表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/156

モードレッド①

 鏡の中に入った――とでも、思っているのだろう。

 

 唖然としているマルス・エウラシアンの前、偉そうに突っ立っているトリスタンに手を振った。


「あ~、もういっすよ~。おつかれ~」

「……で、なにするつもり?」

 

 心紙の空観サンカルパ・アーカーシャを身に着けた彼女は、紙吹雪の繭が二足歩行しているようにも視えた。


 モードレッドは、微笑して答える。


「ひ・み・つ」


 トリスタンは、大きくため息を吐く。


「ま、いいけどね。お互いに利がある状況、あなたが裏切るとは思えないし。コレでも、信用してるのよ?」


 『ごめん、裏切るわ』とか思いつつも、モードレッドは、鏡に空けた空間の歪みに入って消えゆくトリスタンを見送った。


「さ~て、では、ガールズトークでもしましょっか?」

「……おれは男だ」

「そのどデカイ鎧の中身が、華奢な女の子だったほうが萌えません?

 まぁ、いいや、お掛けになって」


 腰を下ろすつもりはないのか、鍔に手のひらを当てた状態のままで、マルスは立ち尽くしている。


 背もたれを前にして座り、モードレッドはニヤニヤと笑みを浮かべた。


「協力して欲しいんすよ」

「なにを?」


 直情的に動かない。ただ立っているだけのように視えて、死角を塞ぐために、背を壁につけている。兜で目線を隠しながらも窓の外を窺い、場所の特定を行っている。話にノッているように見せて、情報を引き出そうとしている。


 なるほど、軍神と言われるだけはあるっすね……少なくとも、阿呆じゃない。それに、自制心と度胸もある。戦場では重宝されるわけだ。


「エウラシアンの雷光、あんたの父親、『グレイ・エウラシアン』を」


 モードレッドは、ニコリと笑いかけた。


「殺して欲しい」


 剣閃が――瞬いた。


 首が飛んだ錯覚。実際には、皮一枚で刃は止まっている。つうと血が垂れ落ちて、床に斑点の作品を描いた。


「……口で答えて欲しいか?」

「ノーというのは、知ってましたよ~。うへへ、思ったよりはぇえすね。コレで能無しとか言われてんだから、エウラシアンはどんだけのバケモノ揃いなんだか」


 褒めた瞬間、マルスが咳き込む。モードレッドのモノではない赤色の飛沫が、床に新しい絵画アートを生む。


「あ~……口で答えなくていいっすよ?」


 ぬぁるほどね。病身ゆえに、まともに剣が振れないのか。魔力を放出させて肉体を加速させるなんて頭おかしい芸当、稲光の足運び(ブリクスト)なんてやったら、それこそ命に関わるわな。


「な、なぜ……父上の命を狙う……?」

「簡単に言えば~、商売敵だからっすね。とある願いを叶えたいんすけど、その時に、お父上が障害になるんすよ」

「願いを……叶える……?」

神の採択(A Choice)


 黙り込むマルス・エウラシアンに、モードレッドは懇切丁寧な解説を施した。話が進めば進むほどに、呼吸すら忘れたかのような彼は無音の彫像と化していく。


 話を終えて数分後、マルスは口を開いた。


「円卓の血族……お前はその組織に属しているが、彼らとは望む願いが違う……神の採択(A Choice)を発動させるために、協力関係にはあるが、最後には裏切るつもりだということか……」

「とゆ~か、今日、裏切ります。なう」

「つまり、父上はお前らの企みごとを止めようとしているのだな?」


 あぁ、可愛そうな子。


 モードレッドは、そっと彼に耳打ちする。


 マルス・エウラシアンは――よろめいて、自身を支えようとした机ごと倒れた。


「ば、バカな……あ、ありえない……あの父が……し、信じられん、よ、世迷い言を……そんな、バカな……」


 兜を取り去って、マルスは感情を晒した。


「嘘だ……」

「ひっでぇ言い草。アレだって、人間だよ。鋼で出来てて、金床の肚から産まれたとでも思ってた?」


 正気をなくしたかのように、ぽかんと虚空を眺めるマルスを見て、モードレッドは話す順番を間違えたと舌打ちする。


「ほれほれ、正気に戻りなお坊ちゃん。本題は、これからだぜ? おしとやかに腰抜かして、お嬢様ぶるのはおしまいにしな」


 腕に触れると、思い切り打ち払われる。


 あまりにもショックだったのか、マルス・エウラシアンが、まともに口を利けるようになるまで数十分もの時間を要した。


「……お前の嘘など、誰が信じるものか」

「その割には、素直に受け入れちゃってんじゃ~ん? たぶん、お前さんも、そう思いたいんじゃな~い?」


 睨みつけられる。モードレッドは、肩を竦めた。


「つまり、だ。マルス・エウラシアン君。亡き母上の『救いなさい』という遺言を守るためには、あの剣の化身とでも言うべき、グレイ・エウラシアンお父さんをブチ殺すしかないんだよ。

 おわかり?」

「……無理だ、勝てん」

「ははっ、なら、無辜むこの民を見殺しにしな」


 モードレッドは、目の色を視る。


 ダメだ、コイツ、心ボッキボッキに折れちゃっとる。ガキの頃から目つけてたけど、あの父親に躾けられればこうなるわな。アーサー陣営の対策がキツいから、可能であれば、そっちはコイツに投げたかったんだが。


 しゃあない、記憶消すか。


 モードレッドは、両眼の魔法陣を回転させて――彼がゆらりと立ち上がったのを見て、魔力を抑え込んだ。


「……今のままでは、勝てん」


 目の色が、変わる。


 お。いいねぇ。いい色してるじゃん。あの空色の瞳の女の子みたいだ。


「だから、おれは強くなる」


 冷めた蒼色――様々な絶望を混ぜ込んで、彼は希望を口にした。


「もう、誰も救えないのは嫌だ」


 モードレッドは、愉悦を口端に浮かべる。


「なら、私がくれてやる……代わりに、あんたは私の願いを叶えろ」


 彼女は、言った。


「自分が“無意識”に増殖するこの魔術のろい


 己の罪をなぞるように、何度もえぐろうとしてえぐれなかった、生まれ持った“呪眼”に両手を当てる。


「この世から――消し去る」


 マルスの眼に、意思が灯った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ