール」

 

 ユウリは、十二分に距離をとった状態で、小指の爪の先っちょでフィオールに触れた。瞬間、彼女の傷は癒えて出血が止まる。


「あ、ありがとうございます。あ、あの、ユウリ様?」

「……なんだ?」

「な、なぜ、菓子折りを?」

 

 ユウリは、口端を少し曲げる独特の笑い方で応える。


「……挨拶するのは当然だ」


 フィオールは、全てを察した。

 

 なるほど、そうか。コレは、全て策略。ユウリ様は、お父様が並大抵の剣士ではないことを察知し、わざと煽るような行動をとることで、気を立たせて剣に迷いを生じさせようとしているのだ。“挨拶”というのも、皮肉の一部に違いない。


 こういう戦い方もあるのか……改めて、凄い人だと思いながら、フィオールは尊敬の眼差しを向ける。


「ユウリ・アルシフォン」


 シルヴィを抱いたまま、父はゆっくりと声音を発する。


「よもや、お前さえも、シルヴィの“才”を嗅ぎつけた野良犬だとはな。コレをお前の代替として用いるつもりだろうが、無償で渡してやるほど信心深くない。生憎、心底、祈りを捧げたのはコイツだけだ」


 異様なまでに神々しい光を放つ刀身を晒し、グレイはささやく。


「……そっちじゃない」

「ほう」


 グレイ・エウラシアンは、嘲るように笑う。


「本命は、俺か」


 ユウリは、時間を置いてから首肯する。


「王都の飛龍災害の時から、お前の奇異な善性は聞き及んでいた。ユウリ・アルシフォンは、無辜の民たちが死に絶える、犠牲によって成り立つ願いを良しとはしない。だからこそ、俺を殺し、神の採択(A Choice)を止めようというのだろう?」

「……えっ」

「しらばっくれるのはよせ、見苦しい。幼少の頃から、俺は人心の掌握術を学んできた。人を小馬鹿にしたような行動で、俺の気を乱すつもりだろうが通用せん」

「…………」


 ユウリは、腕組みをして押し黙る。あたかも、喋るのが面倒くさくなって、会話を放棄したようにも見えるがそんな筈はない。


「俺にも、お前にも、戦う理由がある。

 今更、綺麗事を抜かす口はもたないだろう?」


 グレイ・エウラシアンは、そっとシルヴィを下に下ろす。両手を空けたという事実は、眼前に立つ驚異を認めたということを意味する。


「ユウリ様」

 

 もう、逃げない。逃げたりしない。

 

 フィオールは、意思を捧げて、彼の隣に並んだ。


「その証がないことはわかっています……自分の実力が不足していることも……でも、わたしは、もう守られるだけじゃいやなんです……ベッドの上で幸せな夢を見ているだけなのは、いやなんです……だから、一緒に……」


 ユウリは、首を縦に振る。


「……わかった」


 そして、フィオールの手首に、同じデザインの腕輪を嵌めた。


「……一緒に戦おう」


 マルスが、シルヴィとユウリの結婚を願って特注させた、腕輪を着けた者同士の魔力を共有させる腕輪……魔力を共有するということは、己の生命と人生を捧げることと同義であり、夫婦となる者同士の誓いの証としても用いられる。


 並ぶ右腕と左腕。


 ユウリの右手首にもついているソレが、自分の左手首にもついているのが気恥ずかしくなる。当然、足手まといであるフィオールを援護するために、魔力共有の仲介役としているだけとはわかっているのだが。


「ユウリ様」

「……あぁ」


 彼は、改めて長剣を抜き――フィオールの剣と交差させる。


「……幸せになろう」

「はいっ!」


 全人類の幸福を願うユウリの言葉を受け、フィオール・エウラシアンは、己の全てを懸けた剣を構えた。

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