表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/156

ユウリ・アルシフォンは、ただ帰りたかった

「追いなさいッ!!」

 

 切迫した叫び声が教会内に響き渡り、脳内を〝嫉妬〟で埋め尽くされていたシルヴィは、自分に稽古をつけてくれた〝(ガラハッド)〟が消える瞬間を目視する。

 

 アカの命に従って、外へと飛び出した五つ目……ユウリに掴まれた短剣はびくともせず、押すことも引くこともできない。


「……シルヴィ」

 

 泰然自若とした態度、無表情でこちらを見下ろすユウリ。ガラハッドに聞いていた通り、本当にこの男は〝実力者〟なのだと見定める。


 そのことを理解して――冷めかけていた〝昏い嫉妬〟が、彼女を支配した。


「……何があった?」

「あ、あんたには、か、関係がない!!」

 

 意見を求めるかのように、彼はシルヴィの兄と姉を注視する。


「フィオール」

「お兄様、わかっています。ユウリ様にお任せしましょう。燈の剣閃(ランプ・フリッカー)のリーダー、大規模探索(グループシーク)を見事成功にまで導き、わたしとヴェルナの心の裡すらも見透かしたあの御方に」

 

 心底、信頼を寄せているらしい二人の熱い視線。


 熱視線を集めるユウリに対しての憎悪が膨れ上がっていき、敬愛している兄と姉の〝愛〟が欲しくて、シルヴィの両腕に力が籠もっていく。


「……シルヴィ」

「お、おまえは、ずるい!! なんで、お兄様とお姉様に認められるの!? し、シルヴィは家族なのに!!」

 

 短剣を離して後退したユウリを追って、踏み込んだシルヴィは教会の外に出る。大扉から踏み出た瞬間――彼女へと、大量の槍先が突き出された。


「あ」

 

 反応できない。

 

 シルヴィは、己が槍衾やりぶすまで串刺しになる光景を幻視し――ユウリに抱きかかえられ、彼の張った魔力の防御膜が〝破れた〟のを感じた。


 突き出した長槍を押し込んでくる五つ目たちは胡乱気で、何事かをぶつぶつとつぶやいている。


 滴り落ちる血液。ユウリ・アルシフォンは、見慣れた無表情でこちらを見下ろし、大事なものを慈しむように彼女を抱き締めていた。


「な、なんで、おまえ……シルヴィを庇って……」

「王手」

 

 精霊の碧光によって、浮き彫りになる細身。

 

 剃髪の老人は、悠然とした態度で樹上からユウリを見下ろし、腰を後ろに回したまま「ほ、ほ、ほ」と笑った。


「さすがのユウリ・アルシフォン〝殿〟の慧眼をもっても、儂が五つ目たちを従えていたことは知る由もなかったようじゃな。

 愉しい獄中生活の間、ゆっくり、彼女らと〝対話〟させて頂いたからのう」

「…………」

「教会にも既に〝鍵〟をかけた。儂の魔力を流し込まなければ、誰も出入りすることは出来んよ。

 魔力とは即ち〝波長〟のようなもの。お前さんの魔力が如何に膨大であろうと、相性の悪い周波を流し込めば、混信を起こして意味をもたなくする。そこのお嬢さんを〝チューニング〟するのは大変じゃったがな」

 

 夜の帳に促されるようにして、ガラハッドは不気味な笑みを浮かべる。

 

 その笑顔を見た時、シルヴィは自分が都合のいいように操られていて、彼の指示の元に行ってきた〝特訓〟が〝洗脳チューニング〟であったことを悟った。


「お嬢さんを抱えて自滅の道を辿るか、もしくは犠牲にしてこの一夜を逃げ延びるか……さて、どうする、英雄殿?」

 

 こちらの絶望を煽るような台詞と微笑。何もかも思い通りになってたまるかと、シルヴィは、血まみれの英雄かれを毅然と見上げる。


「い、行きなさい……お、おまえに助けられる謂れはない……『見捨てる』と言って、とっとと逃げなさい……ぜ、全部、シルヴィが悪いんだから……ま、巻き込んでごめんなさ――」

「……お兄さんは、大切にしたほうがいい」

「は?」

 

 全身、穴だらけの男は、平然たる様子で〝説教〟をした。


「……お姉さんも、大切にしたほうがいい」

 

 しかも、小さな子どもに道徳を語るかのように、児戯めいたことを小声で言い聞かせてくる。


「……喧嘩はよくないぞ」

 

 なんで、この男は、四方八方から槍先で突かれている状況で、自分にお説教をしてくるのだろうか?


「……謝ったほうがいい」

「え、ちょっ!?」

 

 のみにでもたかられているかのように、超然としたユウリ・アルシフォンは、槍を手放そうとしない五つ目たちを引きずって大扉へと向かい――当然のように扉を〝蹴破って〟、仰天している三人組に出迎えられる。


「…………」

 

 その場に座り込んだ彼は、まるでパズルをプレイするかのように、手作業で黙々と大扉の破片を拾ってはめてを繰り返し始める。


「ゆ、ユウリ様、そのお怪我は――ひ、ひとまず! お手伝いします!!」

 

 フィオール、マルス、アカもその作業に加わって、無駄に時間をかけた修繕作業が開始され――


「……フッ」

 

 完全に元の姿を取り戻した大扉の前で、ユウリ・アルシフォンは、長槍で身体を貫かれたまま口の端を曲げる。


「…………」

 

 ユウリは、修復を終えた扉を開け放つ。


 彼はガラハッドが忽然と姿を消しているのを確認してから、無言で夜の帳へと消えていった。


「フィオール」

「はい、お兄様」

「説明し――」

「わかりません」

 

 大量の五つ目を引きずりながら、帰路についた彼の後ろ姿を見守り――シルヴィは体力の限界を迎えその場に崩れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ