ユウリ・アルシフォンの戦闘術
改造された腕輪を首につけたモードレッドは、飼い犬よろしく『わんわん』言いながら後をついてきていた。
「ユウリ殿」
先行していたアカが、こちらを振り向く。
「もう既知だとは思いますが、念のため。
その腕輪は、夫婦となる者同士が『互いの信頼』を誓うために身につけるもの……誓いの証として、一部の魔力を共有することが可能。
つまり、腕輪を通して思い切り魔力を流し込めば、その端女は――」
アカは口を鳴らして、握っていた拳をパーに開いた。
「逃げようとしたら、直ぐに“破裂”させてください。躊躇いを差し上げるほどの善行を、その女は積んできていないのですから」
夫婦となる者同士……そう言えば、シルヴィの腕にも同じ腕輪ついてたよなぁ。まるで、僕のお嫁さんみた――ん? あの仕組まれた結婚式って? あれ?
「ユウリさん、ユウリさん」
ちょんちょんと肩を突かれ、僕は空中で回転しながら距離をとり着地する。
「……なんだ」
「い、いや、そこまで警戒しなくてもいいじゃないすか。
五つ目のご当主さん、消えちゃいましたけどいいんですかね?」
「…………」
ちょっと考え込んでいる間に、五つ目の少女たちを引き連れたアカは、どこかへと消えてしまったらしい。無言で後をついていったら、いつの間にか、はぐれてましたみたいなコミュ障あるあるに陥ってる。
「ふたりきりになったところで、ユウリさん。これからマルスお坊ちゃまをお助けしに行くに当たって、ちょっくら小耳にお入れしたいことが」
「……言え」
モードレッドは、真剣な面持ちで口を開く。
「ガラハッドに気をつけてください。ヤツは、擬態魔法や洗脳で街民を操るような戦法をとる人間じゃない。恐らく、なにかを隠している」
隠している……え、まさか、コミュ障友だち?
「そのなにかに心当たりがないわけでもないんすけども、確信があるわけでもないんで、言うわけにもいかないんですよね。
でも、もしも。もしも、その予想が当たったら――」
モードレッドは、瞳の魔法陣をくるりと回転させる。
「マルスたちは、間違いなく負けます」
「…………」
な、なんだ、この緊迫した空気感は!! こういう流れの時に言うべき気の利いたセリフなんて、生憎持ち合わせてないぞ!! ラノベを読んでる時に、たまに『……フッ』ってひとりで笑う能力くらいしかないんだからな!!
「……頑張れ」
とりあえず、応援しとこ。
「え、今、なんて言いました?」
真顔で返される。嘘でしょ。そこはスルーしてよ。
「……頑張れ」
「なんで、今、応援したんすか?」
「…………」
「黙ってないで、答えてくださいよ」
ぼく!! このひと!! きらいっ!!
「いや、ユウリさん。こういうのは、白黒はっきりさせましょうや。どうして、今、急に応援を――」
「……あっ」
意識を逸らすために、適当なところを指差す。視線が釣られたのを確認してから、超高速で移動。たったひとりで、走っていた五つ目の少女をもってくる。
「え? あれ? えっ!?」
必死の形相で駆けていた彼女は、自分が瞬間移動したとでも思ったらしい。目の前に、唐突に現れた僕たち(まぁ、そう視えるだろう)を見て目を白黒させる。
「ユウリ・アルシフォン様!? な、なんでここに!? それに、この感じは、えーと、『メーちゃん』先輩!?」
「ハズレだクソガキァ。
つーか、こっちのセリフだってーの。なんで、急に忽然と現れてんの? ちゃんと許可とった?」
「い、いえ、許可はとっておりませんが……それよりも、フィオール様は!?」
縋り付くようにして、彼女は僕に詰め寄ってくる。怖い。
「……フィオールがどうした」
「わ、私、フィオール様の警護をしてて……敵の人たちに追いかけられて……先輩は囮になっちゃって……守らないといけないのに転んじゃって……そ、それで、フィオール様は、私のことを庇って……ひ、酷い怪我してる筈なんです……み、見捨ててれば、あんな目に遭わずに済んだのに……助けて……くれたんです……」
涙まじりに語る少女。
そんな彼女の肩に、モードレッドは優しく触れた。
「つまるところ、命を助けられた恩返しに、あの子を助けに行くところなんすかね?」
「はい……精霊篝にいる、仲間たちから連絡は受けていたので……ガラハッドを倒しに……こ、今度は、私が助けます……助けたいんです……!」
「死ぬよ?」
決定事項のように、モードレッドは言った。
「あんたは弱い。だから、間違いなくあの世逝き。
それでも、戦う道を選べる?」
ぴたりと震えを止め、少女はひくつきながらも微笑んだ。
「はい」
「……本物だね」
モードレッドは、微笑して彼女の目玉を覗き込む。
「その覚悟、頂くよ」
その瞬間――モードレッドは、急に意識を失って倒れる。慌てて受け止めて現実逃避を発動。失神した彼女に気をとられている隙に、五つ目の少女は、煙みたいに姿を掻き消していた。
「……やれやれ」
不穏な気配――背後を振り返る。
大小伴わない天災害獣たちは、暗黒の世界から這い出てきたかのように、じっとりとした暗中に姿を晒す。彼らは、牙や爪や毒や触手や粘液や殺意を、不気味と醜悪を混じり合わせた体躯から突き出している。
忠実に並んでいる彼らは、あたかも軍隊のよう……ルポールで起きた、土中芋虫の異常発生に酷似している。冒険者の間で噂になっていた、生体核とかいう代物だろうか。
一、十、百――ココまで集めたのが呆れるくらいに、群集と化した彼らは、神樹や霊樹を掻き分けるように進んだ。操られている街民たちと共闘するかのように、大が小を兼ね小が大を兼ねる編成になっている。
本隊がコレであるのは、火を見るよりも明らかだった。
「……フッ」
僕は、民家の壁を剥がして木板を作り、地面に射し込んで魔力で文字を描く。
そっと背後に少女を下ろし、自信作の向きを調整する。
「……列に並んでください」
『ゆうり・あるしふぉん 握手会』と書かれた看板の後ろで、僕は家内から引っ張り出した椅子に座り込む。
「……第二回」
ぼそりと宣言する。
「……握手会をはじめます」
真顔でファンを待ち受ける僕へと、天災害獣と暴徒たちが殺到した。