ドキドキ! お嫁さんとの初対面!
ルィズ・エラの住民たちは、生きた霊樹を基礎として住居を作る……所謂、ツリーハウスだ。
ランタンの中で精霊篝が焚かれて、仄かな薄緑色に照らされた家内。僕の姿を捉えた瞬間にフィオールが立ち上がり、同行を促していた女性たちを睨みつけながら、彼女たちを押しのけるようにして近づいてくる。
「貴女たちは……この御方がどなただと……!」
うわー、なんか、怒ってるなフィオール。怒られるべきなのは、間違いなく僕のほうなのに。というか、僕のお嫁さんはどこにいるんだろう? え? もしかして、フィオール? フィオールのことなの? え、普通に受け入れるよ、そんなの。
「フィオール、落ち着きなさい」
兄に諌められたフィオールは、渋々と言った感じで後ろに下がる。
「ユウリ・アルシフォン殿、数々の無礼、心から謝罪致す。よもやコレまでとは思いもしなかった。この唐変木、貴方の力量を見誤っていたようだ」
「……どういう意味だ?」
積極的な質問、コミュニティポイント+100点!! 成長してる!! 僕、間違いなく、成長してるよ!! ありがとう、レイアさん!!
「エウラシアン家と婚礼を結ぶ件、実のところ、端からご存知だったのでは?」
「え!?」
えっ!?
僕(無表情)とフィオール(驚表情)は、同時に反応を見せて、室内でも鎧を身に着けている彼のことを見つめる。
「貴方は、我が何者なのか……マルス・エウラシアンであることも、最初から知っていたのでしょう?」
「……いや、知らな」
「ご謙遜は結構!!」
壁にぶら下がっているランタンが割れるかと思うくらいの大音響、こんな大声を張り上げられる人に対し、コミュ障が対抗できる手段など有りはしない。
「…………」
戦略的沈黙しとこうね!!
「ユウリ殿は、その目で、しかと己が嫁にする相手を見極めたかった。そうではありませんか?」
フィオールとの出会いが、勘違いされてる……というか、やっぱり、僕のお嫁さんはフィオールなのか?
僕がフィオールに目線をやると、彼女はどこか申し訳なさそうに面を伏せる。
「このマルス・エウラシアン! 正直、感服致しました! 可愛い妹の婿を探して幾光年! 今日も今日とて、龍の血で己が身を穢した幼子ではありますが、このマルスにとってはかけがえのない妹!!」
ん? 龍の血? ルィズ・エラへの道中で、戦闘でもあったのかな?
「少し、ユウリ殿よりは年齢が下でありますし、癖のある子だとは思いますが……ユウリ殿」
ずいっと、マルスさんが顔を近づけてくる。
「あの子との婚礼、いかがお考えか?」
フィオールって、僕より年下なんだ。へー、知らなかった。同い年くらいに見えたけど、一、ニ歳は離れてるのかな? とっても良い子だし、癖があるとは思えなかったけど、お兄さんの目から見るとそう見えるんだろうか?
結婚するにしてもしないにしても、本人の意思が大事だよね! 僕としては、本人がノリ気であれば、お話を進めてもらっても構わないんだけども!
「……どう思う?」
問いを投げかけると、フィオールは何故か哀しそうな顔をして、左腕を自分の右腕で掴んでそっぽを向く。
「……良い、と思います。エウラシアン家のためになると思いますし、身内にするとすれば、ユウリ様以外の男性は考えられません」
なんか、態度と台詞、一致してないよね? やっぱり、僕のこと、大して好きでもないのかなー?
「ユウリ様は」
どこか、苦しげに、今にも泣き出しそうな顔つきで彼女はささやく。
「婚礼を結べば、幸せになれますか?」
フィオールと結婚できれば、世の男性は皆ハッピーだと思うよ!
「……あぁ」
僕の答えを受けて、瞠目したフィオールは息を呑み――
「よかった」
慈愛の溢れる笑みを浮かべ、僕のことを愛おしそうに見つめた。
「賛成です。わたしは、ユウリ様の結婚に賛成します」
お! 急に態度もノリ気になった! アレかな? やっぱり、フィオールは優しいから、僕の意見を尊重してくれたのかな? だとしたら、もう、悩む必要なんてないじゃないか! わーい!!
「……婚礼を進めてくれ」
「なんと!!」
マルスさんは、本当に嬉しそうな顔つきで大声を上げ、フィオールを高々と抱き上げる。
「ついに!! ついに!! あの子が婚礼を結ぶ日が!! まだ早いと思ってはいたが、ユウリ殿の器であれば、受け止めてくださると!! 問題ごとを起こしすぎて、貴族連中には相手にされなかったあの子が!! やはり、このマルスの目は曇ってはいなかった!!」
「お、お兄様、落ち着いてください!」
はしゃぎにはしゃいでいるエウラシアン兄妹、なんとなく微笑ましいので見守ってしまう。
しかし、ついに僕も所帯持ちか。コミュ障だから、結婚なんて無理だと思っていたけど、現実逃避を身に着けた今、怖いものなんて殆どないしね。幸せな結婚生活を描いて、ハッピーエンドを見せつけてやるぞぉ!
「こうしてはおれん!! フェム、直ぐに呼んできてくれ!! 記念すべき対面だ!! とは言っても、ユウリ殿は既に顔合わせを済ませているがな!!」
顔合わせ? え、お父さんお母さんと? 会ったことないけど?
「はい、直ちに」
フェムさんが廊下へと消えて――跫音が響き渡った。
誰かの来訪を告げるベルのように、たどたどしい足音が聞こえてくる。大扉の向こう側でその音が止まって、どことなく厳粛な空気が辺りに漂う。
コンコン、ノックの音がした。
「入りなさい」
マルスさんの呼びかけを合図に、扉が開き――赤々とした目玉が覗き、僕のことを『人型奴隷』と呼んでいた、傲岸不遜な少女が姿を現す。
「お初にお目にかかります、ユウリ・アルシフォン様。
私、シルヴィ・エウラ――えっ」
えっ。
蒼色のドレスを身にまとった〝シルヴィ〟と顔を合わせた僕は、思わず声を上げそうになって静止した。
「ま、まさか、結婚相手って……シルヴィ、だって、一緒にお風呂に入って……連れて行かれちゃって……さ、最初から、知ってて近づいたのね……!」
過去の恥辱を目の当たりにして、赤面しているシルヴィを余所目に、蒼色の瞳をもつフィオールは冷静な口調で言った。
「わたしの〝妹〟のシルヴィです」
え!? フィオールって、妹がいたの!?
「この!!」
驚いている僕を尻目に、シルヴィは大口を開けて叫んだ。
「うらぎりものぉおおお!!」
大きな音を立てて扉を閉め、反感を示した彼女はこの場から逃げ出し……フィオールはため息を吐いて、追いかけていくマルスさんを見守っていた。