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あの日のお姫様

 青い空へと堕ちていく。

 

 真っ青な水たまりに落ちていくような感覚、ヴェルナは死を覚悟して目を閉じた。


「ヴェルナ!!」

 

 その眠りを妨げるかのように、聞き馴染みのある声が聞こえた。


「ヴェルナッ!!」

「やめてよ……もう眠らせて……今更、あんたと何を話したって……今更……」

「わたしが!! あの日!! わざと剣を止めたのはっ!!」

 

 目を開くと――必死の形相で血塗られた手を伸ばす、何を言っても聞かない馬鹿みたいに真正直な女の子がいた。


「貴女と友達になりたかったからだ!!」

 

 全身全霊の絶叫、ユウリに抱えられたフィオールの目の端から、透明の涙が溢れてヴェルナの近くで〝煌めいた〟。

 

 魔力だ。コレは、ユウリ先輩の魔力だ。

 

 あたかも、意思をもった光玉のように、固体化した透明色の涙はヴェルナの前で〝星〟となる。


「ヴェルナッ!!」

 

 とっくの昔に身体は限界を迎えている筈なのに、動けば動くほどに激痛が全身を苛むというのに、あれだけ酷いことを言ってしまったというのに……フィオール・エウラシアンは、命を懸けて彼女へと手を伸ばした。


「手をっ!!」

 

 伸ばされた右手、拒絶を怖がっているかのように視えて、失うかもしれないという恐れで震えていた。


「手を……ヴェルナ……お願い……手を……」

 

 きらきら、光る、乙女の涙。

 

 仰向けの体制で墜落していくヴェルナは、自分とフィオールとの間に視える〝星々〟を眺めて呆然とし――目を、閉じる。

 

 視えるのは、あの日の星空。生まれて初めて、負けたと感じた日、ヴェルナははじめて星空を見上げた。

 

 血反吐を吐くまで修行に明け暮れて、他者を撥ね付けることばかりを学び、憎悪と悔恨のみが心を支配していた日々で、ヴェルナはようやく〝綺麗なもの〟を視た。

 

 綺麗だった。美しかった。生きていると感じた。

 

 黒色の帳に映る金色の星たちは、隣で寝転がる彼女の髪の毛を思わせた。今まで聞こえなかった虫や鳥の声を耳にした。夜気を浴びた体躯が気持ちの良い熱をもち、興奮している胸が〝楽しさ〟を伝えてくれた。

 

 満天の星空だった。

 

 横を見つめると、自分と同じように、せいせいとした顔つきで横たわる〝彼女〟がいてくれた。誰かと目の前の光景を共有するという歓び、自分自身が感じている〝生〟を彼女も感じているという喜び。


 ヴェルナは、幸せだった。


 あの無上の喜びが胸にこみ上げて、導かれるようにして目を開くと――


「ヴェルナ!!」

 

 目の前に、大切な人がいた。


「手をっ!!」

 

 ヴェルナは、手を伸ばす。


 懸命に、懸命に、懸命に……ありとあらゆるものを懸けて、彼女自身が歩んできた道を示すように、最後のしるべを目掛けて手を伸ばす。


 一度も描いたことのない幸福の道標を描こうと、必死に手を伸ばして、彼女の両目から大粒の涙滴が〝のぼっていく〟。

 

 星空だった。青空に投影された無色の星空。


 二人の涙は、落ちて、上って、ゆっくりと混じり合って、あの日の天体を模倣する。ヴェルナとフィオールを取り囲む涙のドームは、彼女たちを祝福するかのようにちかちかと明滅する。

 

 星に囲まれた二人の手が繋がれて――


「フィオ……」

 

 泣きじゃくりながら、ヴェルナはぎゅっと親友の手を握った。


「酷いこと、たくさん言ってごめんなさい……弱いあたしでごめんなさい……あ、貴女に相応しくなくてごめんなさい……し、嫉妬して、ご、ごめんなさぁい……や、約束、やくそく、守ってくれたのにぃ……き、傷つけてごめんなさい……で、でも、あ、あたし、あたし……」

 

 ヴェルナは、泣き顔で〝本音〟を漏らす。


「あ、貴女と友達になりたい……」

 

 思い切り引っ張り込まれたヴェルナは、フィオールの代わりにユウリに抱きかかえられ、目の前の騎士を見上げた。


 ――キミを助けられる人間なんていない


 この一瞬だけ、この一時だけ、この束の間だけ……ヴェルナ・ウェルシュタインは、幼い頃から憧れ続けた〝お姫様〟でいられた気がした。


 ヴェルナは幼い自分を幻視して、小さな少女はにっこりと微笑み、未来の自分(ヴェルナ)へと〝大切な絵本〟を手渡す。


「ぁ……」


 開かれたページには――幸せそうな顔をしたお姫様(じぶん)が描かれていた。


「ヴェルナ」

 

 ユウリの魔力によって、ゆっくりと落下していくフィオールは、安堵しきった笑みでささやく。


「お姫様、似合ってますよ」

「ぁ……うぁ……ぁあああああ……ぁああああああああ……!」

 

 泣き叫びながらユウリに掴まったヴェルナは、徐々に徐々に、彼女の抱えていた苦しみが溶けていくかのようにゆったりと落ちていった。

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