力を試しちゃいけません!
「そもそも、おまえは、光栄に思うべきなのよ。全人類が恋い焦がれるシルヴィと腕を組んで往来を歩けるなんて、天上の女神と逢瀬を果たしているようなものなんだから。
ちょっと、ねぇ、聞いてる!?」
十メートルはあろうかと言う樹棲に囲まれたルィズ・エラは、ねじり曲がった道路に精霊篝が焚かれ、本日の祝い事を盛大に祝福しようとたくさんの人が集まっていた。
人混み――僕が世界で一番苦手なものだ。
人里に下りたばかりの僕が、王都で活動していたのは、単純に仕事を多くこなしたかったからだったが、あまりにも人が多すぎるせいでまともに活動できず、逃げるようにしてルポールに移転した。
王様からお誘いを受けても、断固として王都へと足を運ばないのは『人混みが苦手だから』であってそれ以上でもそれ以下でもない。
そんな僕が久しぶりに人混みを前にして、正気を保てるわけがない。
辺り一面に撒き散らされている人間力によって、コミュ障オーラが突き破られて、羞耻心と嘔吐感がマックスになる。現実逃避の防御層が、破られるのも時間の問題だ。
このままだと、本気で吐いちゃうし! とりあえず、シルヴィにリタイア宣言しよう!
「……あの」
「あ、見て! 魔力試しよ!」
何時ぞや、牢屋の中で対面した、五つ目の描かれた垂れ布を着けている衛兵さん……褐色の肌をもつ彼女たちは、半透明の白紗をまとって艶美な舞を踊り、弦楽器の音に合わせて柔らかな歌を奏でる。
道を囲むようにして乱立した屋台のひとつ、ぞんざいに赤白の的が用意された軒下へと、僕の腕を引いたシルヴィは近寄っていった。
「ふふん、見てなさい。
そこの下僕、一回やらせなさい」
「あいよ」
暇そうにしていた店主へとシルヴィはコインを投げつけ、自信溢れる笑みの名の下に、自身の親指を使って人差し指から小指までの四指を弾き――目にも留まらぬ速さで打ち出された魔力弾が全ての的の中心を捉える。
お代を受け取ろうと両手を構えていた彼は、あまりの驚愕にぽかんと大口を開け、金貨を受け取り損ねて額で受ける。
迅雷の如き早業――得意満面のシルヴィは、艷やかに微笑し、僕の肩をぽんぽんと叩きながら上機嫌でささやく。
「程度が違うのよ、程度が。おまえみたいな人型奴隷では、とてもできぬ技でしょう? あのお姉様ですら、シルヴィの技量を褒めて下さったのよ。天下一のお姉様からお褒めの言葉を頂戴するなんて、それすなわち、世界最強と言っても過言ではないわ」
なんだろう、この生意気さ、可愛い。アーミラ・ペトロシフス・リリアナラ・ウェココロフ・ペチータ・アインドルフ感がある。
「やはり、おまえにシルヴィは相応しくないわ。過分な相手だということが、ハッキリしてしまったようね」
高笑いしながら去っていくシルヴィ、どこに行くんだろうと見守っていると、僕のことを待つつもりのようで、少し離れたところをぐるぐると回っている。
チラチラとこちらを伺ってくる様子が愛らしい。
「さ、先に行っているからね! ちゃんと、追いかけてきなさいよ!」
さすがに恥ずかしくなったのか、シルヴィはこちらに背を向けて歩き出し、せっかくなので僕も魔力試しで遊んでみることにする。
「お、おい、あんちゃん、あのお嬢さんの後はやめといたほうがいい。自信、なくしちまうぞ。
この屋台を出して十数年経つが、あんなとんでもないのは初めて見た。ありゃ本物の天才だ」
結ばれることはないよ、お気の毒様……とでも言わんばかりの目つきで、屋台の親父さんは僕を哀れんでくる。
残念ですけどね、親父さん、僕はあの子のお姉さんと結ばれるんですよ。勝ち組で申し訳ない。というわけで、何の憂いもなく遊ばせて頂きますよ。
「……フッ」
「よくこの状況で笑えんなぁ、あんちゃん」
呆れたように親父さんは笑い「好きにしな」と、椅子にどかりと腰を下ろす。
僕はシルヴィを真似て親指と人差し指を使い、的を狙って二本指を構え適当に撃ち出――思ったよりも、デコピンの調節難しい!!
「あぁ!?」
地面に突き刺さっていた杭が抜けて屋台が天高く吹き飛び、椅子ごと親父さんが真横に吹っ飛んで、正面にあった十二個の的は原型を失くして粉状になり……脂汗をかいた僕は、自分が撃ち出した魔力弾が人混みにぶち当たる前に先回りして、必死の思いで空へと蹴り上げる。
「わぁ、綺麗! 魔力の花火だわ!」
「ルィズ・エラの職人も洒落たことをするなぁ」
結果として、夜空に大輪の花が咲き乱れ、僕は真横にスライドしていった親父さんと屋台を回収して、元通りにセットアップをしてから何事もなかったかのように構える。
「ぁ? な、なにが起き――」
「……どぅりゃぁ」
僕は魔力弾を撃ったフリをして「……ありがとう」と礼を言った後、慌ててシルヴィの所まで戻る。
「なにしてたのよ、さっき、花火が上がってたのよ? 祭り事の関係者に異界の民でもいたのかしら?」
「……野暮用だ」
危なかった、本気で危なかった。この祝い事を全部めちゃくちゃにして、今度こそ牢屋にぶち込まれるところだった。やはり、人混みは危険だ。力のコントロールが効かなくなっ――僕が気づいてから数秒後、シルヴィが足を止める。
「……人型奴隷、シルヴィも野暮用よ。先に帰ってなさい」
隣を歩いていたシルヴィは、ドレスの袖口に隠したナイフを手元に滑り落とし、怒気を発しながら目を細める。
四、五、六……随分と剣呑な気配だ。こちらに対してハッキリとした敵意を突きつけ、煽ってきているみたいだ。
相手側の目的はわからないが、狙いは間違いなく僕たちなんだろう。
さすがのシルヴィでも、動きにくいドレスでナイフ一本、この人数を相手にするとなったら厳しいかもしれない。
「……わかった」
僕は、背後から感じ取った目線を誘導し、シルヴィに魔力量の少ない相手を二人だけ割当て、残りの四人をこちらに惹きつける。
人通りの少なくなった街外れ――宵闇に四人の影が紛れ込み、僕のことを囲む。
「さすがは、ユウリ・アルシフォン」
「我々の存在に気づいていましたか」
「四人を相手にどこまでできるか」
「力量拝見といきましょう」
五つ目の垂れ布で顔面を隠した四人は、思い思いの動作で長槍を構えて、バッテンを描くようにして、僕を囲い込んで距離を詰め――
「……ありがとう」
「「「「えっ」」」」
僕の感謝に対して、動きを止めた。