容疑者、ユウリ・アルシフォン
「パーシヴァルがやられた」
秒刻みで鼓動する深紅色のテーブルに腰掛けたアーサーは、目の前に座っている〝影〟に語りかけた。
「本気で言っておるのか? 間違いではないのか?」
綺麗に剃り込まれた禿頭をもつ影の問いかけに、円卓に両足を載せた彼はのんびりと応える。
「間違いない。確認した。東の果て、神秘の森の『ルィズ・エラ』だ」
「ルィズ・エラ? 嘘でしょ? ここから、どれだけ離れてると思ってるの? 一日で到達できるような距離じゃないよ」
二本角がにょっきりと生えた小柄な影は、指先でトントンと机上を叩く。
「ユウリ・アルシフォン」
〝彼〟の名前が挙がった瞬間、円卓の場は静まり返って、それが自然であるかのようにみっつの影は押し黙る。
「あの特異建造物……天空城があそこに発生したのは、ただの偶然だ。俺たちはそれを利用して、ルポールに落とそうとしたが、ものの見事にユウリ・アルシフォンに阻止された。挙げ句、大事なお仲間までノックダウンだ。
アーサー、くやちぃ!! ふぇえ!!」
「急に幼児退行するのやめて。きもい」
「パーシヴァルは、天空城に毒を積んだとか言っとらんかったか?」
「ただのブラフだよ」
暇つぶしに自分の喉元へと刃を潜り込ませながら、アーサーはけだるさを口内に含みながらつぶやく。
「せいぜい、アイツがやれたことは、操魂咒を使ってヴィヴィ・ポップの〝遠隔操作〟を行ったくらいだ。
同郷の出身、ヴィヴィも死霊術師らしくてな。俺らがパーシヴァルを助け出した時、操魂咒をかけた連中にあの子も混じってたってわけさ」
「さも、アイツがやったみたいに言ってるけど、あんたがやらせたんだからね?」
「ヴェなんとかとかいう小娘は、操ってはおらんかったのか?」
「ヴェルナ・ウェルシュタインは、ランスロットの管轄さ。お気に入りは子供の頃から眼をつけて、いざという時のために〝洗脳〟しとくんだ。操魂咒というよりは、魔術に近い呪いだな」
「えぐみ100%、濃縮還元!!」
ハゲている影は、悩ましそうにツルツルの頭を撫でた。
「事の顛末は、水泡と化したか……ヴィなんとかの仕込みは不首尾に終わり、城を街に落とすのも仕損じ、ユウリ・アルシフォンから神託の巫女も引きずり出せなかったわけじゃな」
「ま、でも、無意味に終わったわけじゃないさ」
金髪に黒毛の混じった髪の毛を片手でかき回しながら、アーサーは手首だけの力で壁へと長剣を投擲し――ユウリ・アルシフォンの写真に突き刺さる。
「ユウリ・アルシフォンには、絶対的な〝弱点〟がある」
好青年を装った彼は、愛らしい微笑を浮かべた。
もしかして、全部、勘違いなんじゃないの?
馬車に揺られながら吐き気をこらえている僕は、今回起こったことを思い返し、何が〝真実〟なのかを考えていた。
だって、フィオールの怪我は本物だったし、あの天空城の重さもまた嘘なんかじゃなかった。だとしたら、あの特異建造物での冒険は、何もかもが本当の出来事で、フィオールたちは本気でピンチに陥っていたんじゃないか?
あり得るあり得る!! というか、そうに違いないよ!! さすがのレイアさんでも、僕のコミュ障を改善するためだけに、ルポールに天空城を墜落させようとなんてしないもん!!
よしよし、そう考えたら楽になってきたぞ! そうだ! 僕は英雄だ! 操魂咒で操られていたヴィヴィさんやヴェルナを救って、モテモテ街道を一直線、コミュ障を脱却してお友達に囲まれて暮らすんだ!
「ユウリ様」
正面に座るフィオールに声をかけられて、正気に戻った僕が自身の手首を視ると――鈍色に輝く手錠がハマっていた。
僕が逃げ出さないように両隣を固めるのは、鎧大好きクラブの二人……一言も喋らずに、罪人に接する正しい方法として口を閉ざしている。
「申し訳ありません」
フィオールが頭を下げて、僕は現実を直視する。
勘違いなんかじゃない。僕は審査官の頭目をぶん殴って大怪我をさせた上に、エウラシアン家の次女にゲロをぶっかけた罪で護送中だった。
「……フッ」
うへへへへへ!! どーしよどーしよう!? こんな手錠くらいはぶち切って逃げ出せるけども!? けども!? ココで逃げ出しても、現実からは逃げられないんだよ諸君!! 皆、斉唱して!! さん、はい!! 現実からは逃げられない!! うわぁあああああ!! 助けてぇええええええ!!
「大した肝をお持ちだな、ユウリ・アルシフォン殿。このような状況下でも、表情ひとつ崩さずに冷静さを保っていられるとは……同じ武人として、尊敬つかまつる」
「…………」
うわぁあああああああああああああああああああ!! 誰か助けてぇえええええええええええええええええええ!! ぁああああああああああああああああああああああああああああ!!
「お兄様! ただでさえ失礼を働いているのですから、もう黙っていてください!!」
「ム」
怒鳴りつけられた大鎧のお方は、急に兜を外して見目麗しい尊顔を露わにし、今までかぶっていた鉄兜をひっくり返して口元に運び――
「我が妹、かわいいッ!! 世界一ッ!!」
馬車が激しく揺れるほどの大声でフィオールを褒め称え、当の彼女は顔を真っ赤にしてあわあわと実の兄を殴りつける。
「お兄様! バカ!! ユウリ様の前なのに!! バカッ!!」
「かわいいッ!! ナンバーワンッ!!」
僕はそんな二人を眺めているうちに、天啓とも言える閃きによって、手錠をかけている両手を挙げる。
「……花」
「え?」
僕は、大きく口を開いて――
「……花を摘んでくる」
最終手段を口にした。