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兄弟喧嘩は、良くないですよ

 短剣の先端が僕の左胸を切り裂いた瞬間――シルヴィの目に光が灯り、彼女は思い切り剣先を引き戻した。


「その神父を捕らえなさいッ!!」

 

 粉々に砕け散って交錯するステンドグラス、空中から降り注いできた五つ目たちは、重さを感じさせない動作で着地、同時に低く槍を構える。

 

 巧みなコンビネーションで完成された槍衾やりぶすま……シルヴィを抱えて後方に跳躍していた僕は、大扉を開けて堂々と入ってきたアカを隣に迎え、現実逃避エスケープナウを解除してから下がる。


「はてさて、目論見を見抜かれて、猟師(わたくしたち)の前にたつ狼の気分は如何なものでしょうか?

 羊の皮をかぶるにしても、欲張りすぎたご様子。神父の姿を偽るとは意外と言えば意外でしたが、ユウリ・アルシフォン殿には及ぶところではなかったようですね」


 えー!? 神父様って、敵役だったの!? 最初からこの結婚式、仕組まれてたってこと!? ふざけないでよぉ!!


「指一本でも動かしたら殺しなさい」

 

 悲鳴と狂乱で埋め尽くされていた会場は、アカと五つ目、フィオールとマルスお兄さん、僕とぐったりとしたシルヴィ(つまんで、長椅子に寝せた)だけを残し、静寂を取り戻しつつあった。


「正直、困ったのう。

 熱烈な歓迎には慣れておらんから、ちと恥ずかしいものがある」

 

 泰然自若と立ち尽くしていた神父様は、頭に被せていたズケットを取り去って剃髪された頭を晒し、悠然とした態度で――急激に顔が捻じ曲がり、温厚そうな面構えをした老人が現れる。


「ガラハッド」

 

 憎々しく吐いた言葉、アカは身震いをした。


「擬態魔法とは、似合わぬモノを扱いなさるのですね。シルヴィ嬢に対する〝仕組み〟も、高潔を旨とする貴方らしくもないのではありませぬか?」

「そいつは、買いかぶりというものじゃな。

 ほれ、儂、髪もかぶっとらんじゃろ? 長く生きておると、かぶれるもんはなくなっていくんじゃよ」

「戯れはよしなさい。状況を理解しているのですか……あの『ユウリ・アルシフォン』が、こちらにいることをお忘れなきよう」

「そやつ、あまりやる気がなさそうじゃが」

「え?」

 

 会話に混ぜられると困ってしまうので、最後列の長椅子に座り込んで部外者面をしていた僕は、驚愕の表情を浮かべるアカに意味ありげな視線を返す。


「うふふ、とんだ頓馬とんまだこと。ユウリ殿は、〝出口〟を塞いでいるのですよ。前衛は我々で十分ということすら看破できぬとは」

 

 漆黒の神父服に身を包んだガラハッドは、ポリポリと禿頭を掻いてから、いつの間にか腰に佩いていた長剣を揺らす。


「いやはや、嘘偽りなしの心持ちを話せば、そこにおる坊主の慧眼にはほとほと困り果てた。

 式の開始直後は、何をバカなことをと思っておったが、一から十まで知り得ていたゆえの奇行。シルヴィ・エウラシアンにかけておった洗脳を解くために、わざと埒外な行動に走り、儂の気を逸しつつも〝予想外〟の手順を辿ることでお嬢さんを正気に戻らせるとはのう。

 お陰様で、最後の最後に、仕損じることとなったわい」


 あーはいはい、最初からこの結婚式は仕組みだったのね。わかってたもんね、わかってた。フィオールが急に僕に惚れて結婚を切り出してくるなんて、有り得ないと思ってたもんね。そんなラノベみたいな出来事が起こるとは、微塵も思ってなかったよホントだもんね。


 なんで、そんな酷いことをしたんだ!! レイアさん!! 今回だけは、僕は、あなたを許さないぞ!! 許して欲しかったら結婚しろっ!!


「……結婚しろ」

「コレは驚いたのう。そうじゃ、お嬢さんの洗脳状態の〝スイッチ〟を切り替えるキーワードは愛を『誓いなさい』とした。

 結ばれた直後、お主を刺し殺すようにセッティングしておいたからのう」

「さすがは、ユウリ殿……どこまで見透かしておられるのやら……味方ながら寒気がしてくる思い……」

 

 どうか、僕の心を見透かしてください。ほらね、泣いてるでしょ。あなたたちがやったんですよコレ。美少女と結婚できると信じ込んだ哀れなコミュ障道化をからかって、楽しむなんて酷いようわぁん。


「…………」

 

 でも、文句は言わない!! ううん、言えない!! コミュ障だから!!


「ガラハッド? お兄様、なぜ〝五つ目〟がココに? ユウリ様を捕らえた狼藉者が、土足で婚礼を荒らすのはなぜですか?」

「フィオール、式場から出なさい。今、直ぐにだ」

「お兄様、なぜ説明してくださらないのですか!? やはり、知っているのですね!? わたしは、もう子どもではありません!! 何時までも、あなたの背中に守られるほど、弱くはな――」

 

 かち合う刃――白刃が月の光を反射してステンドグラスの破片を照らし、マルス・エウラシアンとシルヴィ・エウラシアンの〝衝突〟を映し出す。


「な……!」

 

 今、正に、妹に殺されかけていたフィオールは息を呑み、赤々とした目玉をギョロギョロと動き回しているシルヴィを見つめる。


「し、シルヴィ……この感じ……ゔぇ、ヴェルナの時と同じ……」

 

 刹那の間――嵐のように逆巻きながら打ち出された刀刃は、稲光の如き烈しさをもってかち合い、兄妹を中心にして発生した魔力の余波が長椅子を吹き飛ばして、猛烈な勢いで樹木の壁に突き刺さる。


「シルヴィ!! よせ!! 正気を取り戻せっ!!」

 

 雷の化身がぶつかり合うような轟音と衝撃、互いが互いに最前手を選び出して斬撃を繰り出す度に、直ぐ側で突っ立っている僕の前髪が揺れる。


「……あの」

 

 唐突に始まった兄妹喧嘩、僕はドギマギしながらも至近距離から話しかける。


「シルヴィ!! 話を聞きなさい!! 心を強くもつのだ!! シルヴィ!!」

「お兄様!! 助太刀を!!」

「要らん!! 今直ぐ、ココから出ろっ!!」

「……あの、喧嘩は良くないですよ」

 

 剣を振り回している二人の間に立った僕は、それぞれが繰り出す剣筋を躱しながらつぶやく。


「……あの」

「シルヴィ、やめなさい!!」

「……あの、すいません」

「ど、どうして、こんな時にユウリ様の幻が!? くっ! しっかりしなさい、フィオール・エウラシアン!!」

「……喧嘩は良くないですよ」

「シルヴィッ!! 剣を止めなさい!!」


 ダメだ、泣きそう。ルポールで自警団をやってた時、助けた人たち全員に無視された挙げ句、『最近、謎の残像が出る以外は平和』って言われたのを思い出す。


 もういいや、力づくで止めちゃおう。

 

 コミュ障に説得は無理だと諦めた僕は、二人の剣を両手で止めて――


「ゆ、ユウリ殿!? い、いつの間に!?」

「……さっきから」

 

 僕は、泣きそうになりながら言った。


「……さっきからいた」

 

 フィオールは、ただただ絶句して、口をぽかんと開けていた。

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