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同じ顔をもつ善と悪

 彼女は、“アカ”色が好きだった。


「なら、あか色をあげようね」

 

 猩猩緋の民(クレアドル)の女性は、出会ったばかりの彼女にそう言った。

 

 次の日、鏡に映る彼女の“肉体”は様変わりしていた。

 

 髪も顔も胸も腹も足も――なにもかもが、『モードレッド』と名乗った女性そのものに成り代わっていた。

 

 パトリシアという名をもつ彼女には、大切な婚約者がいた。愛する父と母、大好きな友だちもたくさんいた。


「わたしよ!! わたしなのよっ!! ねぇっ!! 気づいて!! “外面”が変わったとしてもわかるでしょう!?」

 

 自分の誕生日を言い放った。


 身長に体重、好きな食べ物に嫌いな食べ物、幼い頃に訪れた観光地の名称も並べ立てた。己にしか知りえないような情報をまくし立てて、怪訝な顔つきで見つめる大切な人たちに信じてもらおうと弁舌を振るった。

 

 だが――


「見ればわかる。君はパトリシアじゃない。

 さすがは、猩猩緋の民(クレアドル)だな。ルィズ・エラに居着いた精霊の力を借りて、頭の中を読み取ったんだろう?」


 愛した婚約者は、怒りと憎しみを顔中に刻んで言った。


「金が目当てか、恥を知れ。パトリシアの髪の色は茶で、彼女の瞳の色は綺麗な空色だ。お前みたいな色じゃない」

 

 豪雨が身体を冷ましていく中、断絶を思わせる音を響かせ扉が閉まった。

 

 ――パトリシア、君の瞳は空の色だ。とても綺麗だよ


「……貴方が好きだったのは、外面ひとみだけですか」

 

 パトリシアは――気づいた。

 

 街を歩く度、誰もが彼女を彼女と思わない。家族や婚約者ですら、自分を自分だと定義してはくれない。

 

 この世は、見てくれで支配されている。


「なら……『アカ』で……アカで十分だ……名前なんて……どうせ、見てくれで変わる……意味がない……」

 

 彼女は、歩いた。

 

 歩いて、歩いて、歩き回った。

 

 歩いているうちに、父親が死んだ。病死だったらしい。

 歩いているうちに、母親が死んだ。父と同じ病だったらしい。

 歩いているうちに、婚約者が別の女と結婚した。空色の瞳をもつ女性らしい。

 

 歩いているうちに。歩いているうちに。歩いているうちに。

 

 歩いているうちに――彼女は、同じ顔の少女と出会った。


「うわぁ! また、おんなじと出会ったーっ!! すごい!! やったー!!」

 

 モードレッドの依代となった肉体は、劣化しなかった。だが、精神は疲弊しきっており、彼女は餓死を選んで横たわっていた。


「……死ぬから、うるさくしないで」

「ねーねー!! みんなー!! この人、死ぬってー!!」

「えぇ!? 死んじゃうのぉ!? なんでぇ!?」

「わかんないけど、死ぬってーっ!!」

 

 ぞろぞろと湧いてくる同じ顔。

 

 あまりの騒々しさに自害をとりやめて、アカは立ち上がらざるを得ない。


「……なんなの」

「自殺はだめーっ!! だめだよーっ!!」

「そうだーっ!! 反対だーっ!! 我々は、自殺を選択しないーっ!!」

「命に自由をーっ!! リヴァティオブザライフー!!」

 

 アカは、気づく――精神年齢が低い。


「貴女たち、幾つなの?」

「えっとねー」

 

 立てられた指は十本、驚愕に目を見開く。


「どういうこと……最近、この身体にされたの……全員が全員、同じ日にちに……?」

「えー、ちがうよぉ! よくわかんないけど、全員、十歳なんだよー!! だって、そういう風に決まってるもん!!」

 

 精神の固定化――この子たちは、肉体だけではなく精神まで、モードレッドの都合の良いように“調節”されている。

 

 恐らく、アカのような人間の自殺を防ぐ手段。また、成り代わりをするにあたって、成長した精神性は不都合を生じやすいのだろう。


 あの女。この所業に、進化アップデートを施している。


「あっ、そーだ!! 一緒にご飯食べよーよ!! あのねー!! 今日はねー!! ネズミさんがとれたのー!!」

 

 大人としての肉体をもっているのに、子どものような笑顔を浮かべる。実際、子どもなのだから当たり前だが、そこに歪さと哀しさを感じた。

 

 モードレッドの落し子は、十三人もいた。


「はい!! どーぞ!!」

 

 炙られたネズミ。


 一匹を十三等分されているのだから、分け前はほんの切れ端くらいしかない。なのに、誰もが文句を言わず、笑いながら分け合っている。


「……いつも、こんな暮らしを?」

「今日はねー!! あんまり、良くない日なのー!! なんかねー!! 同じ顔が不気味だって言われてねー!! 石とか卵とか投げられちゃったのー!! だから、また、街から追い出されちゃった!!」

「……分かれて、暮らさないの?」

 

 少女たちは、きょとんとする。


「だって、みんな、“家族”だよ?」

「かぞ、く……?」

「おんなじ顔だもん! それって、“血”が繋がってるってことでしょー? そしたら、もう、家族だよねー?」

 

 確かに、血が繋がっている。


 繋がってはいるが、コレは――顔を歪めていたアカへと、十三のネズミ肉が突き出される。


「食べて」

 

 アカは、息を呑んだ。


「元気、ないんでしょー? だったら、食べていーよ! わたしたち、お腹、いっぱいだもん! ねー?」

 

 十三人全員が、笑顔で賛同する。


「いっぱい食べなきゃ、大人になれないんだよー?」

 

 アカは視た……彼女たちの腕が骨と皮だけを残し、枯れ木のようになって震えているのを。そんな餓死寸前の状況下で、自分に施しを与えようとしているのを。

 

 同じ外面をもっているのに、自分とは程遠い感性をもつ彼女らを視て、アカは衝撃で胃が落ち込むのを感じた。

 

 この世は見てくれで支配されている……こんなにも違うのに……石と卵を投げられるような人間ではないのに……口が上手いだけのわたしは、餓死なんて選ばなければ訪れない……だが、彼女らは、善人であるにも関わらず、餓死を選ばらざるを得ない……


 この世界は、汚くてえげつなくて無差別で理不尽だ。


 善人が死に、悪人がのさばる。


「ほら、食べて」

 

 そのネズミ肉を噛み締めた時、彼女アカは決断していた。


 誰もが綺麗に生きられるのは、物語世界の登場人物だけだ。


 ならば、わたしが呑もう。この現実ドロを。彼女たちが酷い選択肢を選ばなくて済むように、わたし自身がむごい選択をし続けよう。


 彼女たちが綺麗な生をまっとうできるように、わたしは汚く生き続けよう。


 同じ顔の――うらになろう。


「行きましょう」

 

 立ち上がり、手を差し伸べる。

 

 煌めいた日輪が、後光のように彼女を照らしていた。


「……どこへ?」

「貴女たちが、大人になれる場所へ」

 

 アカは、微笑んだ。


「わたしの瞳は、空色で――とても綺麗なのですよ」

 

 少女たちを五つ目という組織としてまとめ上げ、元の姿に戻るために活動を開始した彼女は――ついに、核心モードレッドへと至る。

 

 すべては、おもてのために。

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