モードレッド②
「全自動で増える」
赤髪を後ろでまとめたモードレッドは、シャツ一枚の姿でミルクを口に運んだ。
「キリがないし、私の意思も関係なし。夢遊病みてーなもんで、知らんうちに大多数に命を狙われとるんすよ。今のこの姿からある程度の基準をもって“離れた”と判断された場合、自動で入れ替わりが発生しちゃうんで」
「呪眼は、先天的なものだと言ったな」
「えーまー、120年前に産まれた時からこうっすよ」
マルスの顔が驚きで歪み、モードレッドは鼻で笑った。
「魔術っていうのは、基本的に一子相伝で託される研究みたいなもんでしてね……我が家の主題は『永遠』であって、私の代でものの見事に成功しちまったっつーわけなんですわ」
「人が創り上げた魔術か」
「才覚に恵まれなかったわたしーじゃ、どうにもならんちゅーことでしてね」
どかりと椅子に腰を下ろし、眼前のマルスを見つめる。母親似。思い出という名の傷が、ずきりと痛んだ。
「その魔術を解くために、神の採択で願いを叶えるといったな……しかし、永遠の命は惜しくないのか?」
思い切り、口中のミルクを吹きかけると、ものの見事に稲光の歩法で避けられる。
「あのね~、こんなん、永遠の命じゃないっしょ? 他人の命を喰って、人生を乗っ取って、“誰か”として生きとるだけっすよ? 産まれてこの方、約10年に一度、肉体変更してきましたけども、そこにあったのは『私は誰だ』という違和感オンリー。
気持ち悪さで、サブイボ立つっつーの」
なにせ、相手の意識ごと、己のモノとして呑み込むのだ。精神が入り混じる感覚は気色が悪いし、いつの間にか『ミルク』を好んで飲むようになったりして、気づいた瞬間に背筋が凍るような思いもする。
恐らく、もう、自分は自分ではない。誰かなのだ。
「あとですね、勘違いしとるみたいですけども、私は神の採択を通じてこの呪眼を無効化させるつもりはないっすよ」
疑問。顔に浮かぶソレに、正解を吐きかける。
「私がしたいのは、神の採択に乗じた、魔力の溜まりである精霊の坩堝の解放……そして、その膨大な魔力でこの眼を潰すこと」
コップでお手玉をしながら、モードレッドは言った。
「この世界と引き換えにしてまで、この呪眼をどうこうするつもりはないっすね」
なんせ、神の採択を発動させるには――
①精霊の坩堝の解放によって生じる膨大な魔力
②その膨大な魔力を制御できる神託の巫女
③『世界を滅ぼす』、『生命を滅ぼす』、『人間を滅ぼす』のいずれかの代償(願いの大きさによって、必要な代償の大きさも決まる)
こんなにも、大変な条件を満たす必要がある。まずもってして、円卓の血族とかいうバケモノ集団でもなければ不可能だ。
「……だから、我を説得できると思ったわけだ」
「もちのろん。あんたみたいな面倒くさい善人、仲間に引き入れようってんだから清潔でいなきゃね」
まぁ、この世界での善人は、悪人のお陰で存在できてるんだけどね……その基準で言えば、君は悪人だわな。
「で、どーなんすか? 救ってくれます?」
「お前の言うことが本当であるならば、お前自身にはなんの罪もない。救うに値するだけの人間だ」
『それに』と、マルスは付け加えた。
「父が関わるのであれば……最早、コレは我の問題だ」
「エウラシアン家の問題、でしょ?」
――あらま! 傷だらけのどデカイ猫さんがいる!
最もエウラシアン家に似つかわしくない、マルスの母との出会いを思い出し、モードレッドは微笑んでいた。
――ココで死んだらダメじゃない! まだ、口は開けるんだから、唾くらいは吐いていきなさい!
感謝してるよ、イリス・エウラシアン。死にかけの私を救って、心ごと救い取ってくれたのはあんただけだ。
――お願い……あの子を……マルスさんをお願い……
死にかけたイリス・エウラシアンを、妹を殺そうと目論んだ息子の下へと運んだのは、モードレッドだった。その行為が死期を早めると知りつつも、汗だくでふらつく彼女を支えたのは、他ならぬモードレッドだった。
――お願いね……傷だらけの猫さん……あの子を見守ってあげて……
借りは返すよ、イリス・エウラシアン。
もし、円卓の血族が神の採択の発動に成功するようなら……横取りして、私は『マルスの完治』を願うよ。
あんたの息子は、そんなこと望んじゃいないけどね。
「では、共同戦線」
モードレッドの差し出した手を、マルスは真摯に握ってみせた。
「お前を見捨てぬことを誓おう」
「その初老みたいな口調、流行ってんの?」
イリス――もう二度と、あんたに逢えないことを願ってるよ。
80年振りに出来た友だちへと、もうこの世界にはいない友だちへと、モードレッドは悔恨をささやいてみせる。
「……ゆっくり休みなよ」
――ばいばい……おっきな猫さん……
最後の最後まで、彼女が何者かも尋ねようとせず、安らかな顔で死んでいったイリスを思い出し――そっと、目を閉じた。