ヴィヴィちゃんのとっておきなアイディア
どこからか響いてきた崩落音を聞いて、猫の宴の二人は立ち止まり、顔を見合わせた。
「天井の崩れる……音……?」
「ユウリさまかな?」
天井を打ち崩せるような、規格外な力をもった冒険者は、ユウリ・アルシフォン以外に有り得ないと確信して、イルとミルが耳を澄ませていると……悲鳴が聞こえてくる。
「――れる!!」
「『れる』? なんだろー?」
「若木蕾は……ユウリ様と一緒だった……ということは、『憧れる』一択……」
「なるほどー!」
まるで窮地に陥っているかのように、大声で喚き立てている若木蕾の声を聞きながら二人は笑いあった。
「助けて!! 誰か助けてぇ!!」
「わかるわかる。ユウリさまって、無意識に格好いいことするから、心臓に悪いんだよね。助けを求めるのもわかるなー」
「人殺ち!! ユウリ・アルシフォンが人殺ち!!」
「『人心地』?」
「ユウリ様……休憩してるんじゃない……?」
「泣き叫んで報告するようなことかなー? なんか、おかしくない?」
あまりにも真に迫った泣き声を聞きながら、イルがそわそわとしていると、ミルはフッと笑ってから彼女の肩を叩く。
「イルは……やっぱり、バカの代名詞……あのくらいの歳の子は……よく泣くのが普通なんだよ……」
「な、なに言ってんの!? 知ってるし!! あのくらいの年の子が、よく泣くのくらいは知ってるし!!」
「そもそも……ユウリさまが一緒にいるのに……若木蕾が危機に陥るわけがない……」
「まぁ、確かに」
スタスタと歩き始めたミルを慌ててイルが追いかけて、後方から聞こえてくる野太い声が二人の耳朶を打つ。
「貞操!! 俺の貞操、差し上げますから!! 命だけは!! 命だけは助けてくださいっ!!」
「『名槍』? 名槍をユウリさまに貢いで、命を守ってもらうって話?」
「『軽装』だよ……耳、悪いんじゃないの……? 」
「いや、絶対、名槍だって!! 聞こえたもん!!」
「軽装……間違いない……」
いがみ合う二人はあまりにも純粋過ぎて、『貞操』という言葉を知らない。知らない単語を叫んでいるとは思わない彼女らは、勝手に脳内で言葉を組み替えて処理していた。
「名槍!!」
「軽装……!」
貞操である。
若木蕾の三人は、長剣を振り回しながら、一定のスピードで追いかけてくるユウリから全力で逃げていた。
城内を全速力で駆けずり回っていた三人は、いつの間にか中庭に到達しており、色とりどりの花が咲き誇る庭園に逃げ込む。
怪物を象った彫刻の裏に隠れた彼らは、荒げた息を鎮めるように深呼吸をした。
「ヴィ、ヴィヴィ……あ、アレやれ……なんだっけ、アレ……いただきマンモスみたいな名前のアレ……」
「死霊術!!」
「そう、それだ!! ヴィヴィ、アレやれ!! とち狂ったユウリさんの足止めくらいにはなるだろ!?」
死霊術師であるヴィヴィは、オダからの提案を受けて、ニコッと笑ってから「むりゅ」と親指を立てる。
「むりゅ? なに? 今朝のお通じの話?」
「『無理』だよ!!
ヴィヴィ、なんで無理なの!?」
「屍体がにゃい。にゃいのだから、操ることもできにゃい」
「つまり、屍体があればいいのね?
おじさん、死ね!!」
「びっくりだわ。迷いなく俺を選ぶどころか、命令形で『死ね』とまで言ってくるお前の無情さに驚きを隠せんよ」
オーロラ・ウェルスターは、唐突に杖でオダに殴りかかり、彼はそれを鞘で受け止めて……無言での鍔迫り合いが始まる。
「仲間割れはにゃめろ!!」
仲裁に飛び込んだヴィヴィは、二人の間でゴロゴロと転がり、急に立ち上がってぽんと掌を打つ。
「わかっちゃ」
「え、なにが?」
「ユウリ・アルシフォンの狂った理由だじぇ」
拝聴する姿勢になった二人に、ヴィヴィはゆっくりと語り始める。
「禁術である操魂咒に違いにゃい。死霊術に似通った方法だから、憶えてりゅ」
「操魂咒? なにそれ?」
「簡単に言うと、意思ある人を自由自在に動かす術のきょと。ユウリ・アルシフォンもそれにかかって、敵に操られているに違いにゃいぜ」
「なんだ、その卑怯な術……もし、それが本当だとしたら、ユウリさんを操ってるのは誰だよ?」
「たぶん、『鎧大好きクラブ』だじぇ」
「あ、確かに! スゴイ怪しい!!」
同意を示したオーロラに賛同するように、オダは深く頷いた。
「俺も奴らは信用ならねぇと思ってたんだよな。なんつうの、メイドさんを連れてる時点で、殺してやろうかと思ったくらいだし」
「ただの嫉妬じゃん……年甲斐もなく逆恨みとかみっともな……」
「とみょかく!」
大きな声を出したヴィヴィに二人が注目し、彼女は周囲を見回しながら言った。
「ユウリ・アルシフォンから逃げにゃがら、機関室を目指すべきだじぇ。
上級種が死んだ後のあしょこなら、誰もいない筈じゃし、上手くいけば城自体を制圧できるかもしれにゃい」
「おいおい、ヴェルナさんはどうするんだよ?」
「他グループにみゃかせる」
自信満々で、ヴィヴィはない胸を張った。
「若木蕾の面目躍如を見せつけてやるんだじぇ!!」
柄にもなくやる気に溢れているヴィヴィを不審げに見つめたオダは、念話石から入ってきた連絡を受けて――
「……おいおい、もうどうしようもならねぇかもしれねぇぞ」
思わず、弱音を漏らしていた。