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シリアスムードを他所にバタ足をする男

「後、数分で城が落ちる!? バカな!? まだ、突入して一時間も経っていない筈ですよ!?」

 

 思わず大声を出したフィオールを諌めるように、念話石テレパストーンの向こう側にいるレイアは声を潜めた。


「恐らく、ヴェルちゃんを操っている〝敵対者〟の仕業です。やはり、狙いはルポールの破滅なのでしょう。

 若木蕾グロース猫の宴(キャットパーティー)、鎧大好きクラブ……全てのパーティーには、既に伝達を終えました。

 フィオール・エウラシアン、今直ぐ、その場から離脱しなさい」

「ヴェルナを見捨てろと言うんですか!?」

「えぇ」

「貴女は……!」

 

 念話石テレパストーンの向こう側の重苦しい沈黙は、レイアが自らかぶろうとしている〝罪〟を暗示しているかのようだった。フィオールがこの命令に従えば、彼女は喜んで罪過を背負って残りの人生を掃き捨てるだろう。

 

 善意を通り越した優しさに、フィオールは歯噛みして、それから「いやだ」と我儘を口にした。


「フィオちゃん、お願い。帰ってきて」

「ヴェルナは……見捨てられない……! 例え、己の命を捨てようと……必ず、あの子だけは……!」

 

 ――また、あたしが道を間違えたら……あんたが止めに来なさい


「見捨てな――」

「城を落としたのは、あたしよ」

 

 無意識的に友を守ろうとして、フィオールは念話石テレパストーンに魔力を流し込むのを止め――目の前に立つ、親友を見つめた。


「ヴェルナ……」

「お疲れ様、フィオ。あんたの無駄な旅路に乾杯してあげたいところだけど、時間がないのよね。

 悪いけど、死んでくれる?」


 向けられた掌。怖気を覚える殺気に対して、フィオールは直感的に真横へと跳躍し、先程まで己のいた場所に残る〝穴〟を見つけた。その穴は、目の前の親友が、彼女を本気で殺そうとしていた証左だった。


「ヴェルナ、大丈夫ですよ。助けに来ました。貴女が操られているのは、きちんとわかっています。

 今直ぐ、助け」


 神速の居合――抜き放たれた長剣は、飛来した風弾の中心を切り裂き、僅かにその軌跡を変える。


 編み込まれた金髪が解け落ち、額から大量の血液が零れ落ちて、彼女の金色が赤黒く染まっていく。


「操られる? 誰が? あたしが? 言っておくけど、友達ごっこは、もう十二分に十分なのよね。あんたと一緒にいるメリットは、水底に転がってる石ころ程度の価値にまで成り下がった。

 なんで、天才のあたしが、あんたみたいな落ちこぼれと一緒にいないといけないのよ? あんたと一緒にいると、自分がみすぼらしく見えるのよ。あんたみたいに良い家に生まれて、あんたみたいに綺麗な顔立ちに生まれて、あんたみたいに嫌味なく過ごせたらどんなによかったでしょうね」


 ヴェルナの言葉だ。


 フィオールは、直感的に、それが親友の抱えていた〝鬱屈〟であることに気づく。彼女が普通の状態であれば決して口に出したりはしない、彼女自身が併せ持つ負の側面であることを看破する。


 ――ふざけんじゃないわよ、タコ娘!! 余計なお世話なのよ!!


 フィオール・エウラシアンは、今更になってようやく気がついた。


「ヴェルナ……貴女は、わたしのことが嫌いだったんですね……」

 

 初めて、エウラシアン家に尋ねてきた彼女は、親の仇を視るかのような目つきでフィオールを見つめた。こちらから声をかけても『うるさい』と返すばかりで、一向に距離は縮まらなかった。

 

 なぜだろうと、当時のフィオールは思った。そして、今の今まで、なぜ命の恩人に対して『ふざけんじゃないわよ、タコ娘!! 余計なお世話なのよ!!』などという言葉を投げかけたのかわからなかった。

 

 だが、今ならばわかる。


 ヴェルナは嫌いだったのだ、自分のことが――厳しい節制生活を送る猩猩緋の民(クレアドル)の少女からしてみれば、裕福な家で何不自由なく過ごしていた自分が、あたかも〝敵〟のように映ったのだろう。

 

 その上、猩猩緋の民(クレアドル)たちが欲する、精霊の坩堝すらも手の内にあると言われたら、どれほどまでの嫉妬を抱かなければならなかったのだろうか……そのことを想像することが、当時のフィオールにはできなかった。


 いや、しなかったのだ。勝手に親友だと思い込み、己にそう信じ込ませていたのだから。


「わたしは甘えていたんですね……貴女に……理解したと思って、勝手に下に見ていたんですね……」

 

 一人の少女は、顔を上げる。


「ヴェルナ」

 

 哀しみを滲ませた笑顔で、赤金の彼女は言った。


「また、昔みたいに」

 

 ――あんたは、強い。だから、あんたの忠告は聞いてやる


「一緒に星を見ましょう」

 

 フィオールは、抜剣した。




「えっ」

 

 レイアが冒険者ギルドの外に出ると、たった一人で、天空城を持ち上げているユウリが目に入る。


「えっ」

 

 彼は全力でバタ足をしていた。どういう原理なのかはわからないが、無表情の彼がバタ足する度に、天空城はむしろ押し返されていくようだ。


「えっ」

 

 レイアは慌ててフィオールを呼び出して、早まらないように伝えようとするが、まるで繋がらない。


「いらっしゃいませーいらっしゃいませー! 天空城VSユウリ・アルシフォン! 勝つのはどっちだ!? 賭けるなら今のうちだよ~!」

「えっ」

 

 土中芋虫サンドワームによる被害の修繕が終わってもいないというのに、街の中央広場にはたくさんの屋台が集い、椅子に腰を下ろした町民たちが思い思いに野次を飛ばしながら、天空城を持ち上げるユウリのことを見学している。

 

 まるで、天空城が、この街に落ちる可能性は〝ゼロ〟であると言わんばかりだ。


「えっ」

 

 どうすればいいのか、わからなくなったレイアは――


「まいど~」

 

 とりあえず、ユウリ・アルシフォンに全賭けしておいた。

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