ワンちゃんモードレッド
「いやぁ、もうホント……敵わんすわ」
僕が指さした、少女の右斜め後ろ。魔力の放出量が変化して、“モードレッド”がゆらりと前に踏み出す。
「まさか、私たちの事情まで知っちゃってるわけじゃないっすよね? そこまでバレてたら怖い通り越して、超常現象の域にまで至っちゃってるんすけども」
彼女は微笑み――
「おふざけしてまで、なんで私を庇うんすか?」
凄まじい勢いで、回転しながら吹き飛んだ。
え~!? 会話途中で吹き飛ぶなんてあり~!? とか思いながらも、当然のように追撃にかかっているアカの肩に手をかける(コミュ障とは思えないボディタッチ)。
「離せっ!! あの女だけはっ!! あの女だけは、赦してたまるかっ!!」
霊樹に叩きつけられたモードレッドは、赤黒い鼻血を垂れ流しながら、ニコニコと笑って手招きをした。
「お~いえ~、かむぉ~ん」
その挑発行為にノッて、轟音と共に飛びかかったアカは、彼女の顔面に思い切り肘を叩きつける。
頭からひしゃげる顔、首が異様な角度に曲がり、三角跳びで宙に浮いた痩躯が月明かりに照らされる。
「死ね、下賤ッ!!」
半身をひねりながら打った蹴り。ノーガードで受けたモードレッドは、錐揉みしながら地面を転がっていく。
「ご、ご当主さ……あっ!」
五つ目の少女から槍を奪い、アカは躊躇なくモードレッドに突き刺――折った槍先を手先で弄んでいると、悪鬼羅刹が如く目で睨まれる。
「邪魔をするな、ユウリ・アルシフォンッ!!」
「……その肉体は、『メーちゃん』のものだ」
ハッとしたかのように、アカの目に正気が戻る。
「……壊してどうする?」
肉と骨が混じり合った顔面が、徐々に修復されていき、モードレッドは「ふぅ」と笑顔で息を吐いた。
「それに、そんな、両目ひん剥いて襲っちゃダメじゃないすか~! ユウリさんが止めなかったら、哀れな串刺し死体になってたのはそちらさんっすよ~?」
肩で息をしているアカは、歯噛みしつつモードレッドから退いた。
「…………」
(こ、こんな状況下でも、ユウリさんは動揺しないんだね……す、すごいな~……)
ひぇえ~!? 演技がガチ過ぎて、もうチビっちゃいそうだよ~!?
「アカさん。あんた様のだ~いすきな交渉、しましょうよ?」
殺気立っているアカは、理性を宥めすかせるように呼吸を繰り返した。
「……内容を言え」
「私を殺すのは、神の採択が終わった後。そして、私を殺す際の肉体には、マルス・エウラシアンを使わないこと。
このふたつのお約束を守れば、黙って首を差し出しますよ。はは~」
戯けて土下座の真似事をするモードレッドの前で、アカは少しもニコリともせず槍を放り捨てる。
「お前にメリットがない。
ココで殺し合っても、死ぬのはこちらでしょう?」
「ハッ、笑わせんのも大概にしといてくださいよ。そっちには、『ユウリ・アルシフォン』がいる。だから、安心して、殺しにかかったんでしょうが」
す、すごい、僕、重要人物みたい……なんか、格好いいこと言ったほうがいいのかな……重要人物として……
「……ちゅっ」
「お前の言うことを、信頼できるとでも思っているのか?」
「……ちゅっ」
「信頼できなかったとして、あんた様は私を殺せるだけの策があんすか~? お目々つぶった状態で、あのアホども引き連れて勝てるとでも~?」
「……ちゅっ」
「あるに決まっている。なかったら、お前の前に姿を晒すか」
や、やだ……『仲裁しようか?』って提案したいだけなのに……ひとりでキスしてるみたいになっちゃってる……は、恥ずかしいよぉ……
「ユウリ殿」
「……なんだ」
急に話をフラれて、ドギマギしている僕にアカがささやきかける。
「先程のご無礼、本当に申し訳ありません。正気を逸していました。ユウリ殿がいなければ、死んでいたのは、愚かな私のほうです。無様な失態を留めてくださり、心から感謝しておりまする」
「……構わない」
僕の方を見つめて、五つ目の少女たちの秘密のお話が始まる。
(ユウリさん、かっこいい~!! ああいうクールなヒーロー、今読んでる小説に出てくるよぉ~!)
(『Sランク冒険者に求婚されてみた』の主人公みたい!! すごーい!!)
(あれ? あの小説でも、こんなシーンなかったっけ?)
も、モテてる!! なんか知らないけど、僕、モテてる!! 時代がキテる!! もっと格好つけたい!!
「……フッ」
ハードボイルドな笑みを浮かべると、五つ目の少女たちが集合してひそひそ話を始める。
「な、なんで、ひとりで笑ったのぉ~? こ、こわくない?」
「わ、わかんないけど、なんか良い作戦思いついたんだよぉ、こ、こわいけどぉ」
「ニタニタしてるのこわっ!!」
全然、時代キテなかった(コミュ障特有の勘違い)。
「ユウリ殿、そういうことでよろしいでしょうか?」
話を聞いていなかった僕が無意識に頷くと、アカはホッとしたように息を吐く。
「では、これより」
アカは、満面の笑顔で言った。
「モードレッドは、貴方の犬です」
えっ――驚いた僕の前で、モードレッドはニコニコとしていて。
「わんわん」
両手で犬耳を作り、鳴き真似をした。