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三択の滅亡は、三択の興隆を得る

「バカな……」

 

 もぬけの殻になった牢屋を見つめ、〝傷一つない〟鉄柵に触れた朱目の女性は、ガラハッドの名残を求めるかのように宙空で手を泳がせる。


「信じられませぬ……確かにいた……あなた様が〝本物〟であるかどうか、確かめるために五つ目を差し向けた後……直ぐに、〝会話〟をしたのです……いないわけがない……」

 

 微かに、ほんの微かに、魔力の痕跡は残っている。辿ろうと思えば辿れるだろうが、よくよく考えてみれば、僕はガラハッドとかいう人の顔を知らない。存じ上げない相手の後を追いかけるなんて芸当、出来るわけもない。


禿頭とくとう、蓄えた口髭、枷で繋がれた両腕……あの特徴的な容姿をもっておりながら、変装して家内に身を潜めるのは不可能……だとしたら、本当に脱走を……術式でアレだけ強化された鉄柵を無効化するなんて……」

 

 あまりの驚愕と焦燥のせいか、考え事を口に出してしまっている彼女に、ゆっくりとしたテンポで問いかける。


「……なぜ、お前は、ガラハッドを殺そうとする?」

「全てをご存知なのに、恍けるのはおやめください」

 

 『アカ』とでも呼んで下さいと続けた彼女は、主人に寄り添い続ける影のような動作で、僕を真似て壁に背を預ける。


「円卓の血族が、何をしようとしているのか……お知りの筈でしょう? だとしたら、止める理由など自明の理の筈」

 

 いや、普通に知らないよ。なんなの、クイズなの? ノーヒントじゃわかるわけないよ。せめて、三択問題にしてくれないかな。


「……三択」

「そのとおりです。彼らは、世界の命運を〝三択〟から選ぼうとしている」

 

 難易度調整を求めたら、まさかの大正解だよ。


「一択目、『世界を滅ぼす』。

 二択目、『生命を滅ぼす』。

 そして、三択目は――『人間を滅ぼす』」


 伸ばされた三本の指は、碧色の光を受けて煌々と輝く。


「彼らは、己の欲を叶えるために、人魔大戦で巫女が行ったことの〝逆〟をやろうとしています。そのために、各地の精霊の坩堝の〝穴〟の開放を続けており、この世の誰かの〝内面なかみ〟にいる神託の巫女を欲している。

 円卓の血族は、『神の採択(A Choice)』を執り行おうとしているんです」

 

 それ、なんてラノベ?


「咎人殿……いえ、ユウリ殿……あなた様は、かの神託の巫女の如き力をもっていると聞き及びます。恐らく、この世に下り立った神託の巫女を、円卓の血族から守りきれるのはあなた様だけでしょう」

 

 なんだろう、特に何もしてないのに、勝手に物語が進んでいくこの感じ。とてつもない作り物感が、レイアさんのストーリーテラーとしての限界を匂わせる。


 まるで、誰かが書いたライトノベルの主人公になったみたいだ。


「過去、神託の巫女が起こした神の採択(A Choice)によって、人と魔を天秤にかけた神々は『人間』を選びました。だからこそ、我々は安穏とした日々を送り、魔の残り滓である天災害獣モンスターを相手にするだけで済んでおるのです」

 

 アカは苛立ちを隠せぬように壁に爪痕を擦りつけ、纏わりついてくる碧色の光を片手で遠ざける。


神の採択(A Choice)が執り行われれば、〝はかり〟にかけられたどちらかが『命を得る』……そして、残った片方は『命を捨てる』こととなる」

「……円卓の血族は、秤に何をかけるつもりだ」

「三択」

 

 布の向こう側で、アカの目玉がぎらつく。


「『世界』か『生命』か『人間』か。彼らが捨てようとしているのは、その片方であり、得ようとしているのは――」

 

 薄暗い牢屋の壁面を伝わって、ささやき声が降り注ぐ。


「一人の少女」

 

 どこかで、誰かの笑い声が聞こえた気がした。




 ユウリとのデートをすっぽかされたシルヴィは、ドレスの裾を掴んだまま、憤慨を隠そうともせずに大股で帰路に着いていた。


「あの人型奴隷スレイヴ……! 気高きエウラシアン家の次女たるシルヴィに、あんな大層な口を利いて! もう、家に入れてあげないんだから! 夜空の下で泣き喚きながら、自らの哀れな生涯に幕を閉じるがいいわ!」

 

 楽しみにしていたデートを、唐突に襲撃してきた二人組に台無しにされ、挙句の果てに一人で帰らされる惨めさ。


 珍妙な五つ目の描かれた垂れ布、自分と同じような赤色の目玉、13歳の自分とは違って蠱惑的な体躯……何もかもが気に入らなくて、あの女に簡単に誘惑されたユウリの軽薄さにも苛立ち、シルヴィは裡に秘めていた憤怒を抑えきれずにいた。


令嬢レディを一人で帰らせるんじゃない……バカ……」

 

 今まで、エウラシアンの家名にしか興味のなかった男たちとは違って、自分に真正面から告白してきた男性。その真剣な瞳に応えるために、シルヴィは一所懸命にドレスを選んで、彼に喜んでもらうための正装をしてきたつもりだった。

 

 だというのに、吐く!? 吐くって何!? 気に入らないなら気に入らないって言えばいいのに!! まともに、眠れなかったシルヴィがバカみたいじゃない!!

 

 怒れば怒るほどに、己の哀傷が広がっていく気がしてならず、シルヴィは「はぁ」とため息を吐いて小石を蹴り飛ばした。


 とん、とん、とん……小石は軽妙なリズムで、舗装された街道を跳ね跳んで、導かれるかのように暗がりへと飛び込み――誰かの足先に当たって止まった。


「やれやれ、コイツは僥倖というヤツじゃの」

 

 その足先をもつ何者かが、ゆらぐ陽炎のように姿を見せる。


 薄闇を纏った禿頭の老人。ボロ布を着込んだ彼は、枷によく似た腕輪を身に着けていて、どことなく温和そうな態度で歩み寄ってくる。


 マルスから貰った腕輪……ユウリも身に着けていたものと、デザインが酷似しているような気がした。


 暗がりのせいで腕輪の判別はつかないが、目の前の翁との出会いはユウリとの初対面を思わせ、彼に対して〝好感〟によく似た感情を覚える。


「そこの綺麗なお嬢さん、哀れでならない老人を救ってはくれんか? なんせ、手持ちに一銭もないだけでは飽き足らず、神に髪の毛まで奪われてしまったものでな」

「……なに、おまえ、行き場所がないの?」

「そのとおりじゃ。かくまって欲しい」

 

 シルヴィはため息を吐いて、『かくまって欲しい』と物騒な台詞を吐いた老人へと、唯一身につけていたナイフを放り投げる。


 彼は当たり前のような仕草でそれを受け取って、しなやかな鞭を操るかのような柔らかな手つきで腕輪を流し切った。


 老人は――昏い瞳で、ナイフの刃先を見つめる。


「お嬢さん」


 彼はナイフを構えたまま、シルヴィへと近づき――


「ありがとう」


 柄側を向けて、ナイフを返した。


「別にいいわよ。普段なら、おまえみたいな輩には関わらないけれど、今日は誰彼構わず救ってやりたい気分なの。自分自身が最悪な気持ちを抱えてるせいで、陰気を近づけたくないのよ」


 追っ手から身を守るために必要であろうと、投げ渡したナイフを〝腕輪〟を切るだけで返され、その不可解さから彼女は〝不安〟を覚え始める。


 アレが〝腕輪〟ではなく〝枷〟であったなら、罪人として引き渡せば良いだけの話よ――シルヴィは、己の力量を傲慢さで塗り固め、揺れ動く〝憂慮〟を覆い潰した。


「ぬぁるほど、それは豪気なことじゃ。お嬢さん、只者ではないな?」

「当たり前じゃない! シルヴィは、栄えあるエウラシアン家の次女! あのマルス・エウラシアンの妹なのよ!」

「……ほぅ」

 

 老人の目が細まって、それから口元に微笑が浮かぶ。


「お嬢さん」

 

 口髭を蓄えた彼は、似合わない笑みを携える。


「またひとつ、お願いしてもいいかの?」

 

 シルヴィ・エウラシアンは、不穏な気配を目の前の老人から感じながらも――知らず、頷いていた。

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