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フルネームを言えるファンボーイ

 なんで、襲いかかってこないんだ?

 

 長剣を振り回しながら追いかけ回したというのに、依然として立ち向かってこない審査員グロースの皆様。


 わざわざ、若木蕾グロースと僕を隔離したのは、〝一対一〟の状態を作り上げて、戦闘力を図ろうとしていたのだと思ってたいたけれど……もしかして、僕の勘違いだったのだろうか?


「だとしたら、大失態だよ……マズイなぁ……」

 

 今頃、僕の評価は、地に落ちているに違いない。ここから巻き返せるとしたら、ヴェルナを救出して、この天空城の問題を解決するくらいしかないだろう。


「ゆ、ユウリ・アルシフォン……」

 

 今後、どうするべきなのかを思い悩んでいたら、念話石テレパストーンから聞き覚えのない声が聞こえてくる。


「え、えひひ……よ、よく気づいたね……ココにいる全員、皆殺しにしてまで、ぼ、ボクをどうにかしようと思ってるんでしょ……?」

 

 え、なに? 急に誰?

 

 初対面の人間と会話できる確率が、ほぼゼロパーセントを示している僕は、仁王立ちのまま念話石テレパストーンを握りしめる。


「ぼ、冒険者の中に……ぼ、ボクの仕込みがあること……い、何時、気づいたのかな……?」

 

 冒険者の中に仕込み――あ、この人! 審査員の親玉か!

 

 若木蕾グロースや鎧大好きクラブが、実際にはSランクパーティーであり、僕の有罪無罪を決める〝審査員〟であることに、僕自身が気づいてしまっているのを既に察知していたらしい。

 

 エウラシアン家の次女の身に纏わる事件だけあって、優秀な人材が集められているのだろう。コミュ障である僕の奇異な行動を、この短時間で的確に把握し、真実に辿り着くとは只者ではない。


「……最初からだ」

 

 アピールを忘れない僕もまた優秀。


「さ、最初から……え、えひ……聞いてはいたけど……ほ、本当に、化物みたいな人なんだねキミ……」

「……フッ」

 

 好印象だ、やったぁ!


「しょ、正直……この短時間で、ボクの仕込みに気づくなんて……思ってもみなかったよ……え、えひひ……そ、そんなキミと……と、取引したい……」

「……取引?」

「アーミラ・ペトロシフス・リリアナラ・ウェココロフ・ペチータ・アインドルフ」

 

 『Sランク冒険者に、求婚されてみた』のヒロイン、アーミラちゃんのフルネームを正確に噛まずに言い切った!? この人、かなりのファンだぞ!?


「……アーミラ・ペトロシフス・リリアナラ・ウェココロフ・ペチータ・アインドルフについての取引だと?」

 

 とりあえず、負けないように、僕もフルネーム言っておこう。


「え、えひ……そうだよ……アーミラ・ペトロシフス・リリアナラ・ウェココロフ・ペチータ・アインドルフについての取引……」

 

 この人、すんごいファンアピールしてくる。僕のほうがアーミラちゃんのことが好きなのは間違いないのに、初対面でここまで対抗してくるとは本気だな。

 

 とは言え、僕には及ばない――全神経を集中させて瞑想状態に陥った僕は、裡なる魔力を解放させると同時に声帯を変化させて、自分自身をアーミラちゃんへと変質、完璧なアーミラボイスを作り上げる。


「オマエ、誰なの?(CV:ユウリ・アルシフォン)」

「お、驚いたな……ほ、本人が出てくるなんて……えひ……や、やっぱり、自分の中に隠してたんだね……」

 

 こ、この人、僕が瞑想による魔力コントロールで、アーミラちゃんを自分の裡に完成させたことを知ってる!? 何者なんだ、このファンボーイは!?


「もしかして、オマエ、ストーカー?(CV:ユウリ・アルシフォン)」

「え、えひ……そう言えるかもね……神託の巫女殿……」

 

 番外編に登場する、巫女衣装を纏ったアーミラちゃんも把握済みとは恐れ入ったよ。この人、僕と肩を並べられるかもしれない。


「で、下僕。取引ってなによ?(CV:ユウリ・アルシフォン)」

「え、えひ……ぼ、ボクの元に来て欲しい……」

「はぁ? どういう意味? 下僕ごときが、ユウリと私の仲を裂こうってんの?(CV:ユウリ・アルシフォン)」

「え、えひ……声が混じってるよ……同化状態、辛いんじゃないの……?」

 

 思ったよりも声帯に負荷がかかるせいで、時折、素の僕の声が出てしまうのをからかってくるファンボーイ。

 

 くそう! 普通に悔しい!!


「ばっかじゃないの! ユウリと私は相思相愛なんだからっ! あんたみたいなヤツのところになんていかないわよ! イーッだ!!(CV:ユウリ・アルシフォン)」

 

 自分の声とは言え、アーミラちゃん可愛いな……結婚したい。


「な、なら……き、キミの仲間はおしまいだ……ぼ、ボクの仕込んだ〝仕込み〟はひとつじゃない……た、たくさんあるんだよ……」

「ど、どういう意――きゃっ!(CV:ユウリ・アルシフォン)」

 

 急激に地面が斜めって、イメージしたアーミラちゃんが床を滑っていき――床に長剣を突き刺した僕は、間一髪のところで、彼女をキャッチして上へと引き上げる。


「ゆ、ユウリ……あ、ありがと……(CV:ユウリ・アルシフォン)」

「……フッ、思ったよりも重いな(CV:ユウリ・アルシフォン)」

「ば、ばか!! ばかばかばか!! お、女の子になんてこと言うのよ!! この唐変木!!(CV:ユウリ・アルシフォン)」

「な、仲麗しいところ大変申し訳ないけど……て、天空城は、あと数分でル・ポールに堕ちるよ……この城には大量の〝毒〟が積んである……お、堕ちたら、大惨事になっちゃうだろうね……え、えひ、えひひ」

 

 地獄から響いてくるような不気味な笑い声を聞いて、アーミラちゃんは青ざめた顔で、助けを求めるかのように僕を見上げた。


「ゆ、ユウリ」

 

 彼女ヒロインは、涙を流して言った。


「助けて」

「え、えひ……この状態でキミに出来ることは何も――ん?」

 

 僕は斜めっていく城内から外に飛び出して、下へ下へと堕ちていく城を片手で押さえ、適当な空中バタ足で徐々に天空城を押し返していく。


「ん?」

 

 念話石の向こう側で、沈黙が続き――


「……僕の勝ちだ」

 

 僕は、一人のアーミラファンとして、勝利宣言を行った。

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