表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/156

マルス・エウラシアン①

 マルス・エウラシアンは、エウラシアン家の長男として生まれた。

 

 エウラシアン家は、武家である。


 人魔大戦で数多くの御首みしるしを挙げたエウラシアンは、名門として王からの信頼もあつい。秘伝である稲光の歩法(ブリクスト)も世に名高く、大戦後にいち早く天災害獣モンスター対策の必要性を掲げ、国政を補佐する宰相としての立場も手に入れた。


 つまり、エウラシアン家は、“チカラ”によって成り上がってきた家系だとも言える。


 そんな武をもって世を統べてきた家柄、期待されて生まれてきた男の子は、病弱であり異様なまでの痩躯だった。


「……お前には」

 

 7歳の彼を木刀で打ちのめし、泣きじゃくる体力もない実の息子へと『エウラシアンの雷光』と呼ばれた父は言った。


「才がない」

 

 七年で――マルスは、見捨てられた。

 

 なにせ、一日の大半はベッドの上、暴力は好まず心優しい。持病の喘息によって長時間の運動は命に関わり、常人よりも体力がないため、魔力中毒の症状が死に直結すると医師に告げられた。


「う~ん、マルスさん」

 

 そんな彼の味方は、日がな一日、蝶々を目で追うような――従者に言わせれば『ノロマ』――の母親だった。


「あなたには、あなたの生き方があります。エウラシアンの一員だからと言って、トゥ! このように! 剣を! 振ることは! ないのですっ!! うおりゃ~!」

 

 ニコニコとしていて、笑顔以外見せたことのない母は、ふんにゃりとした剣筋を魅せつけて胸を張る。


「えっへん!!」

 

 励まそうとしているのはわかったが、彼はなぜ母が得意気なのかはわからなかった。たぶん、自信だけはあるのだろう。


「マルスさん。マルスさんには、きっと、想像もつかないような“チカラ”が眠っていますよ。ソレはなにも暴力だけではないのです。もっと素敵で綺麗なものが、あなたの中でおねんねしているのですよ」

 

 自分の息子に『さん』付けをする後家の彼女は、従者の殆どにバカにされ蔑まれていたが、いつも笑っていた。


「綺麗な蒼色の瞳、母と同じ素敵な瞳。

 どうか、あの人を恨まないであげてくださいね。おかしなくらい、不器用で前しか見れないような御方ですから」

 

 だから、マルスも笑おうとした――妹が生まれるまでは。


「……ほぅ」

 

 フィオール。

 

 フィオールと名付けられた妹は、5歳の時、稲光の歩法(ブリクスト)を成功させ父の木剣を全て捌き切って見せた。

 

 12歳のマルスは、柱の影からそれを見守り、素直に妹の才能を喜んで『すごい』と褒めてやろうとした。12歳の自分には出来ないことを成し遂げた彼女に、兄として心優しい言葉をかけたかった。


 だから、駆け出し――


「フィオール」

 

 見たことのない、“満面の笑顔”で凍りついた。


「お前には、才がある。いずれ、俺すらも超えるかもしれん」

 

 笑っている。父が。あの父が笑っている。

 

 いつも、マルスの前では仏頂面だった父親が、実に嬉しそうな顔で妹の頭を撫でていた。頬を上気させているフィオールは、木刀を胸に抱えて、ぴょんぴょんと楽しげに跳ね回っている。


「父上! 父上! もっと、剣を教えてください! フィオールは、もっともっと、すごい剣を知りたいです!」

「ほう、まだ求めるか。魔力だけではなく体力も備わっている。“アレ”とは、まるで出来が違うな」

 

 マルスは、手を伸ばしたまま、隠れることも出来ずに固まっていた。


「血が悪かったと思っていたが……あの出来損ないの女でも、魔力だけはあったからな……はらを変えるか迷ったが、まだ可能性は眠っているか……」

「お兄様?」

 

 気づかれる。父の冷たい眼差しが、彼を貫いた。


「なんだ?」

 

 価値のない、不要物を蔑む眼。

 

 耐えられず、マルスは背を折って思い切り咳き込んだ。肺が傷ついたのか唾液に血が混じり、従者がまたかと言わんばかりの顔で近づいてくる。


「お兄様!!」

らん。剣を構えろ、フィオール」

「で、ですが、兄様が――」

「誰が戯言を構えろと言った。

 剣を構えろ、フィオール。三度目はない」

 

 こちらに駆け寄ろうとしていたフィオールは、父親と兄の双方をキョロキョロと瞥見し、申し訳なさそうに直剣を構えた。


「片付けておけ」

「え? ぼ、木剣でしょうか?」

阿呆あほうが」

 

 父は、気を害したとばかりに顔を歪めた。


「そこの愚図に決まっている。

 稽古の邪魔だ、納屋にでも入れておけ」

 

 四つん這いになって咳き込んでいたマルスは、心の奥底では『父は、自分を愛している』と信じていた。盲信して、信頼していた。

 

 だからこそ、彼は立ち上がることも出来ず、酸っぱい胃液を口内に溜めたまま、異様な悪寒を感じていた。

 

 害虫を煙たがるような父の眼が、彼の心をぐちゃぐちゃに傷つけていた。


「ま、マルス坊ちゃま。し、失礼いたします」

 

 脇を抱えられて引きずられていく彼の耳に、ぼそりとつぶやいた父の言葉が入ってくる。

 

 聞きたくもないのに、入ってくる。


「……アレは、肚違いかもしれんな」

 

 マルスは、剣を振るう妹を見つめ続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ