コミュ障だって、戦いの中で進化する
寝て起きたら、ルィズ・エラに着いていた。
大陸の東端に位置するルィズ・エラは、最も空気中に混在している魔力の濃い地形……所謂、『魔力溜まり』、『精霊の坩堝』と呼ばれるスポットのひとつであり、夜半の闇の中に碧色の精霊篝を見ることができる。
のは、〝外〟の話。
「おい、お前さん、聞こえとるか?」
樹脈を奔る魔力を内在した霊樹、天を貫くような高さをもつ樹のうろの中には〝牢獄〟が形作られ、僕の隣に囚獄されている犯罪者さんが、ボソボソとした声で語りかけてきた。
「お前さん、なにをしてココにやって来たんじゃ?」
「……全裸」
「ん?」
「……全裸になった」
いやー、全裸でシルヴィにのしかかってたら、そりゃあ犯罪者扱いされて当然だよね! ワンチャン、助かるかなぁと思ってたんだけど、助かることはありませんでした! ユウリ・アルシフォンの冒険は終了! ここで終了です! 終わり!!
「なるほどのう、露出狂ってやつかの?
災難じゃなあ、裸一貫になった程度で、『魔術の煉獄』とまで言われるルィズ・エラの牢獄にぶち込まれるとは!」
うー、なんか、すごいグイグイくるおじいさんだなぁ。下手に喋らないで居留守使えばよかった。知らない人と話せば話すほどに、どんどんボロが出るようになってるんだよ、コミュ障は。
「試しに鉄格子をもって力を入れてみい」
薄暗闇に紛れた節足動物たちが、和気あいあいと戯れている中、僕は言われたとおりに鉄格子に力を入れ――見事なまでに折れ曲がり、慌てて元の形に戻そうとするものの最終的にはへし折れる。
「魔力を籠めようが、まともに曲がりもせんじゃろ?」
いやいやいや、普通にへし折れたよ! 欠陥牢獄でしょ! 僕が悪いんじゃないよ、こんなの!! 責任者を呼んでよ!!
「ルィズ・エラは、魔術師の育成に最も力を入れておってな。歴史に名を残すような高名な魔術師の大半は、ココの出身であるし、王都の研究院に名を連ねるのは当然といったエリートどもの学び舎と言っても過言ではない。
そういったエリートどもが、いたるところに魔術式を書き上げて作り上げたのが、ココというわけじゃ。鉄格子ひとつにも数百の魔術式が書きつけられ、その硬度と耐久性は数千人の魔力で練り上げられた錬成盾すらも凌ぐとまで言われておる」
わかった、閃いた! 残った鉄格子同士の間隔を少し広げて等間隔に配置、へし折った一本分のスペースを誤魔化せばいいんだ!!
「つまるところ、ココから出るのは無理じゃな! ウワハハ! 若人、黙って、沙汰を待つのが吉と出とるわ!」
必死に鉄格子を抜いては刺してを繰り返していると、暗闇にぼうっとした光が差し、遠くの方から足音が聞こえてくる。
「若人、見張りじゃ。沈黙は金なり、と異界の民が言っておった……音を立てず、静かにしておるんじゃぞ」
あ、間に合わないやコレ!!
五つの大きな目玉が描かれた垂れ布……幾何学的模様を塗料で肌に描き込んだ見張りの方は、脇に槍を携えており、へし折った鉄格子を折れた箇所に当てはめて、真顔で何もしてませんアピールをする僕の前で止まる。
「貴様、何をしている?」
たぶん、見張りの人には、僕が鉄格子を掴んでいるように見える筈だ。
その様子を反抗的だと受け取ったのか、彼女(声からして)は長槍を構えて、威圧するかのように槍先を突きつけてくる。
「今直ぐ、下がれ! 打ちのめされたいか、大罪人!!」
やばい! 事情を説明しなきゃ!! ちゃんと説明すれば、きっと、わかってもらえる!! ラブアンドピース!! この世界は愛で包まれてるし、僕たちはわかり合える筈なんだ!!
「……無理だ」
「なんだと!?」
「……下がったら」
敵意がないことをアピールするために、僕は精一杯微笑んだ。
「……大変なことになる」
「き、貴様、脅しているのか!? だ、誰か、来てくれ!! 重罪人が何かしでかそうとしているぞ!!」
看守の方が大声で呼ばわって、同じような格好をした方々が、慌てて階段を駆け下りてくる。
大量の槍を突きつけられた僕は、何度も「下がれ! 下がれ!!」と怒鳴られながらも、今この場で下がったら更に大変なことになるのは目に見えているので、突っ立っていることしかできない。
「だ、ダメだ! コイツ、聞く耳をもたないぞ! 懲罰房にぶち込むしかない!!」
「その前に、もう一度、身体を調べろ!! 武器を隠し持っているかもしれん!! さっきから、鉄格子を掴んだままなのが怪しい!!」
複数人がかりで僕の指に掴みかかり、鉄格子から引き剥がそうとする看守の方々に対して無言で抵抗する。
「な、なんだこの力は!? コイツ、異常だぞ!?」
ダメだ、このままだと吐く。こんな大勢の人に嘔吐を視られるなんて、恥ずかしくて生きていけない。Sランク嘔吐とかゲロリ・アルシフォンとか呼ばれる。
そんなのは嫌だ……こんなところで……終わってたまるか……!
ドクン、追い詰められた僕の心臓が跳ねて、〝覚醒〟が始まる。
思考が――〝変わった〟。
「……フッ」
なんだろう、僕の人生の中で、ココまで大勢の人たちに囲まれて、人気者みたいに引っ張り合いっこされることなんてあっただろうか? もしかして、人生に3回はくるモテ期というやつなのかな?
そうか、僕は、牢獄でモテるタイプだったのか。
「コイツ、微笑しているぞ!? この状況でなんて余裕だ!!」
嘔吐力が下がっていく。実に穏やかな気分だ。まるで、ゲロる気がしない。頭の中に広がる原初風景、穏やかな風が吹く草原、三半規管がお昼寝をしている。
嘔吐を避けるための超ポジティブ思考、この奇跡の御業に名を付けるとしたら――
「……現実逃避」
僕は、今、戦いの中で進化している。
「なんなんだ、この壮絶な笑みは!? どんな人生を歩んできたら、こんな顔ができる!?」
ギャーギャーと喚いている女性諸君を前にして、進化した僕は余裕の面持ちで対峙し続け――彼女たちの背後に立つ、ひとりだけ雰囲気の違う女性を見つける。
「咎人殿」
一瞬で女性たちは静まり返って空間を開け、しずしずと歩み出る彼女に敬意を払うかのように跪いた。
顔面を隠す垂れ布の奥から、女性は丁重な声音を出す。
「貴殿の〝お嫁様〟がお呼びです」
お嫁様って……アーミラちゃん?
僕の妄想もついに現実になったかと驚く僕の前で、五つの目玉をもつ彼女は、鈴の鳴るような音を出して笑った。