紅茶の準備が出来た時、ユウリくんは筋トレをしていた
パーティーランクの評価は、如何に仲間内で連携が取れているかで決まると言っても過言ではない。
冒険者ランクの低い者同士が集まっても、チームワーク力さえあれば、自然とパーティーランクは高くなる。
Aランク冒険者二人で登録されていた燈の剣閃が、Sランクパーティーとして名を轟かせているのも、フィオールとヴェルナの仲が抜群に良いからだとも言えるだろう。
可愛らしく仲の良い二人組の獣人の民で構成された、猫の宴のランクは〝C〟。所属している、イルとミルのランクもまたCである。
ルポールの冒険者たちは、ずっと疑問に思っていた。
なぜ、あんなにも、仲の良い双子のパーティーランクが〝C〟なのだろうか?
その答えは、簡単である。
「だから!! 右だって言ってるのーっ!! ミルのポンコツーッ!!」
「ポンコツは……イルでしょ……左はさっきの広間に戻るって……わかんないわけ……バカなの……?」
同じ顔をした双子にも関わらず、非常に仲が悪いからである。
壁には等間隔で絵画が立てかけられ、長剣を直下に構えた飾り鎧が両隣に置かれた廊下に二人の大声が響き渡る。
「この前は、助けてくれたから見直したのに!! 結局、ミルは、なーんにもわかってないじゃん!! バーカ!! バーカバーカッ!!」
「ハッ……バカバカって……語彙力、どうしたの……? お母さんの……お腹の中に……忘れてきちゃったの……? ふふ……可哀想……」
「ウギーッ!! おんなじ腹から生まれといてーっ!!」
いつもいつも、仲が良いように見えるのは、彼女らが自分たちの〝価値〟を知っているからである。つまるところ、『双子のイルとミル』というユニットで活動したほうが、よっぽど〝利〟を得る可能性が高くなることに気づいたのだ。
実際、猫の宴として活動する前は、イルとミルを気にかける冒険者は殆どいなかった。ふたりとも、可愛らしい容姿はしているものの、ただ可愛いだけの獣人の民はありふれていたからだ。
ところが、そこに〝双子〟、〝仲良し〟という外面が付与されただけで、瞬く間に二人はルポールの人気者となった。勝手に貢いでくる男の冒険者や、ご飯を奢ってくれる女性冒険者が後を絶たなくなったのである。
コレは使える――そう考えたイルとミルは、大嫌いなお互いを許容し、互いが好きになったユウリを〝二人〟で落とす契約を結んだのであった。
「へーんだ! この前の原生スライムの事件の時なんて、イルはユウリ様にお姫様抱っこで運んでもらったんだからー!」
「嘘つき……ずっと、気絶してた癖に……そもそも、ユウリ様は、ミルを助けるために忙しかった……」
「ぷぷーっ! ずぶ濡れになった捨て猫を、見捨てられなかっただけなんじゃないのー?」
「……ぁ?」
懐から出した短剣を構えた双子の前に――巨躯をもった鎧が忽然と現れ、ぎょっとしている二人の頭にぽんと手を置いた。
「無用な喧嘩はやめなさい。暴に訴えたところで、得るものはなにもないのだから」
「うわーっ!! 喋ったー!! なんか、格好いい声してるー!!」
驚異的な身体能力で、腕を伝ってするすると鎧を駆け上がったイルは、肩車の形で彼に乗っかって満足そうに目を細める。
「イル……迷惑……やめなさ――わっ!」
お姉さんらしく注意をしようとしたミルは、巨大な鎧にひょいっと片腕で持ち上げられてイルの真横に載せられる。
小柄な獣人の民とは言え、それなりの体躯をもっている彼女らを、まるで空気を載せているかのように扱って平然としている鎧。その様子を視て、イルとミルは唖然とせざるを得なかった。
「あなたって、何者な――」
カチリ、音がした。
奇怪な機械音に耳を澄ませたイルとミルは、廊下の両端に並んだ鎧の〝目玉〟が光り輝き、長剣を床から抜き放ちながら、空っぽである筈の彼らが思い思いの〝意思と殺意〟を抱いたのを気取った。
「う、うわ! や、やばっ!」
「イル!! 二人で!!」
「童、置物のようにじっとしていなさい。
フェム」
大鎧に呼ばれた兜をかぶったメイドの女性は、しずしずと三人の前に進み出て、しとやかな声音で応える。
「鎧はどう致しますか?」
「丁重に扱って、後日、飾れるように」
「ご命令通りに」
カ、カカン――黒色のロングスカートをたなびかせ、艶やかな雰囲気を場に滲ませた彼女は、両脚の踵を床に打ち付ける。途端、足元に浮かび上がる魔法陣。
イルとミルは、浮かび上がった六芒星に目を奪われ――
「えっ」
廊下の最奥まで整列していた十体の鎧が、動き始めた瞬間に、力を失ったかのようにして崩れ落ちたのを目にした。
「失礼致しました、ちいさなお耳のお嬢様」
背格好に似つかわしくない戦兜をかぶったメイドは、白いエプロンとスカートを持ち上げて優雅にお辞儀をする。
「私、お好みの紅茶をお尋ねするのを失念しておりました」
イルとミルの前には、先程までなかったティーテーブルと、その上で湯気を立てている紅茶入りのティーカップが用意されていた。
目にも留まらぬ速さで準備されたとしか思えない、純白のテーブルと紅茶、お茶菓子を前にして二人は呆然とする。
「ほう」
大柄の鎧は、椅子を自重で曲げながら腰を下ろし、当たり前のような動作で兜の隙間に無理矢理紅茶を流し込む。
「紅茶の味がする。腕を上げたな」
「恐縮でございます」
双子の獣人の民は、有り得ない光景を目の当たりにして、ぽかんと口を開けていた。
「あの、ユウリさん?」
やった! お弁当を気に入ってもらえたぞ!! コレで好感度アップ間違いなし!! こういうコツコツとした努力が、身を結ぶもんなんだよ!!
「あのー……すみませーん……ユウリさーん……?」
ついつい、物思いに耽っていた僕は、ハッとして正気を取り戻し、直ぐ側で屈み込んでいるオダさんたちを見つめる。
「いや、あの、大変恐縮な質問なんですが」
いやいや、恐縮だなんてとんでもない。なんでも、質問してくださいよ、Sランクパーティー様!
「なんで、天井を支えられるんですか?」
え?
僕は急に落下してきた棘付きの天井を見上げ、自分が右手で掴んでいる鋭利な先端を見つめる。
天井自体は割りかし重いが、支えられないというわけでもない。その気になれば、押し返すくらいは出来そうだ。
「……筋トレだ」
「えっ」
「……筋トレが日課だ」
ま、嘘だけどね(笑)。そんな面倒なこと、誰がするかってんですか。でも、こうやって、日課で筋トレをしているって言えば『お、真面目なヤツだな。ポイントプラス!』ってなるのは間違いないからね。これぞ、知略家ってヤツですよ。
「あ、そうですか……あ、はい……」
なんで、若干、引いてるの?
「ユウリさん、すごーい! あこがれちゃうー!! 私、惚れちゃったかもー!!」
「へ、へへ、ユウリしゃん、さしゅがでしゅぜ。へへ」
な、なんだ、この下手くそな持ち上げ方は!? まだ、ダメなのか!? 棘付きの天井を支えるくらい、Sランクパーティーなら出来て当然なのか!?
よし!! なら、僕はもっとやるぞ!!
「……視てろ」
「え? 何を――ぎゃぁあああああああああああああ!!」
僕は思い切り天井を放り上げ、急速な勢いで落ちてきた天井を受け止め、また全力で天井を押し上げる。
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああ!!」
「うぎゃぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
上下運動を繰り返す度に、高速で落ちてくる天井に釘付けになったオーロラさんとヴィヴィさんは、わざとらしい悲鳴を上げて喉が張り裂けんばかりの声で絶叫する。
「お、おじさん、あの人を止め――お、おじさん……?」
オダさんは、目を開けたまま仰向けになり、安らかな顔で泡を吹いていた。
「お、おじじぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」
オダさんを抱き上げたヴィヴィさんの叫び声が場に響き渡り、大扉を蹴り飛ばして現れた鎧の群れを視て、オーロラさんが「あっ」と声を上げる。
目が合った彼女がニコリと笑いかけると、侵入者たちは無言で剣を引き抜いた。
「いやぁあああああああああああああああああああああ!!」
みなぎる殺意をアピールするかのように、長剣を振り回しながら、全速力で駆けてくる謎の鎧たちを前にして彼女は叫声を上げた。