腐り落ちる夜《アンデッドナイト》にようこしょ!!
「おっ」
「あっ!」
全力疾走していた若木蕾と猫の宴は、曲がり角でばったりと出くわし、互いに驚きの声を上げる。
「おっさんだ!!」
「オダだよ、子猫ちゃんども。協力者の名前くらい、きちんと憶えてくれよ」
「なんで、ココに……? レイアさんからの……避難命令……聞いてないの……?」
「もちのろんで、聞いたよ!」
「聞いてなお、ココにいるんだじぇ」
猫の宴の二人は顔を見合わせ、理解できないかのように首をひねる。
「おっさんたち、雑魚なんだから、とっとと逃げたら? 鎧大好きクラブの二人は、相当前にスタコラサッサしたよー?」
「Dランクパーティーに……活躍する場はない……とっとと、逃げるべき……ユウリ様とミルたちに任せるべき……」
「そりゃあ無理っしょ。ヴェルナさんを助けられるのは、私たちだけだし」
あっさりと言い放つオーロラに、ミルは不審の目を向ける。
「どういう……意味……?」
「ユウリさんが、操魂咒をかけられて操られてんだよ。あんなスゴい人が俺たちに剣を向ける理由なんて、ソレ以外に存在しないだろ」
「はぁ!? ユウリさまが!? 操られるわけないじゃん!!」
「いや、でも、本当に向かってきたんだもん! 全力疾走で!!」
「あの殺意はほんみょの」
ギャーギャーわーわーと活発な議論が行われかけ、オダは必死にニ対ニの少女たちを引き剥がして落ち着かせる。
「とりあえず、落ち着け。
俺たちは、ヴィヴィの提案で、機関室に向かうことにした。ユウリさんを操ってる犯人が、鎧大好きクラブじゃないかと思ったからな」
「あ~、確かに怪しいもんね」
「今更、機関室に行っても……既に城を出ているなら……彼らを捕捉するのは難しいんじゃない……?」
「アイツらを見つけると言うよりは、城の支配権を奪うのが目的だ。天空城が落ちるのを止めるには、もうそれしか方法がないからな」
「その作戦、レイアさんにはもう伝えたの?」
念話石を握りしめていたオーロラは、こくりと頷いて、相談済みであることを示す。
「城が堕ちりゅって連絡が入りゅ前に、みょう既に連絡済みゅ」
「ユウリさんが操られているかどうかの前に、まずは城の支配権を奪取することに同意してくれた。
ヴェルナさんを見つけるためにも、必要になってくるからな」
オダの説明を受けて、イルたちは強く首肯した。
「だったら、イルたちも一緒に行くよ!」
「オーケー、一緒に行こう。
でも、問題は、その機関室がどこにあるのかわからな――」
廊下の奥からこちらを覗き込んでいる緑色の影を見つけた瞬間、イルとミルは同時に跳ね上がり、互いに両端の〝壁〟を蹴りつけて、空中で十文字を描くかのように交差し――足の裏とタイミングを合わせて、ミルはイルのことを思い切り蹴飛ばした。
一人の弾丸と化したイルは、慌てて逃げ出した影の背中を踏みつけ、その勢いのままに床に叩きつけて拘束する。
「おぉ! スゲェ!! 曲芸みてぇ!」
「いや、実際に曲芸でしょ。
さすがは、獣人の民。こういう軽業は、お手の物だね」
オダたちは歓喜の声を上げながらイルの元へと集い、体重をかけられて苦しそうにしている緑鬼精霊を見下げる。
「モポウラ! モポウラ、ミー!」
「何、言ってるんだろう……? 精霊語……?」
「おじさん、わかんないの?」
「おじさんにわかるのは、度重なる飲み会の世話で身についた酔っぱらい言語くらいだよ。精霊語なんてわかるわけがねぇわ」
「『助けて! 私を助けて!』だっちぇ」
当たり前のように翻訳したヴィヴィのことを、全員が目を丸くして見つめるが、当の本人は超然としている。
「ヴィヴィ、精霊語わかるの!? なんでぇ!?」
「今は、しょんなことはどうでもうぃい」
いつもは空回りしているヴィヴィの舌は、生き生きとして動き出し、ぽかんとしている一同の前でほぼ完璧な精霊語を披露してみせた。
「隠し部屋らひい。これを使えば、最短経路で行けるっちぇ」
恐怖で震えている緑鬼精霊が差し出した〝ガラス玉〟を手にした彼女は、そう言い切った。
「本当か!? よくやった、ヴィヴィ!! 大手柄だぞ!」
「さすがは、うちのエース! 世界一!!」
「で!? で!? どうやって使うのそれ!?」
「魔力を流し込みゅ」
祝杯ムードでハイタッチするオダたちを前に、手柄を上げたにも関わらず、無表情の仮面をつけたヴィヴィは緑鬼精霊に何事かを問いかける。
「ヴィヴィちゃん……? 今……何を聞いたの……?」
「このガラス玉を使った方法以外で、機関室に行ける方法はあるかどうか。それと、今、そこにいるのはフィオール・エウラシアンとヴェルナ・ウェルシュタインのみかどうかだよ」
「ヴィヴィ、そんなこと聞いてどうす――」
ガラス玉が砕け散る。
ヴィヴィの人差し指と中指で摘み上げられていたソレは、粉々になって宙を舞い、綺麗なガラスくずを撒き散らしながら消えていく。
呆然とする冒険者たちの前で、ヴィヴィ・ポップは、腹を抱えて大声で笑い始めた。
「アハ、アハハ、あへ、アヘヘのヘ。きょれでユウリ・アルシフォンも手を出へない。機関室に行かなきゃ、天空城は止められみゃい。アレだけの質量の城を何時みゃで持ち上げられるきゃな?
むりゅだよ、むりゅだね、むりゅでしょうね。アヘヘヘヘヘ」
膨張――ヴィヴィのかぶっていた帽子が〝長い頭〟のように伸びていき、付着していた石ころから〝死者の腕〟が生え始める。
うじゃうじゃと生え伸びた青白い手は、生者の命を求めるかのように宙空を撫で回し、指先は死にかけの芋虫を思わせる動きで蠢き回る。廊下の端から端まで、精根尽き果てるみたいに灯火が消えていき、暗がりだけがその場を支配する。
怖気の走るような屍食鬼の呻き声……顔貌の崩れた腐肉をもつ巨人たちは、ナメクジを思わせる動きで這いずりながら、腐った汁をそこら中に飛び散らせ、触れた箇所をぐずぐずに腐らせ溶かしていく。
「ヴィヴィ……お前……操魂咒を使ってたのは……あの鎧たちを動かしてたのは……そうか、死霊術を使って……」
膝をついたオダの前で、ヴィヴィは高笑いを上げる。
「おいでませ、御腐人たちに信死殿!! ヴィヴィの腐り落ちる夜にようこしょ!!」
冒険者たちは――ただただ、迫り来る死を待ち受けていた。