Q.ユウリ・アルシフォンって、何者ですか?
「はぁ……」
「レイアさん、そんなため息ばっかり吐かないでよぉ!」
港町ルポールに設置された冒険者ギルド……厳しい面をした冒険者たちが、日々の討伐に疲れ切っている姿を前にして、ギルドの花とも言える受付嬢は、カウンターに肘を預けて大きなため息を吐く。
「いや、だって……ユウリ様がいないんですよ……しかも、婿に行くだなんて……エウラシアン家と言えば名家中の名家ですし、あのマルス・エウラシアンに頼まれたら、抵抗しようにもできないじゃないですか……」
そもそも、ユウリ様には、アーミラさんという心に決めた恋人がいらっしゃるというのに。
毎日、ユウリの顔を見るのを何よりの喜びとしているレイアは、またしても嘆息を吐いて、一生懸命背伸びをしてこちらを伺う獣人の民の双子を見つめる。
「お二人だって、ユウリ様が結婚してルポールを出ていくとなったら、納得できないじゃないですか?」
「ううん……大丈夫……」
「え、本気で言ってますか?」
予想外の答えが双子の片割れから出て、賛同するかのように首を振るもうひとりを目視してから、彼女は思わずぽかんと口を開く。
「今回の大規模探索で気づいたの。ユウリ〝さん〟が、本当に助けたかった相手は、別にイルたちじゃないんだって」
「ユウリさんは……何時も助けてくれる……格好いいし憧れる……でも、ミルたちは〝助けるべき一人〟にしか過ぎない……」
ルポールの冒険者ギルドの直ぐ側に設置した原生スライムを用いた即席のクッション、そこに投擲された双子の獣人の民は、何かを悟ったかのようにユウリが残った天空城を見上げていた。
「よくよく考えてみたら……イルもミルも……ユウリさんのこと、何も知らない……ただ、〝格好いいユウリさん〟に恋してただけ……ユウリさんの〝外面〟しか視えてない……そんなの、本当の愛なんかじゃない……」
「だからね! 距離をとって、ちゃんと考え直すことにしたの! ユウリさんのことは大好きだけど、一度、きちんとあの人のことを見てみようって!」
子供のお遊びだと思ってライバル視もしていなかった彼女たちが、本当の恋愛を知ろうとしていることを知り、レイアは無意識的につぶやく。
「……人は恋愛を語ることによって、恋愛するようになる」
「え?」
「異界の民の方から教えてもらった言葉ですよ」
「教えたのは、俺だったっけな?」
「え……オダさん!」
何時もの三角帽をかぶっているオーロラと、茶色の癖っ毛をもったヴィヴィを引き連れて、気さくに片手を挙げたオダは、獣人の民の双子に歓迎されながら、レイアの前までやって来る。
「お加減はもう良いんですか?」
「この世界じゃ、あんな怪我は日常茶飯事でしょう? どうにかこうにか、骨やら肉やらがくっつきましたよ」
「おじさん、治療してる間、ずっと泣き喚いてたじゃん。なに格好つけてんの?」
「おじじが暴れるから、押さえつけるのちかれた」
「お前ら、言うなって言ったろ! 今直ぐ、握らせてやった金返せ!!」
ギャーギャー喚きながら喧嘩を始めた三人を仲裁し、ようやく落ち着きを取り戻した頃、オダが真剣な顔つきで神妙に話を切り出す。
「レイアさん、ユウリさんのことなんだが」
「あぁ、オダさんも聞きましたか。えぇ、そうですよ。お婿に行くんですよ、あの人。私を置き去りにして、別の相手と結婚するんです」
「いや、それはそれで、詳しい話を聞きたいんですけども……ユウリさんは、異界の民なんじゃないんですか?」
きょとんとしてから、レイアは「えぇ、そうですよ」と応える。そんな当たり前のことを聞いてくるオダに対し、彼女は疑問すら覚える。
「でも、ユウリさんは魔法を使ってた。俺も含めて、異界の民は魔法を使えない筈だ」
「なんだ、そんなことですか。ユウリ様が特別だから。そういうことです」
「あの異常なまでの力も、ユウリさんが特別だから……とでも言うつもりですか?」
急に何を言い出すんだろうか、この人。
そう思いながらも、冒険者ギルドの受付嬢として、レイアは懇切丁寧な対応を心がけて言葉を選ぶ。
「前提として、ユウリ様が特別なのは当然のことですが、その上であのお方は特異建造物に籠もって長年修行を続け――」
「ユウリさんは、まだ少年でしょう? 長年と言っても、精々、数年しか潜れない筈だ。
王都の史料館にまで出向いて調べてきましたが、この世界に現れた異界の民の最年少は〝13歳〟。ユウリさんが17歳だと仮定しても、たったの四年しかない。その四年間、ただダンジョンに籠もっていたくらいで、あそこまで馬鹿げた力を手にいられるとは思えない」
「いやいやいや、ちょっとちょっと、おじさん! なんなのそのユウリさんへの興味! やっぱり好きになったの!? 禁断なの!? 禁断の愛なの!?」
「今、おじさんには珍しくシリアスモードだから、ちょっと黙ってて。マジで」
「……何が言いたいんですか?」
ユウリに関することであれば冷静でいられないレイアは、内心の苛立ちを隠しきれずにオダを睨めつける。
「レイアさん、前に言ってましたよね。ユウリさんには、『アーミラ』という名前の愛する女性がいるから、自分は大人しく身を引くつもりだって」
「それが、なんですか?」
オダがカウンターに置いたのは、異界の民が書いたとされる一冊のライトノベルだった。
タイトルは――Sランク冒険者に、求婚されてみた。
「このライトノベル、俺も好きでよく読んでたんですがね。ヒロインの名前が『アーミラ』って言うんですよ」
「偶然の一致でしょう?」
「この小説の主人公とユウリさんが、〝ほぼ100%〟の一致を見せていると言っても?」
「……は?」
絶句したレイアに、オダはささやく。
「レイアさん」
彼は、冷や汗を流しながら言った。
「ユウリさんは、本当に異界の民ですか?」
何も答えられず、いつの間にか、冒険者ギルドは静まり返っていた。