アーサーくん、鎧大好きクラブに出会う
「こいつは驚いたな」
爽やかな好青年を装うアーサーは、直ぐ隣に寄り添うトリスタンを一瞥し、目の前にいる屈強な大鎧とメイドを見つめた。
「ココに来るのは、ユウリ・アルシフォンだと思ってたが……なんだ、あんたら、分業制?」
「首をもらいにきた」
視るものに大柄な体躯を想像させる大仰な鎧は、小脇に抱えていた小さな鎧を地面に突き刺し――アーサーの目の色が変わる。
「モードレッドの鎧……まさか……」
「どう思うのだ?」
兜の奥底から、昏い瞳が覗く。
「我を見て、貴様らはどう思う?」
「トリスタン」
「無理。心紙の空観は、ユウリ・アルシフォンに使ったせいで品切れ」
「だから、無駄使いはやめなさいって言ったで――おっと」
地面を穿つ轟脚――人間離れした速度で接敵した鎧に対して、アーサーは微かに見えた軌跡を元に回避行動をとる。
「おっ!」
が、首筋から血液が勢いよく噴き出した。
化物じみた速さだな。視てから避けられるようなレベルじゃない。
正面にいた大鎧は瞬間移動じみたスピードで真横に移動し、アーサーの防御は間に合わず、左肩から刃が食い込んで体躯の半分がもっていかれる。
「やばーい!! トリスたん、死ぬぅー!!」
弾け飛び、再生しながら着地したアーサーは、半身を右腕で天高く放り投げながら器用な片足立ちで鎧の追撃を躱す。
「アナタ、この程度で死ぬような体質してないでしょーが」
ゴシックドレスを纏っていたトリスタンは、銀髪を優雅に揺らしながら、二本の角の間に魔力のゆらぎを生み、かろやかな詠唱を口にしようとして――背後の地面に仕込まれた魔法陣から、浮かび上がったメイドに左胸を貫かれる。
「きゃー!! トリスたーん!!」
「……あぶな」
彼女の左胸に空いた〝穴〟……短略詠唱した転移魔法によって、メイドの突き出した刃先は数メートル先に現れていた。
「トリスたん! 撤退!! リーダー命令です!! 撤退撤退!! シニタクナーイ!!」
「めんどくさ。一人で撤退してなさいな。放置して逃げたら、後々、面倒事になるのは間違いないってわかんないの?」
「んじゃ殺す?」
ぴたり、トリスタンは動作を止めた。
「……もしかしてアーサー、アナタ、本当にわかってないの?」
「は? なにが? 殺すんじゃないの?」
「殺せるかどうか、我を試し――」
「ご主人様っ!!」
大鎧の兜に剣閃が走り、血しぶきと共に真っ二つになる。
よろめいた彼の前でアーサーは不敵に微笑んで、楽しげに抜身の刀を回しながら自身の肩を叩いた。
「初対面だ。お互い、顔見せくらいはしようぜ」
斬られた半面を手で覆いながら、まるで痛覚が存在しないかのように、微動だにしない彼は――芸術家の描いた理想像のような、流麗な金髪と宝石じみた蒼い瞳、大柄の体躯を思わせぬ美しい相貌を晒す。
その顔を視て、トリスタンは息を呑んだ。
「マジかよ! 驚き! トリスたん、イケメン!! この人、イケメン!! 顔、斬っちゃったよ俺!!」
「……エウラシアン」
アーサーの歓声を無視した獣人の民は、真剣な顔つきでささやく。
「エウラシアン家の長兄……戦争の申し子……王都を裏で束ねる〝画策者〟……『マルス・エウラシアン』……」
「マルス・エウラシアン? なんで、そんな大物がルポールなんかにいる?」
さすがのアーサーにも緊張が走った時、仁王立ちしていたフィオール・エウラシアンの〝兄〟は、当然のような顔つきで懐から〝妹の写真〟を取り出し――
「我が妹が可愛いからだっ!!」
生きるか死ぬかの死闘の最中に、シスコンを暴露した。
「これは8歳の時のフィオールだ。よく視なさい。この満面の笑顔、穢を知らぬ純白の天使がこの世に顕現したかと誤想した」
「え、ホントだ! かわいい!!
この写真、もらってもいい?」
「後で増やしておくから、住んでいるところを教えなさい」
「えっとね、今、住んでいるところはココだね」
「ム。期せずして、本拠地を入手してしまった」
「ぎゃぁあああああああああ!! しまったぁああああああああああああ!!」
トリスタンの短剣がアーサーの脳天に突き刺さり、びくんびくんと痙攣した彼の足を掴んだ彼女はずるずると脇にどける。
「勘違いして欲しくはないのですが、今回、私たちがこの場に赴いたのは、ユウリ・アルシフォンのためです。
王裏の仮面の依頼によって、今回の大規模探索に参加し、彼とエウラシアン家の〝縁故〟を更に強靭なものにしようという計らいごとに過ぎない」
「違う。妹のためである。訂正しなさい」
「訂正します、フィオール様のためです。それ以上でもそれ以下でもない」
「アナタの人生、それでいいの……?」
トリスタンは嘆息を吐いて、兜で顔を隠しているメイドを見つめる。
「ねぇ、バレてないつもり? 私、これでも魔力追跡術が得意なんだけどな」
スカートの端を摘んだメイドはお辞儀して――数多の刃物で突き刺すような、濃厚な〝殺気〟を繰り出した。
飛んでいた鳥が落下するほどに、魔力の込められた凶器的な殺意を前にして、二本角を生やした少女は、超然としてスカートの汚れを手で払う。
「なんで、そんなバカなことしてるのか知らないけど、そのうちアーサーにもバレるわよ。今は死んでるから聞こえてないけど、そのうち、アホなアイツでも気づく。
まぁ、私は、信じててあげるけどね」
投げかけられた言葉に対して、彼女は臨戦態勢に入ることで応えた。
「さて、そろそろ、死人には口を閉ざして頂きましょうか」
「……はーあ、つまんない口上」
二人の間の〝気〟が爆ぜるようにして音を立て――地を揺るがすような大音響と共に天空城が落下していくのが見えた。
「ム! フィオール!!」
「ご主人様、いけません! 今回の我々の目的は、円卓の討――」
「ばいばーい」
アーサーを抱えたトリスタンは、背後に空けた大穴へと後ろ跳びして消えていき、メイドのフェムは思わず舌打ちをする。
「フィォオオオオオオオル!! 兄が今行くぞぉおおおおおおおおおお!!」
闘牛のように猛烈な勢いで駆けていくマルスのことを、フェムはひとつの文句も漏らさずに追いかけていった。