無言で立ってたら、好感度が爆上げされていく
「大変、お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした……」
流星石の装飾品で、金色の髪を飾り付けているエウラシアン家の次女――『フィオール・エウラシアン』は、僕の前で正座して頭を下げた。
散々に嘔吐した後に後片付けをした僕は(嘔吐しながら、全速力で外に走った)、出すものは出し切ったせいで、落ち着いて目の前の彼女を観察する余裕を取り戻す。
エウラシアン家の女性は、美女揃いでハズレ無し……なんて噂は聞いていたが、目の前の彼女もその例に当てはまっている。街中で動きやすいように纏った軽装服の上からでも、彼女のスタイルの良さが窺えるし、流麗な金の髪に高潔さを醸し出すような眉目秀麗、美少女であることは疑いようがない。
「あの……ユウリ様……?」
おっと! 観察に時間を割くようじゃダメだ! なんたって、今は、コミュニケーションの時間! そう、地獄の始まりだぜ!!
ファーストコンタクト、つまりは第一声が重要だ! 頼むぜ、僕!!
「……なへ、ぽひのひぇにひゅる」
ここまで、酷い噛み方する人間いる?
理解不能だと言わんばかりに顔をしかめていた彼女は、唐突に顔を引き締めて、咳払いをしてから語り始める。
「なるほど。試験ですね」
え? なんの話?
「先程の言説は、『古エーミル語』……意味は『なぜ、僕の家にいる?』ではないですか?」
噛んだだけなのに、奇跡的に意味が一致しちゃったよ。
「一般民の出で、言語学にまで精通しているとは、さすがはユウリ様です! エウラシアン家でも、古エーミル語まで学習している人間はそうはいません!」
まるで、絵本に出てくるような勇者を視るような尊敬の眼差しを受け『いや、噛んだだけだよ(笑)』とは言えない僕は、無言で腕を組んで、じっと天井の隅を見つめていた(目が合わせられないから)。
「質問に回答させて頂きますと……わたし、どうしても、ユウリ様のことが諦められなくて!」
この台詞だけ聞くと、僕のことが好きみたいだな。きてるな、モテ期。間違いない。僕の時代がきてるよ。よし! こうなったら、一念発起して『一目視た時から、君のことが好きだったんだ』と言え! 言うんだ!! あっちから『結婚して欲しい』って言ってきたんだからセーフセーフ!!
「……一目視た――」
「で、でも、先程の『わたしと結婚してください』というのは、混乱してしまってつい口に出てしまっただけなんです! 肌を視られた男性と添い遂げろと、子供の頃から、厳しく言いつけられていまして!」
あぶねー!! ホント、あぶねー!! ギリセーフだよ!! コミュ障、バンザイ!! あとちょっとで、恥ずかしい勘違い野郎として名を残すところだよ!!
「あの、何か言いましたか?」
「……だろうな」
僕は壁に背を預けるフリをして、彼女から距離をとった。その自然な動作を視たフィオールは、ずいと前に踏み込んでくる。
「い、家に勝手に上がり込んだのは、謝罪致します! 待っている間に汗が気になってしまって、衣服を脱いで裸体を晒してしまったことも!
今となっては、なぜそんなことをしようとしたのか……憧れの御方に会えて、高揚していたんだと思います。
大変、申し訳ありませんでした!!」
いやいや、そんな、謝らなくてもいいんだって。鍵をかけ忘れた僕が悪いし、正直、綺麗な裸を見れて役得だったんだよね。なんていうか、求婚してもらったのも、物語の主人公になったみたいだったしさ。だから、そんな、気にしないでよ、ね?
「……気をつけろ」
おーい!! 君の言いたいことは、そうじゃないだろーい!!
「す、すみません……以降、気をつけます……」
しゅんと肩を落とした彼女は、あからさまに落ち込んでいて、凛とした顔立ちが見る見る間に崩れ、しゃっくりを上げ始めたと思ったらすすり泣きが聞こえてくる。
「す、すみませ……じ、自分が情けなくて……え、エウラシアン家の人間なのに……も、申し訳……ありません……」
ん? この場面、小説で見たことあるぞ? アレだ、泣いているアーミラ(ヒロイン)を慰めるために、主人公がキスするんだ。そうしたら二人の仲は仲直り、ハッピーエンドってね!
よし、僕も、彼女にキスをして――って、出来るわけないやろがーい! そんなことしたら、性犯罪者として名を残しちゃうよ。そもそも、できたとしても、対人恐怖症のせいで、足が震えている現況じゃ格好つかないんだけどね。笑えるぅ~。
「……お優しいんですね」
黙りこくって妄想を続ける僕の前で、泣いていたフィオールは、微笑を浮かべて眼尻に残る涙を指で拭き取る。
「わたしのプライドのことも考えて、慰めもせず、かと言って責めもせず……対人関係に優れていられるからこそ、わたしの性格を一瞬で看破することができるのですね」
女の子とキスする妄想をしていたら、褒められていた。何が起こってるんだ、この世界に。
「……わたし、諦めます」
晴れ晴れとした表情で、フィオールは顔を上げた。
「そもそも、わたし程度の人間が、ユウリ様とパーティーを組むなんて土台無理な話だったんです。王にも、そう説明します。
それでは――」
星の根幹を揺さぶるような、強烈な地震――唐突に起こった揺れに対応できなかったフィオールは、見事に姿勢を崩してこちらに倒れ込み、対応できた僕は避けようとしたものの、躱すのも薄情かなと思って受け止める。
「きゃっ!」
結果として、本日二回目の嘔吐。高そうな軽装服に全部かかって、僕の顔が青ざめる。
「……あの」
「今の揺れは!? 天災害獣!?」
腰に二本差していた剣を抜き放ち、フィオールは、僕のゲロがかかった状態で外へと駆け出す。
「ユウリ様は、ここにいて下さい! わたしだけで十分です!!」
「……いや、あの」
「では! 失礼致します!!」
美少女らしからぬ臭いを振りまきながら、駆けていく彼女を止めようとするものの、ボディタッチの出来ないコミュ障にはどうしようもない。
元々の身体能力が高いせいもあってか、あっという間に、僕の家から消え去った彼女を見送り、僕は真剣な顔で脂汗を流していた。
「マズい……このままだと……」
このままだと、フィオールがゲロインになる!!
僕は猛スピードで箪笥を漁って、数少ないタオルを引っ張り出そうと、焦りに焦って彼女を救おうとしていた。