全速力で牢屋入り
一際高い神樹に備え付けられた家屋の中、大量の〝五つ目〟の従者に囲まれた状態で、僕は朱目の女性と対峙しており……なぜか、ぶすっとした表情のシルヴィも、同席していた。
「……お嫁様は、呼んでおりませぬが?」
「うるさい、黙りなさい。絢爛華麗なるシルヴィが、世界のどこに存在していようと、おまえ如きが口を出せることじゃないわ。そもそも、説明もなしに人のことを襲っておいて、『呼んでない』とか脳内に血腫でもできてるんじゃないの?
というか、シルヴィはお嫁様じゃない!!」
うん、お嫁様の妹だよね。単純に、からかってるだけなんだろうけども。
「招かれざる客は放っておいて……咎人殿。貴方ほど高名な御方が、なぜ、あんな咎を重ねたのかと思っておりましたが、『ユウリ・アルシフォン』という名を聞いて得心がいきました」
中心の目玉が、僕のことを捉える。
「わざと捕縛されることで、牢獄の中のガラハッドに接触したのでしょう?」
いやいやいや! 牢屋の中に入るのが目的だとしても! だとしても、全裸で13歳の上に乗っかる以外のルートがあるでしょ! なんで、その罪状で、そんな格好いいことしないといけないの!!
「……違」
「ご謙遜は結構。ユウリ・アルシフォンが、〝絶対にやらないこと〟をわざと実践することで、わたくしたちすらも騙し通してみせた。ガラハッドは、あなた様が、かのユウリ・アルシフォンなどと思ってもおらぬ筈。
あのユウリ・アルシフォンが、往来の場で幼き女子に全裸でのしかかるわけがないと……我々の虚を突かれたのでしょう?」
ダメだこれー!! 何言っても、都合よく解釈されるやつじゃんこれー!! でも、僕にとっても都合いいからキメ顔で黙ってようっと!!
「…………」
「うふふ、図星、ということですね」
一生、黙ってれば、幸せに暮らせる気がしてきた。
「はんっ、見当違いもいいところね。こんなアホ面した人型奴隷が、そこまで考えて動けるわけがないでしょうが。
天に輝く一等星よりも眩しき光を放つシルヴィの威光に惹かれて、つい魔が差しちゃっただけというのが真実よ」
鈴が転がるような音で、朱色の五つ目は笑う。
「真実は、人の数だけ有りまする……お嫁様にとっての真がそれであるなら重畳、ただわたくしにとっての真誠はそれであるだけのこと」
「うざったらしい、喋り方ね。どうにかならないの、ソレ?」
シルヴィも大概だよ!! とか、心の中で突っ込んでおくことで、心内コミュニティ能力が上がる気がする。
「では、本題を語りましょうか。
ユウリ殿、あなた様の真の目的は、ガラハッドの討伐でしょう?」
「……違」
「ご謙遜は結構」
『ご謙遜は結構』のブロック力が高すぎて、最早、発言する意味すらもなくなってきたよ。
「牢に入るつもりでなかったのなら、手首につけていたあの枷はなんなのですか?」
いや、あれ、勝手につけられたんです。シルヴィとペアルックで、巷では流行ってるらしいんです。
「は~あ!? 違うわよ!! 何言ってるの!? コイツは、結婚!! 結婚、しに来たの!! シルヴィを裏切った上に欺いて、この甘美なる果実を味わおうとしてたんだから!!」
「お嫁様の真は、そうであるのでしょうね」
「あーもう、話にならない! 帰るわよ、人型奴隷!! せっかくのデートが、台無しだわ!!」
ずんずんと踏み出したシルヴィは、僕が座ったままなのを見つめ、悔しそうな顔をして扉の前で立ち往生し……「そ、外で待ってるから、早く来なさい!!」と捨て台詞を吐いて出ていった。
その様子を見守っていた目の前の彼女は、唐突に顔を覆っていた垂れ布を剥がし取って――その裏にある、端正な顔立ちを晒す。
燃えるような赤に混じった紫髪。ヴェルナと同じ、猩猩緋の民だろう。しかし、精霊の気配がしない。精霊と契約した証である紋様は、少なくとも顔や首、紗の下に浮かび上がる褐色の肌には描かれていない。
特徴的な〝目玉〟……瞳の中に魔法陣が描かれた両眼は、ひとつの工芸品のように洗練されていて、覗き込むと収縮して煌めきながら回転をした。
「この顔を、視たことはありませぬか?」
「……ない」
「なるほど。まだ、接触しておらぬのですね」
彼女は垂れ布を元に戻して、顔を覆い隠す。
「円卓の血族は、特殊な〝記憶操作〟の魔法を用います。脳内に流れ込む魔力の流入量を微細にコントロールして、顔面の認識能力に齟齬をきたすように操り、強制的に〝存在〟を掻き消す。
だから、普通は憶えていられない。憶えていられない筈なのに、あなた様はわたくしの『円卓の血族』というワードに反応しました」
パーシヴァル役の審査員の人が、自分のことを『円卓の血族』だって名乗ってたからなぁ。最近聞いたばかりだし、そりゃあ反応しちゃうよね。
「円卓の血族を憶えていられる方法は、『常に円卓の一族と共にいる』か『円卓の一族から強い〝感情〟を抱かれているか』です」
「……どちらでもない」
「いいえ。記憶している以上、絶対にどちらかです。例外は有り得ない」
五つ目の彼女はゆったりとした動作で立ち上がり、月の光が差し込むバルコニーへと歩み出て全身を白色に浮かび上がらせる。
「ユウリ・アルシフォン殿」
月光を浴びた褐色の肌が、青白く艶めいて煌めく。
「円卓の血族、ガラハッドを殺すために」
振り向いた彼女は、布の下で愉しそうに嗤っているようだった。
「再び、牢に入ってはくれませぬか?」
レイアさんの考えたイベント、こんなところでも起こるの? なんなの、円卓の血族を倒すまでがコミュ障ですってこと? そのご褒美が結婚だっていうなら、唐突に湧き上がってきた縁談に真実味が出てくるけれども。
「……わかった」
「やはり、理解して頂けましたか。さすがのあなた様とは言え、円卓の一族でも随一の魔力を誇るガラハッドの『剣戟防層』を貫くことはできませぬ。だからこそ、ガラハッドの虚を突き、彼の弱点を探るために牢に入ったのでしょう?
安心してください。わたくしも協力して、牢獄のあなた様に的確な時と場を提供し、民衆の前でガラハッドを処刑できるように――」
「……行ってくる」
「えっ」
僕は牢屋へと全速力で駆け出し、呆気にとられていた朱目の女性は「と、止めなさい!!」と絶叫した。