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第三の選択肢

「用意は?」

 

 長椅子の山で形成された“錠”を外すために、意識を集中させているアカは、嫣然えんぜんと微笑んで振り返った。

 

 意識を失ったままのシルヴィを抱えたフィオールは、緊張と胸の高鳴りを感じながら無言で頷く。

 

 瞥見べっけん――マルスは、“あの決断”をしたばかりだと言うのに、当たり前のように泰然自若たいぜんじじゃくとしている。

 

 ――貴方様の妹、どちらかに死んでもらいます

 

 お兄様、これでいいんですか? 本当に、選択肢は、ふたつしかないのですか? 私かシルヴィ、どちらかが犠牲にならねばならないのですか?

 

 追い込まれている。それは理解していた。だが、到底、“許容”はできない。第三の選択肢を求めて思考が渦を巻き、いつも助けてくれた“あの人”の顔が浮かぶ。

 

 ――貴女の毒を吸い出してくれる王子は、いつまで生きていられるのでしょうね?

 

 意地の悪い言葉。ユウリの全身に突き刺さった槍先、彼の全身から流れる赤黒い血、苦痛を匂わせない無の表情……彼女にそれを思い出させる。

 

 ダメだ。ダメだダメだダメだ。ユウリ様を当てにするな。いつまでも、助けてもらえると思うな。なんのために、ココまで強くなった。アレだけ辛い思いをしてまで、剣の道に身を捧げてきた。

 

 ――おやすみ、フィオール

 

 わたしは、もう、“守られる側”でいたくない。

 

 フィオールは、無防備にぐったりとしている“妹”を見下げ、強がりで微笑んでみせた。


「守ってみせる……わたしが……わたしが守るんだ……そのために……外面(Sランク)を手に入れた……わたしが……わたしが……」

 

 母親に平手打ちされて、鼻血を流しながら蹲ったシルヴィを幻視し、彼女はぎゅっと両手に力を籠めた。


「では、開きまする」

 

 アカの言葉に、我に返る。


「地獄へと続く門を」

 

 一気に――長椅子の山が崩れて、地響きを響かせながら崩壊した。

 

 こじ開けられた扉から、なだれ込む! 人、人、人、人人人人人!!

 

 黒い塊となった群衆は誰も彼もが正気を失くし、めちゃくちゃな言葉を叫び、こじ開けた隙間から怒涛の如く流れ込む。


「フィオール!! ゆけっ!!」

 

 兄の叫声。フィオールは割れたステンドグラスを踏みしめながら、バリケードを吹き飛ばし教会の裏手へと飛び出した。


 マルスとアカが、暴徒を食い止める大音響が聞こえてくる。心配は無用だと、兄は笑っていた。


 だが、そんな言葉まやかしで安堵できるわけもない。武器ひとつもたない人間が、死ぬことを厭わない者を相手に、いつまでも対抗できるとは考えられない。

 

 ステンドグラスの隙間から裏手に着地、同時に6人の男女を目視する。


 両目があらぬ方向に向いていて、よだれは垂れ流し、無理矢理に阻塞そさいをよじ登ろうとしていたのか両手の爪が剥がれて血まみれだった。


 彼らの意識が――フィオールに集中する。


 想定よりも多い!


 動作原理も風情もなく、単純に“破壊したい”という欲求に従って、両手を振り回しながら突進してくる。


「くっ!」

 

 シルヴィを抱えている現況、両腕は使えない。咄嗟に魔力を用いて、バリケードの一部であった椅子を弾き飛ばす。間髪入れず、なぎ倒された人の垣根を飛び越える。

 

 開いた進行路、フィオールはがみしゃらに駆けた。

 

 シルヴィを抱えている今、稲光の足運び(ブリクスト)は使えない。生身の人間があの速度で移動すれば、致命的な外傷か内傷を受けることになる。魔力による防壁を構築する必要があるが、ただでさえ魔力のコントロールが難しいというのに、自分ではない存在を含めて魔力防壁の出力を安定させる気がしない。


「フィオール様!! こちらへっ!!」

 

 教会からある程度離れた地点ポイントで、待機していた五つ目たちと合流を果たす。


「シルヴィ様は、私たちが――」

「いいえ、わたしが運びます。それよりも、逃走ルートの構築を」

 

 汗だくになったフィオールは、乳酸がたまって重くなった筋肉に苛立ちを感じながら、シルヴィを抱え直す。


 ある程度、移動補助に魔力を費やしていたとはいえ、30~40kgの肉の塊を運んで数百メートルを全力で駆けた。肉体にかかる負担は、計算せずともハッキリしている。


「次の精霊篝フォーチュンまでは、裏道を用いて最短距離を走ります。我々もサポートしますが、“ほぼ無意味な壁”だと考えて駆けてください。

 なんらかの事由で遅れたり止まったりしたとしても、容赦なく見捨てて、精霊篝フォーチュンまで一気に」


 水晶球に映るルートを暗記したフィオールは、汗を拭いながら頷く。


 早速、駆け出そうとした彼女は、なんとなしに、もうひとりの五つ目の少女へと目をやり――


「ひっ……ひっ、ひっ……!」

 

 両手を青白くさせて、垂れ布を激しく揺らしながら、恐怖で過呼吸になっているのを目視する。いや、目視してしまう。


 見てしまった以上、放置はできない。

 

 フィオールは、そっと手を握ってやり、優しく声をかけた。


「落ち着いて。大丈夫ですよ、貴女はただ走ればいい。

 こう見えても、わたしはSランクパーティー、橙の剣閃(ランプ・フリッカー)に属している剣士です。あのユウリ・アルシフォンとも肩を並べて戦った。だから、守られる心配などしていません」

 

 Sランクパーティー……冒険者になりたてだったフィオールは、なにを子どもじみた階級を作るものだと思っていた。


 だが、今にして思う。階級がいめんは重要だ。怯え震える弱き者たちを救うのは、いつだって明確な証拠。この人間は強い者だと思わせる証なのだと。なにがSランクだ創作物じゃあるまいしと笑うものは、誰も彼もがそれが必要だという理由に気づいてすらいない。


 愚か者は、外面(そとづら)を取り繕うために、外面(がいめん)を笑うのだ。


「あ……あ、ありがとうございます……」

 

 安堵したかのように、少女の過呼吸は止まって、礼を言ってから走る準備を始めた。

 

 もう大丈夫ですね。この子は、走れる。強い子だ。


「行きますっ!!」

 

 合図と同時に、一斉に物陰から飛び出したフィオールたちは、一直線に次の裏道へと駆け走る。疾駆しっくする3つの影を追いかけて、バタバタと両腕を身体に打ち付けながら、人間の塊たちが驚異的な速度で追いすがる。


 速すぎる! 肉体への負担を考えていない!! 壊れてしまう!!

 

 事実、大量の出血があった。飛び散る血液、えぐれて落ちる肉。それらを見つめながら、フィオールは怒りで歯を噛みしめる。


「このままでは、追いつかれます!! 私が足止めを!!」


 水晶球で説明をしていた五つ目の少女は、青ざめていた少女の方を見つめ、垂れ布を外してから微笑んだ。


アカと同じ顔――一瞬、フィオールは驚きで思考を止める。


「ごめんね、後、任せた」

「先輩っ!!」

 

 離脱。大声を上げながら、別の裏道へ。意識をとられた町民たちは、一気にそちらへと引っ張られる。


「振り返るなっ!! 走りなさい!!」

 

 薄れゆく叫び声を聞きながら、少女は呼吸の邪魔になる垂れ布を外し、恐れで満面になった顔を露出させる。


 咄嗟の事態を止められなかったフィオールは、シルヴィを抱え込んだまま、ひたすらに真っ直ぐ突き走る


「せ、せんぱい……せんぱ……っ?」

 

 気をとられていた少女が――あっさりと、転んだ。

 

 息を呑む。思わず、足を止める。けた少女自身も、自分が転ぶとは思いもしなかったのかぽかんとしている。

 

 奔流ほんりゅう。人の群れが爆発的な勢いで、倒れた彼女をただの肉塊へと変えてやろうと迫る。


 迫る迫る迫る!!

 

 ど、どうする!? 助けなければ!? ど、どうやって!? 魔法!? む、無理だ、町民が死ぬ!! 魔力防壁がないのだから、どうやっても直撃して死ぬ!! も、戻って助ける!? 間に合わない!? シルヴィを一度置いて、稲光の足運び(ブリクスト)を!? だ、ダメだ!! そうしたら、シルヴィはどうなる!?

 

 束の間の思考。なにもかもが凍りついて、時が遅く流れる。吐き気を催す遅効性。彼女の脳裏に言葉がよぎる。

 

 ――そうやって選ぶことを諦めた人間が、いつか、どうしようもない選択を迫られた時……貴女は、同じセリフを吐けるのですか?


「ぁ……ぅぁ……」

 

 腰が抜けた少女は涙を流しながら、弱々しくフィオールへと手を伸ばす。


「た……たすけ……たすけて……」

 

 フィオールは、寝息を立てている妹を見下げて――決断する。


「……ごめんなさい」

「ぁ……い、いや……見捨てないで……!」

 

 彼女は、背を向けて――


「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 シルヴィを天高く放り投げ、発動した稲光の足運び(ブリクスト)で、少女の下へと疾走した。

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