ファンサービスに厚いユウリくん
「そこ、きちんと並びなさい!! 列からはみ出していますよ!!」
「刃物は没収しなさい! 安全第一!!」
「最後尾はこちらです!! 皆さん、並んでくださいっ!!」
ルィズ・エラは、濃色の霧に包まれていた。
そんな霧の中、一列になってずらりと並ぶ人たちの列……五つ目たちが設置してくれた長机の上に『ゆうり・あるしふぉん』と描かれたボードを置いて、僕は無表情のままで最前列の一人を出迎える。
「しね!! ゆうり・あるしふぉんしね!!」
「……来てくれてありがとう」
殺意をひけらかして襲いかかってくる屈強な男性、迫りくる太い腕を掴んで僕が“握手”をすると彼は膝から崩れ落ちて失神する。
「回収班!!」
すると、五つ目の女の子たちがすっ飛んできて、足首を掴んでずるずると男性を引っ張って脇にどけてしばり上げる。
「くたばれぇえ!! ゆうり・あるしふぉぉおん!!」
「……いつも、応援してくれてありがとう」
お礼を言って両手で握手。
吐き気がおさまらないものの、せっかく集まってくれたのだから、ファンからの好意を無下にしてはいけない。
『さすがは、ユウリさんだねー! 相手の手に触れるだけで魔力の波長を乱して、気絶させるんだもん!』
『…………』
『街の人たちを傷つけるわけにはいかないし、こうやって地道に捕縛を続けるしかないよー! ユウリさんがいてよかったー!』
『…………』
『でも、なんで、相手にお礼を言ってるのー!?』
『…………』
『出会った時からお礼言ってたし、ユウリさんはそういう人なんだよー!!』
『…………』
『さっきから、精霊篝を利用して、脳内に無言で語りかけてくるのだれー!? やめてー!!』
ごめんなさい、僕です。ガールズトークに混ざりたかったんだけど、コミュ障ゆえに無言の圧をかけることしかできませんでした。こんな自分が不甲斐ないよまったくと思いつつ、反省してないんだよねそれが(笑)。
「……よかったら、また来てくださいね」
触れるだけでも嘔吐感に負けつつあるので、握手会っぽいセリフを言って気を紛らわしてるけれど、たぶん現状を把握してないのは僕だけだ。
「……次の新曲も楽しみにしていてください」
気づいたら腹に穴が空いていて、五つ目の女の子たちを引きずって歩いていたのは、さすがにびっくりした。たぶん、現実逃避を長時間発動し過ぎて、感覚と短期記憶が消えてしまっていたんだろう。
『ねー? これ、きりなくなーい?』
『ねー。きり、ないよねー』
『……霧だけに』
『ちょっと、今、つまらないシャレ言ったのだれー!? つまんないよ、死んでー!?』
勇気をもって、会話に参加したら『死ね』って言われた。これって、コミュ障あるあるになりませんか――ペンネーム、ファンタジー界のコミュ障さんからのお便りです(コミュ障は、脳内一人遊びが得意)。
『やっぱさー、元凶を叩くべきじゃないかなー!?』
『ガラハッドを倒すってことー!? ご当主様もなしに無理じゃないのー!?』
『ユウリさんがいるじゃん! 頼めば、きっと、応えてくれるよー!!』
列整理をしていた五つ目の少女たちは、ちらりと僕の方に顔を向けて、意味ありげな視線を送ってくる。
「……なんだ?」
「高名をもつユウリ・アルシフォン殿にお願いごとが」
「憎き宿敵ガラハッドを」
「共に打倒してはくれませんか?」
そう言って、槍を地面に立てて膝をつく彼女たち。
助けてあげたいのは山々だが、フィオールを介した結婚詐欺のせいで、僕はレイアさんに不信感を抱いている。
レイアさんの組み立てたストーリーのお陰で、徐々にコミュ障を改善しているのは間違いないが、人の純情を踏みにじるような行いはやめて頂きたい!!
「……やめてくれ」
「膝をつかなくてはいいと?」
「つまり」
「共に戦ってくれるのですね!?」
希望に満ちた眼差しを向けてくる女の子たち……正直言って、僕は何かをお断りするのが苦手だ。
気づいたら、冒険者家業で稼いだお金の70%が、謎の慈善団体や研究所、孤児院に寄付されることになっているくらいに苦手だ。訪問販売でやってきた子供に全財産を渡して、石ころを買ったこともある。
「…………」
『えっ!? なんで、無言なの!? もしかして、『やめてくれ』って『断る』って意味なのー!?』
『そんなわけないじゃん! あのユウリさんだよー!? ルィズ・エラのピンチを見越して来たのに断るわけないもん!』
『だよねー! この流れで断るわけないよねー!』
『今まさに、ガラハッドを打ち破る計画をねってるんだよー! 凛々しいお顔してるもーん!』
あ、もう断れない。コミュ障はね、人から誘われたらありとあらゆる手段を講じて断ろうとはするんだ。でもね、それが許されないとわかると、今度はどうやっても断れなくなるんだよ。
『てか、さっきから、メーちゃんの応答なくなーい? 大丈夫なーん?』
『なんか、具合悪いって、どっか行っちゃったけどー?』
『というか、それー、ホントにメーちゃん? ご当主様もわたしたちも、同じ顔なんだから識別大事だよー?』
『間違いないよー、ずっと一緒だもーん』
またガールズトークが始まったので、僕は心が傷つく前に答えを出す。
「……任せろ」
「さすがは、ユウリ・アルシフォン殿!
では、共にガラハッドを探――」
「あーあーあー、ちょいまち。ちょいまち、ストップっす、てすてす、あたらしい喉がテス、もういっちょテスで、はいはいテステス」
生きているかのように蠢く長い赤紫色の髪、霧の奥底から覗き込んだ目玉の中には魔法陣が回っている。
己の手で引き破いたらしい、五つ目の衣装を着たアカは、髪の毛を掻き回すようにして頭を掻きながら、ひたひたと裸足で地面を踏みしめて僕の前に来る。
「ご当主様、ですか?」
「あ? あん? そうっすよ、ご当主様よ? あれっすよー、あれ、ちょい早い衣替え的なー、あれなんすよー、なんでね、はい、そう気にせんでいきまわっしょい。
ちゅーことで、ね? ご当主様たる私も手伝うんで、ね?」
見た目的には“アカ”にしか見えない彼女は、眠そうに欠伸をしてから、右足で自分の左足を掻きむしる。
「シスコンなご主人様のためにも……ガラハッド退治、はりきっていきましょ?」
ひだまりにいる猫のように目を細めて、アカは気持ちよさそうに微笑した。