顔貌くらい変えてください
「この女……ご当主様に成りすまして……!」
驚愕の後――七人の五つ目は石突きを瞬時に反転させ、鋭利な刃先をフェムに突きつけた。
剣呑な雰囲気の中、七本で形成された槍の輪の中心、泰然自若としたメイドは僕を見つめ続けている。
「円卓の血族、モードレッド!! 我らにしたこと、忘れたとは言わせぬぞっ!!」
「なぜ」
五つ目による大音声を意図にも介さず、彼女は僕に対してささやき声を発する。
「なぜ、私が『フェム』だとわかったのですか?」
「貴様ッ!!」
一人の少女が我慢できずに槍先を突き出し――ただの“一瞥”によって、指先すら動かせぬ人形と化した。
冷や汗を流しながら固まった彼女を射抜いたフェムの目玉の裡で、浮き彫りになった魔術式が円環を形成しながら目まぐるしく回転する。
「少々お黙りなさい、蝿」
「……やめろ」
呼吸すら制限されているのか、窒息によって顔色が紫色に変じていき、その迫真の演技に驚愕しながらも声をかける。
「なら、質問に答えて欲しいな~って」
忠実なメイドという仮面を取り去ったフェムは、慇懃な言葉遣いをやめて物言いを変えた。
「……勘だ」
解放された五つ目の少女は、咳き込みながら地面に突っ伏す。
「戯けるフリはよしましょ~よ。勘とかいう不確定論理で、私の正体を看破することはムリっしょ。ユウリさんの言い分、筋が通ってないっすよ」
いや、実際は勘どころか疑ってすらいなかったよ。建物を指さしたら、たまたま、君が指先の前にいただけ。不幸な事故であるということを飲み込んで、次のステップに踏み込んで欲しいね。うん。
「……モードレッド」
「まぁまぁ、ご察しのと~り、私こそが円卓の血族『モードレッド』! じゃじゃ~ん!
神の採択を引き起こし、世界を混沌で満たすラッパ吹き……ではあるんすけど、アーサーやトリスタンとは別のベクトル、後期組である私の志は異なったりしちゃうんですねコレが」
神の採択。各地にある精霊の坩堝を解放することで得られる莫大な魔力、伝承に残る神託の巫女による儀式、代償となる世界”か“生命”か“人間”……このみっつをもって発動する“願いを叶える天秤”。
アカによると、円卓の血族は天秤を使って、“一人の女の子”を得ようとしてるらしいけど……モードレッドの言い分からして、彼女の願いはまた違うらしい。
「……目的は違えど、手段は同じか」
「そういうことになるのかな、うん、なるわなるなる~。神の採択の発生を目論む同士ではありますけども、実際にあの天秤が現れれば、願いを巡って殺し合う関係性っすよ。なんて悲しいつながり、ひえ~ん」
わざとらしい泣き真似をして、煽るかのように彼女は顔を上げる。
「……お前の願いはなんだ?」
「マルスの完治」
反応を示した僕を制するように、彼女は鼻を鳴らした。
「素敵な勘違いはやめてくんさいよ、勇者くん。あのぼんくら騎士の母親には、借りがあるだけっすからね。だから、あんな道化の格好をして、円卓の血族どもの目をくらますために、言葉遣いまで変えていたんすから。
って、今のほうが道化だろが~い!! ツッコミツッコミ!!」
「ご当主様は、あんな物言いはしない!!」
「お、言うっすね~、さっきまで化かされてた無知蒙昧の諸君。魔力放出量を似せただけで、まんまと術中にはまっておいて。
感づいていたのは、この人くらいのもんじゃないすかぁ」
いや、僕も知りませんでした。普通、気づいてもいいもんだと思うけど、人って顔で判断するから仕方ないね。
「勇者くん、ご提案してもいいすか? ひっじょ~に残念ながら、私の希った夢は霧散してしちまいやしてね。元々、“クソ”アーサーの野郎とは訣別したのもあって、可能であれば、一緒にガラハッドをぶちのめしたいな~なんて。
ヤツらの戦力を削いでおけば、後々、楽になるのは間違いなし! なしの崩し! ってなもんなんで~!」
「ど、どちらが戯けているのだ貴様ッ!! 我々の肉体をいじってスペアにしておきながら、共にガラハッドを打ち倒そうだと!?
どの面を下げて――」
「この面っすよ」
真顔であっかんべーをして、フェムは言った。
「同じ顔じゃないですか。何言ってんだ、あんたがたどこさ」
「き、貴様……!」
一触即発の空気。今にも殺し合いそうな雰囲気だったので、おふざけとわかりつつも、二人の間に身体を割り込ませる。
「…………」
「冗談っすよ~、おこらないで~。毎日がスペシャルなんすから、はつらつ元気にいきまっしょい!
ま、正直言っちゃうと、別に五つ目とかいう私のスペア共の協力は不要のゴミ箱なんすけどね。だけんども、ユウリ・アルシフォン様様の王様が協力関係を取り付けてくれるっつーなら、そいつらの身体を元通りにしてやっても構わないっすよ?」
「な、なにを偉そうに!! 貴様、己の罪業を交渉の材料に使おうとでも言うのか!?」
互いが互いを牽制するかのように位置を変え、いつしか訪れた沈黙……すっと、僕が手を前に出すと、五つ目の少女は驚愕の表情で口を止めた。
「ゆ、ユウリ殿」
そして、僕は――言うべきことを言った。
「……誰がフェムだ?」
「「「「「「「「えっ」」」」」」」」
空気が凍りつく。だが、いまさら、引き返せない。
「……誰が」
余所見をしている間に、フェムがわからなくなった僕はささやいた。
「……誰がフェムなんだ」
顔面が迷宮入りした僕は、実によく困っていた。