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むちゃくちゃになると決まっている結婚式

 樹脈を奔る魔力の高まりによって、肌に感じ取ることのできる〝痺れ〟……恐れ多くも神樹をくり抜いて作られた式場には、神父らしき僧衣を着た老人が用意され、正装した僕を待ちかねていた。


「花婿殿、どうぞこちらへ」

 

 赤絨毯の敷かれた上を辿るようにして、祭壇が設置されている上段へと歩いていく。

 

 道の両端を囲む長椅子には、エウラシアン家にえんゆかりある親戚筋が集められていて、最前列には花嫁フィオールとそのお兄さんが並んで座り、こちらを優しげに見守りながら拍手してくれる。

 

 ルポールから誰か来ないかなと期待していたものの、当然のように誰も来てくれていない。悲しみのあまりに泣きそうになるものの、悲嘆に暮れている場合ではないので、僕は花嫁の横に腰掛ける。


「「「えっ」」」

 

 えっ。

 

 ざわめく式場。不動をとっている神父様以外は、誰もが横にいる面々に耳打ちし、フィオールは直ぐ横に座った僕を見て、赤面しながらあわあわと両手を振る。


「ゆ、ユウリ様! し、式は直ぐに始まります! こんなところに座っている場合ではないかと!」


 え、なに、どういうこと? 花嫁フィオールが座ってるのに、僕は立って始まるのを待たないといけないの? 花嫁入場とかって、そういう仕組みなんだっけ?


「……なるほど、さすがはユウリ殿だ。

 まだ、わからんのかフィオール? どうやら、真の狙いを理解しているのは、我とユウリ殿以外におらんようだな」

 

 いや、理解してるのは、あなただけですごめんなさい。

 

 マルスさんの一声で静まり返った会場、疑問符が頭上に浮かんでいそうなフィオールに対して、彼はゆったりとした声音で語りかける。


「昨夜から、沈んだ面持ちをして、まるで家族に先立たれたかのようだったお前を気遣い、ユウリ殿は冗句ジョークで場を和ませようとしてくださったのだ」

「じょ、ジョーク……そ、そうだったのですか……も、申し訳ありません、ユウリ様。若輩ゆえに、ユウリ様の意図を理解し損ねてしまいました……」

「見なさい、フィオール。この堂々たる出で立ち。相手に冗句を仕掛けるにも全力、一片の隙すら見当たらぬ。この御方の心中、今何を考えているのかさえ、何者にもわかりはせんだろう。

 恐らく、その慧眼をもって、森羅万象を捉えていることだと思うがな」


 フィオールのお兄さん、ナイスフォロー!! 大好き、チュッチュ!!


 ワンミスしてしまった僕は冷静さを取り戻し、とりあえず壇上に上がることにして、式の開始を待ち望み――大扉が開いて、〝彼女〟が姿を現す。


「シルヴィ・エウラシアン殿、どうぞこちらへ」

 

 シルヴィは、大扉から漏れる光に祝福されているかのように視えた。


 薄靄をまとった金色のヴェールで顔を覆ったシルヴィは、あたかも女神の担い手で包み込まれているかの如き埒外の美しさをもっていた。

 

 幾重にも薄紗を重ねて作られた純白の婚礼衣装。淡雪が地面に広がるようにして、赤色の絨毯上で白色が浮遊する。幼い従者に裾をもたれるかのように、彼女に集った精霊たちが、幽玄的な美貌をもった彼女の衣装裾を浮かしていた。

 

 一歩、また一歩、僕へと近づいてくる。


 ヴェールから溢れる金砂をまとったかのような長髪、魔的な魅力を裡に秘めた赭色の瞳は、真っ直ぐに壇上の僕を射抜いて足が釘付けになる。


 拍手で迎えられた僕とは違って、彼女は静謐によって迎えられた。


 普段の愛らしさとは異なった優美な風貌に誰しもが反応できず、ただ口を閉ざしたまま、呆けた様子で見守ることしかできなかったのだ。


 僕の隣に立った彼女は、奥ゆかしく面を伏せてこちらを見ようとせず――一瞬、ほんの一瞬、こちらを瞥見して――艶やかに微笑した。


「……フッ」

 

 えー、かわいい!! 子どもだと思ってたのに、めかしこまれると大人びちゃって、かわいい!! なんの余興かは知らないけど、花嫁フィオールよりも格好的には目立っちゃってるよ!! ずるい!!


「よくあの人は、落ち着いていられるな。あそこまでの美女が隣に立てば、多少は気後れしそうなものだが」

「ああいう女性と結婚する方は、ぼくらとは精神の太さが違うのさ。もう式が始まるのだから、黙っておくんだね」

 

 どこからか聞こえてくるお喋り。人の花嫁フィオールをああいう女性呼ばわりするのは失礼だが、祝いの席だ、生命だけは助けてやろう。なんつてー。


「では、誓いの言葉の前に祝辞を。

 フィオール・エウラシアン殿」

 

 無言で立ち上がるフィオール。


「祝辞、フィオール・エウラシアン」


 朗々とした声で読まれる祝辞は、僕とシルヴィに対して、どれだけの恩があるのか、どれほどにこの式を祝う気持ちがあるのか、いやぁめでたいめでたい(適当)という感じのことを言って終わり、なぜかこれから結婚する自身に対しては一言もなかった。


「次に――」

「……祝辞、ユウリ・アルシフォン」

「「「えっ」」」

 

 えっ。

 

 順番的に、花嫁の次に祝辞を読むのは僕じゃないの? え、順番、間違えた? 緊張し過ぎて、名前を呼ばれる前に切り出しちゃったよ。ああもういいや、読んでしまえば、後は調節してくれるだろう。ごめんなさい。


「……まずはおめでとう、ユウリ・アルシフォンくん」

 

 ざわつく会場。横にいるシルヴィは、大人びた表情で「ねぇ、あなた。あなた。ねぇ、聞いてる。ちょっと。おまえ。オイ」と袖を引っ張ってくるが、喋り始めたら止まらない僕は(正確に言えば、長台詞は最初から最後まで読む覚悟がないと喋れない。コミュ障だから)なるたけ大きな声で祝辞を読み上げる。


「……色々と辛いこともあったけど、ようやく結婚ですね」

「お、おまえ! ちょっと! ねぇ!!」

「……気分はどうですか? 緊張していますか?」

「どこの世界に、自分に祝辞を読む花婿がいるのよ!? 完璧無欠なるシルヴィの結婚式を台無しにするなんて、有り得ないでしょ!?」

「……ユウリくん、どうか、フィオールと幸せになってください」

「は?」

 

 静まり返る式場。対する僕は熱をもった肌とやり遂げたぞという実感で、実に良い気分だった。最高だ。結婚式として、パーフェクトを尽くした。コミュ障に結婚は無理とか、誰が言ったんですかもう(笑)。


「ふ、ふざ! ふざけん――」

「計画変更、略式。

 〝誓いなさい〟」


 神父様のささやき声、急にシルヴィはぼんやりとした面立ちをして、いつの間にか握っていた短剣を高速で突き出し――


「シルヴィッ!!」

 

 僕の胸に、深々と突き刺した。

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