合わさった二本槍
「ユウリ・アルシフォン……」
獅子の三頭をもった災厄害獣の頭を手刀で削ぎ取り、絶命のむせびを聞きながらパトリシアはつぶやく。
「やはり、来たのですね……貴方様だけは、最後まで読めなかった……あの力の源は一体どこから……」
「ご当主様!!」
絶叫。
一瞬、気を抜いた彼女へと、頭の大部分をなくした獅子の牙が迫り――縦にひしゃげて、押しつぶされた。
「油断大敵」
上空に発動させた魔法陣で、獅子を押しつぶしたモードレッドは、流麗な動作で槍を振るい悪魔の面を縦に割る。鞭のようにしなるソレは、碧光で曲線を描けば獣を分割し、風切り音と共に突き出されれば大穴を空けた。
モードレッドは、ひゅんひゅんと音を立てながら槍を振り回し、脇の下で挟み込んで華麗に止める。
「どやぁ……!」
「遊んでないで、とっとと戦いなさいアホ」
「あ~ん? んだと~? 人様に助けられておいてアホ呼ばわりたぁ、どこのご令嬢様なんすかねほんとよぉ~?」
なぜか、彼女に対して、殺意も憎しみも湧かない。アレだけ抱え込んでいたものは霧散し、代わりに“家族ごと生き残る”という宿命を帯びる。
復讐よりも大事なモノを、彼女は既に抱え込んでいた。
「モードレッド」
声をかける。同時、跳躍。彼女の足先に魔法陣が描かれ、モードレッドの瞳がくるくると回る。
息が、合う。
モードレッドの瞳が発生させた魔法陣を踏み、大きく跳んだパトリシアは、上空から戦況を把握し――髪をなびかせながら、精霊篝を介して司令を発する。
(アーシラ、後方支援!! マァルとトレンドは、アーシラと三人組で南西から迫る群れを向かいうちなさい!! 敵を殺すことは考えなくていい!! 今はただ、生き残ることを考えて!! 第二から第六部隊までは、阻塞の構築に全力を尽くしなさい!!)
(りょうかい!!)
八又の尾をもつ、牛鬼の肩に着地。振るわれた棍棒を宙返りで避けて、姿勢を低くしながら地面に下り立つ。
この数、さすがに不味い。ココまで数が多いと、最早、遮蔽物と変わりない。指示系統に乱れが生じて、隊列と士気に直結する。
思考するパトリシアの目に、分断されて孤立する五つ目の少女のひとりが映り――どう足掻いても、間に合わないことを悟る。
刹那、凍りつく。
アカであった頃のパトリシアであれば、全のために見捨てていたであろう一。だが、彼女は既に変わってしまった。フィオール・エウラシアンの影響を受け、その彼女が敬愛するユウリ・アルシフォンの背を追って。
助ける。もう、見捨てない。なにがあろうと、切り捨てるという選択はとらない。絶対に諦めたりはしない。家族を見捨てるなんてことはしない。
渦巻く、渦巻く、渦巻く。
熱をもった考慮、その深奥に至らず、目の前でとうとう犠牲が出――孤立していた少女は、槍を旋風のように回転させ、周囲もろとも斬り刻んで血の雨を降らせる。
「……なっ」
ニヤリ、笑う彼女。
「モードレッド!!」
入れ替わっている。
モードレッドのもつ術式……同じ顔をもつ五つ目たちと、目を合わせるだけで、入れ替わることができる能力。その能力を用いて、絶望すら感じる生死の距離を、一瞬で詰め生を引き寄せてみせた。
「パトリシア!! 北西三十五度、飛べっ!!」
聞こえた瞬間、躊躇いなく。パトリシアは、天災害獣を踏み台にして再度跳んだ。
モードレッドと目が合う――入れ替わり。
宙空で身を捻っていたパトリシアの目は、次いで指示の方向を視る。隊列から逸れて死を待つだけの少女と交換、モードレッドは肉体を変えると同時に、疾風怒濤の連撃で破壊神の如き力を振るう。
宙空に跳んだパトリシアを“仲介”とした、連続の入れ替わり……数秒間だけ、モードレッドに身体を乗っ取られていた彼女は、意識を取り戻すと同時、槍柄を垂直に立てて体制を整えた。
飛び石――天災害獣たちの頭を踏みつけながら、黒い颶風と化したパトリシアは、縦横無尽に戦場を駆けて下方向に向けて槍を振る。綺麗な円を描く槍先は耳や目や鼻を削ぎ落とし、阿鼻叫喚の図が現実に描かれた。
赤黒い血で塗れた彼女は、息を荒げながら地面に舞い戻る。
背後に感じるぬるまった体温……同じ顔をしたモードレッドが、同様の血化粧を纏って背中を合わせていた。
「気色悪いから……背中を合わせないで頂けまするか……」
「ハハ……気色悪いのは、そのわけわからん喋り方っすよね……尊厳の出し方、赤ん坊からやり直したほうがいいっすよ……」
増える。増える、増える、増える。
アレだけ殺したというのに、ようやくこじ開けた隙間は、真っ黒な層となって瞬く間に塞がれる。
誰もが失意を視る状況下、だがしかし、ふたりは笑っていた。
「こんな雑魚連中を……せっかくの家族水入らず+1……ユウリさんたちの舞台に、上げてやるわけにはいかないっすよねぇ……」
「ようやく迎えた、最終幕……そこにこんな下卑た連中、せっかくの熱が冷めてしまいまする……」
まるで鏡のように、対照に槍が動いた。
「「だから」」
二本の槍が――背合わせに、交差する。
「「端役は、観客席に座ってろ」」
ふたりは背を離し、黒群へと突っ込んだ。