迅雷の鬼ごっこ
光が――追いすがる。
迅雷だ。瞬きをする間に距離を詰め、必死に路地を抜けるアカの背後へと、光線が瞬いて縋り付く。
マルス・エウラシアン。ココまで、モードレッドに固執しているとは。
どういった繋がりがあるかは知らないが、置き去りにした筈の軍神は、微かに爆ぜた雷光を残して追いかけてくる。アレだけの数の暴徒に囲まれている状況下、十二分に距離を稼いだにも関わらず、鎧の意思で惨状を打破したらしい。
――ユウリ様なら、どちらも救います
甘ったれたおひいさま。貴女の優しい優しいお兄様は、愚かにも、その小さな手のひらですべてを守ろうとしていますよ。自分の手の大きさを知りもせずに。
アカは、知れず、苛立ちから歯噛みしている。
誰だって聖人面をして生きて、誰も彼もに『善い人』だと言われたい。
だが、選択肢は限られている。皆が皆、ユウリ・アルシフォンにはなれない。さすがの彼だって、必ず“選ぶ”日がくる。
綺麗なものが汚くなる日が、絶対にやってくる――ならば、私は、せめてあの子たちが薄汚い現実で塗れないようにしよう。
全員は、救わない。
あの子たちだけだ。あの子たち以外、誰ひとりとして救わない。それ以外の要素は、どうでもいい。
私は、もう、子供ではない。
「しつこい殿方だこと。紳士の心得を忘れてしまったのかしら?」
アカは、角を曲がる――マルスは稲光の歩法を止めて、数秒後、向きを変えてから光と化した。
やはり、騎士殿は、“直線”でしか走れない。
――ただの大道芸だ。妹のほうがもっと上手くやる
あの自嘲は、思わず溢れた本心といったところだろう。ありありと、澱んだ陰気を感じた。あの無駄に大きい鎧といい、彼はコンプレックスの塊だ。
アカは、くすりと笑う。
勝敗は、魔力の過多や力の大小で決まるのではない。その場その場に備わっている、“流れ”を掴んだものが手にするのだ。
マルス・エウラシアンと正面から戦えば負けるが――ココはルィズ・エラであり、彼は私に情報を晒しすぎた。
だから、私が勝つ。
(聞こえる? 誰でもいいから反応しなさい)
(はーい! こちら、三番区! 聞こえてまーす!!)
ルィズ・エラの街並みは、入り組んでいる。精霊の宿り木たる霊樹や神樹を切り倒すわけにもいかず、樹に寄り添う形で民家を建てているせいだ。
半ば森と化しているルィズ・エラは、木々の間に民家を設置し路地を敷設しており、住民区の整理はほぼ行われていない。また、生きた霊樹を基礎として造られるツリーハウスは、事故を防ぐために建設数は制限されている。
つまり、通常の街とは違った建設方式によって、ルィズ・エラの路は異様なまでに曲がりくねっている。樹齢千年を超える木々の根っこによって、地面に勾配や凹凸が生まれ、道幅は狭く高低差もあって歩きにくい。
(廿から卅までの精霊篝を切りなさい)
真夜中。
そんな安定しない路の只中、急に周囲の灯りが消えれば、街を歩き慣れていない者は歩みを止めざるを得ない。
その上、もし、“走っていたら”。それも稲光の如き速さでの移動中、暗中に取り残されたとしたら。
「……ぱちん」
暗転――勢いよく転んだマルス・エウラシアンは、蹴り飛ばされたボールのように跳ねながら、派手な金属音を響かせアカを追い越していく。
「言ったでしょう?
その不格好な外面、あまり似合っ――」
怖気。
目と目が合った。
兜の隙間から視えた彼の両目は、蒼色に閃いている。大きく見開かれた蒼い瞳は、アカの動きを冷静に“観察していた”。
「……稲光の歩法」
彼はつぶやき――“加速”した。
バカなっ!?
宙空で逆さまになったマルスは、“両腕”で地面を掴んで、反対方向へと疾駆する。
りょ、両腕での稲光の歩法!?
反射的に仰け反ったアカの喉を指が掠めて、えぐれ落ちた肉が地へと落ちる。滴った血液が喉元を垂れ落ち、生ぬるい気持ち悪さを覚える。
暗闇の中、彼は超然として立っていた。
「……悪いが、淑女の相手は慣れていない」
地面に叩きつけられたせいか、半面が割れて蒼い目玉が覗いている。
目玉はアカを睨めつけて、“直線”に捉えた。
「慣れるまで、相手をしてもらおうか」
「……紳士も淑女も、ココにはいないでしょう?」
須臾の間。
消えたかと思えば、眼前に立っていた彼は、アカを捕まえようと手を伸ばし――勢いよく咳き込んで、小さな背中を折り曲げた。
トドメ――否、逃走!!
裸足で苔の生えた地を蹴ったアカは、霊樹を蹴り飛ばし、加速をつけてモードレッドの下へと向かう。
「ま、待て……」
制止を聞かず、闇へと飛び込んだ。