アーミラ、死す
港町ルポールの冒険者ギルドで受付嬢を務めるレイア・トイヴァネンは、陰鬱な気分を抱えながら扉をノックした。
「どうぞ、お入り下さい」
「……失礼します」
部屋の中では、開け放たれた窓から吹く風でカーテンが揺れており、その直ぐ側に立っている『笑う悪魔』の仮面をつけた人影――王裏の仮面の一員が、全身を漆黒のローブで覆って立ち尽くしていた。
「お久しぶりですね、レイアさん」
「久方ぶりに『衣服の修理 ※専用技能必須』の依頼が貼り付けてあったから、ビックリしましたよ。
で、今回の用件はなんですか?」
冒険者ギルドに寄せられる依頼内容、その中に紛れ込むようにして『※専用技能必須』と書かれた依頼があれば、それは王裏の仮面からの〝協力要請〟を示している。
そのことを重々承知しているレイアは、また面倒事に巻き込まれそうだと思いつつ、冒険者ギルドの二階にある応接室まで上がっていったのだ。
「つい先日、三メートル大の土中芋虫が街に湧いたようですね」
「えぇ、まぁ。何時も通り、ユウリ様が一瞬で片付けてくれましたが。
それがなにか?」
黒い革手袋を着けた密偵は、窓枠をコツコツと指先でリズム良く叩く。あたかも、会話の調子を整えているようだ。
「通常、街の土中で、あそこまで成長できる土中芋虫はいません。しかも、栄養分を多く欲する妊娠期でもないのに、獲物を求めて〝一斉に〟地上へと出た。
おかしいとは思いませんか?」
無闇矢鱈に胸元を強調する制服を身に着けているレイアは、真面目な顔つきになってから鍵を閉めて声を潜める。
「意図的に行われた事件? そういうことですか?」
笑う悪魔は、指を止める。
「その可能性が高い。今回はルポールだったが、数年前、王都でも同様の事件が起こっていますからね。恐らく、犯人は、数年前の事件を知っていて“模倣”したんだ」
「王都での土中芋虫暴走事件……」
レイアは、ギルドにも頒布されている資料を読んだことがある。シュヴェルツウェイン王の黒幕説も疑われた有名な事件だ。
「王都の天災害獣研究機関に死骸を調べさせましたが、体内からこんなものが見つかりました」
王裏の仮面が、懐から取り出したのは、錐体や立方体といった立体図形が、複合的に組み合わさった謎の赤黒い物体だった。
「コレは?」
「我々は、生体核と呼んでいます。膨大な量の魔力を秘めていて、外部からの衝撃では決して壊れません。破壊されるのは、コレを体内に埋め込んだ宿主へと、中身にある魔力を全て吐き尽くした後のみ」
笑っている悪魔の仮面が、レイアを真正面から捉える。
「コレは、天恵秘宝です」
「そんなっ! それじゃあ、犯人は冒険――むぐぅ!」
黒々とした掌で口元を押さえつけられ、目の前の悪魔は口元に人差し指を当てて「しー」と警告をした。
「一年前の王都で起こった、飛竜災害……数百の竜種《飛》が、王都めがけて飛翔してきたあの事件とも関わりがあると我々は考えています」
この世界に存在する奇妙な構造物、ダンジョン。そこには、冒険者のみが立ち入りを許可され、唯一、持ち帰りを許可されている特殊な力をもった〝天恵〟とも言われる秘宝が存在している。
それが、天恵秘宝。
その秘宝が、冒険者以外の手に渡っているとも考えられるが、十中八九、ダンジョンからの持ち出しが容易である冒険者が、この件に絡んでいると考えてよかった。
「貴女には、今回の件へのユウリ・アルシフォンの関与を確かめて欲しい」
「はぁ!? ユウリ様が犯人だとでも言うんですか!? ぶち殺しますよ!? 表出やがれ、王の犬っころが!!」
豹変したレイアからの抱きつき攻撃を華麗に避けて、落ち着かせるように、王裏の仮面は声音を柔らかにする。
「違う。最後まで、話を聞きなさい。我々は、ユウリ・アルシフォンが、今回の件の〝全容〟を知っているのではないかと思っているのです」
「全容を知っている? ユウリ様が?」
痩躯をもった悪魔は、こくりと頷く。
「ユウリ・アルシフォンは、一年前の飛竜災害の現場にも居合わせ、また今回も土中芋虫を駆逐しました。
しかも、彼は、裏通りで『ナイス、土中芋虫』とつぶやいている」
「ナイス、土中芋虫……?」
今回の主犯を褒め称えるようなつぶやきに、さすがのレイアも首をひねる。
「警戒心の高い彼から、偶然にも聞き取れたのは、その言葉だけでした。あたかも、今回の件を引き起こした人間の台詞のようにも思えるが……自分自身で何もかもを片付けてしまうのは、自作自演だとしても不自然だ。
よって、我々は、〝暗号〟だと考えています」
「暗号……確かに、ユウリ様なら、暗号を使ったやり取りをしていてもおかしくないですが……」
「今、王都では、数百人の研究者や数学者が躍起になって、その暗号を解き明かそうとしています。だが、進捗はない。まるで、『ナイス、土中芋虫』に、それ以上の意味がないかのような……恐らく、かなり高度な暗号法を用いているのでしょう。
もしかして、彼は、全容を知っていて尚、我々の見知らぬ有志と共に〝事件の首謀者〟と陰ながら戦っているのではないですか?」
レイアは、思い当たる節があって、恐る恐る言葉を口にする。
「ユウリ様は、今まで、お一人で冒険者としての活動を続けてきました……今思えば、アレは『過酷な戦いに誰かを巻き込まないため』だったんじゃないかって……」
「なるほど……辻褄は合う」
王の密偵は、深く頷く。
「それに、時折、『アーミラ、愛してるよ』とささやくんです。隅のテーブルで、読書をしていらっしゃる時に、とても哀しそうな目で……まるで、絶対に会えない恋人への愛の言葉のように思えました。
もしかして、ユウリ様は、その戦いの中で、アーミラさんという恋人を亡くしてしまったんじゃないでしょうか? その彼女に操を立てているからこそ、女性に興味を示さないんじゃ?」
「……どうやら、点と点が繋がったようですね」
納得がいったかのように、王裏の仮面はつぶやいた。
「だとしたら、彼は真の勇者だ。誰にも何も言わず、陰ながら、我々のことを守っていてくれたのです。
得られる人望も名誉も、他人のために捨てられるなんて、同じ人間だとは思えない。正に勇者ですよ」
「うぅ……なんて、お労しい……」
泣きじゃくるレイアを励ますように、王直属の密偵は優しく彼女の肩に触れた。
「それとなく、探りを入れるだけでいいんです。やってくれますね?」
「はい……わかりました……やります……」
決意を籠めて、レイアは泣き顔を上げた。
「今は亡き、アーミラさんのためにも、私やってみます!!」
あー、新刊のアーミラちゃんも可愛いよ、ちゅっちゅっ。
僕は自宅で寝転がりながら、『Sランク冒険者に、求婚されてみた』のヒロインであるアーミラちゃんの勇姿を見守って、一人で内心ニヤニヤしていた。
やっぱりね、一人が最高だよね。一人でさ、自宅の床に寝転がって、小説の新刊を読む。アーミラちゃんが現実に顕在しているかのような至高の空間が、今ココに備わっているんだ。僕の人生は、この部屋にこそあるよ。
でも、最近は『親方、空からスーパー美少女が! 百人も!!』にもハマってるんだよな。いいよな、美少女。空から、降ってきたりしないか――上方にある窓が割れて、空から筋骨隆々の大男が降ってくる。
血まみれで傷だらけのマッチョをひょいと避けてから、僕は、扉を開けて入ってきた赤髪の美少女のことを見つめた。
「あんたが、ユウリ・アルシフォンね」
彼女は、親指を外へと向ける。
「表、出て。
あんたに、決闘を申し込む」
決闘じゃなくて結婚しよ?