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あなたの脳に、ありがとう!

 四刃の嵐――前、後ろ、右、左、縦横無尽に迫りくる高速の刃を、ユウリ・アルシフォンは〝指一本〟で受け止めていた。

 

 闇夜に融けゆくまるい月。


 堂々たる美貌の発する光の下、連続的に響き渡る金属音。その場に直立不動し、正面を見据え、空気がブレて視える疾風怒濤の如く防御を行う冒険者は、ひたすらに人差し指だけで斬撃を受け流す。

 

 し、信じられない、四人相手だぞ!? コイツ、後ろに目でもついているのか!?

 

 愕然としながら槍を背負い直して突きを放った衛兵は、僅かな槍先を軸として体幹をズラされ、半回転して尻もちをつく。


 武芸の道に生き、常に努力を怠らなかったというのに……歯噛みをしつつ、彼女は直ぐ様立ち上がり、吠えるようにして無表情の少年へと斬りかかる。


 が――


「……ありがとう」

 

 お礼と共に流される。

 

 なぜ、コイツは礼を言う!? 襲いかかってくる相手を前に!? なぜ、『ありがとう』などという台詞を吐ける!?

 

 攻撃中止のサインが出て、五つ目のメンバーたちは攻撃を止める。


 全員が全員、訓練では決して乱さぬ呼吸を見出し、顔の前布が呼気で激しく揺れる。


「どうやら、本物のようですね」

「……ありがとう」

「えぇ、やはり、ご当主様の言うことに間違いはないのです」

「……ありがとう」

「奇襲をかけずとも、わかれば良かったのですがね」

「……ありがとう」

「シルヴィ・エウラシアンの誘導も終わっていることでしょう」

「……ありがとう」

 

 なぜ、襲撃者相手に、礼を言ってくる!?

 

 全員の疑問が共通し、四人の五つ目が交錯し合い……唐突に、四人の少女による、魔力を介したガールズトークが始まる。


『ねー、なんで、このひと、お礼言ってくるのー!?』

『そんなの、わかるわけないじゃん! なんなの、このひと!?』

『みんな、落ち着いて! ユウリ・アルシフォンには聞こえてないのはわかるけど、気を抜いちゃダメー! 素がでちゃってるよー!』

『うわーん、こんなに強いなんて聞いてないよー! かえりたいよー!!』

 

 精霊たちが一箇所に集まって形成されている精霊篝フォーチュンは、魔力流入量と流出量を調整しやすい場であり、多少の魔術的な心得さえあれば、個人個人の微細な魔力を感じ取ってコントロールし〝言葉〟や〝感情〟を伝えることができる。

 

 とは言え、コツを掴むのには数年がかかると言われ、念話石テレパストーンの普及した今、身に着けようと思う人間はいない。


『……ありがとう』

「「「「うぎゃぁ!!」」」」

 

 が、当たり前のように、脳内会話に混ざってくるユウリ・アルシフォン。しかも、放った言葉は『ありがとう』である。


『……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう』

『ぎゃぁああ!! 感謝の気持ちが伝わってくるよぉおお!! なんで、このひと、こんなに感謝してるのぉ!?』

『なまじ、感情がつたわってくるぶん、恐怖が増してくよぉ!!』

『たすけてー!! たすけてー!!』

『うえぇーん、もう帰るぅう!!』

 

 脱兎のごとく逃げ出した四人組、真顔のユウリ・アルシフォンが、キビキビとした美しいフォームで追いかけてくる。


『……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう』

『『『『ぎゃぁああああああああああああああああああああ!!』』』』

 

 五つ目の描かれた垂れ布の下で、涙を流しながら逃げる少女四人、それを早歩き(常人の全力疾走)で追うユウリ・アルシフォン。

 

 少女が死を覚悟した時、雲から月が顔を出し――鈴の音のような笑い声が響いて、泣き顔で逃亡していた少女たちは、忽然と現れた尊敬すべき人に抱き着いた。


 中心の目玉が〝朱色〟の五つ目……褐色の肌を薄い白紗で隠し、大粒の涙のようなピアスをつけた彼女は、〝奇妙な歩行音〟を響かせながら、しとやかな動作でユウリへと歩み寄る。


「咎人殿」

 

 五つ目が――陽炎の如く揺れて、にぃっと〝笑んだ〟。


「あなた様に、ひとり、〝処刑〟して欲しい御仁がおります」

「……誰だ?」

 

 月が、また雲に隠れる。


「円卓の血族――ガラハッド」

 

 ころころと、喉を鳴らして、朱目の女性は笑う。


「どうしても、断頭台の刃が立ちませんで」

 

 闇の中に鈴の音だけが響き渡って、どこからか、ユウリを呼ぶシルヴィの声が聞こえてきていた。

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