ユウリ・アルシフォンの愛情弁当♡
「姉御、大変ですぜ!」
「あたしの今後の進退よりも、大変なことがあってたまるか!!」
機関室で、頭を抱えていたヴェルナは、隣室から飛び込んできた緑鬼精霊を怒鳴りつける。
「冒険者たちが、この特異建造物に侵入してきやした!! 早く指令を出さないと、機関室まで攻め込まれやすぜ!?」
「当たり前のように、味方面するんじゃないわよ! あたしはあっち側!! あんたはこっち側!!」
「いやしかし、人間の街に魔力砲撃ち込んどいて、今更人間側につくっていうのはちょっと……正直、引くって言うか……」
「なんで、こうなったの!?」
ヴェルナは泣きたい気持ちを押さえつけるように、机の上に勢いよく突っ伏して――
「あっ」
「え」
それが机ではなく、魔導石版であることに気づいた時には、彼女の知らないところで〝何か〟を発動させた後だった。
「あ、姉御、なんて恐ろしい人だ……! 間違えたフリをして、〝アレ〟を起動しちまいやがった……味方相手にそんなことするだなんて……! 間違いねぇ、生まれついての魔王の血筋……!」
「なにやった!? あたし、今、なにやった!?」
ヴェルナが、涙目で緑鬼精霊を揺さぶっている間に、彼女が起動した仕掛けは冒険者たちを襲っていた。
ユウリ・アルシフォンと若木蕾で構成されたAグループは、侵入地点を謁見の間として、侵入直後に〝お弁当〟を広げていた。
「……食え」
若木蕾のリーダーであるオダは、可愛らしい色合いのピクニックシートに座り込み、残り時間が少ないにも関わらず、小さな弁当箱に色とりどりの具材が詰め込まれたお弁当を開いたユウリを見つめる。
「あの、『食え』って言いました?」
「……あぁ」
え、なんなの? 何を考えてんだ、この人? 今、緊急事態だよな? 二時間半経ったら、この特異建造物が崩壊して死ぬんだぞ? なのに、どうして、弁当箱? Sランク冒険者って、どんだけ余裕あんの?
混乱するオダは論理的な回答を導き出そうとするが、どう考えたところで、お弁当を食べている余裕がないという答えを導き出す。
「おじさん」
ずれた三角帽を直しながら、オーロラは彼の袖を引いた。
「前から思ってたんだけど……もしかして、ユウリさんって、おじさんのことが好きなんじゃないの?」
「えっ」
斜め上方向の予想を口にされてユウリの方を視ると、彼は真剣な眼差しでオダのことを見つめていた。どこか必死そうで、熱の籠もった視線だ。
「ほら、最初から、こっちの方をちらちらと気にしてたでしょ? それに、最初に特異建造物に入った時、おじさんの方を視て上級種の首を掲げてたよね? アレって、恋する乙女のアピールっぽくない?」
「いやいやいやいや! 待って! 予想だけで、おじさんを奈落に引きずり込まないで!! 普通に考えたら、俺じゃなくてお前かヴィヴィだろ!? なんで、おじさん一択みたいな雰囲気出しちゃってんのこのガキども!?」
「おじじ」
獣の毛と特殊な模様を描いている織物を纏ったヴィヴィは、石をはめ込んだ帽子に触りながらオダの肩を叩く。
「ありゃ、惚れとるじぇ」
「待って待って、ホント待って!! 俺たち三人なんだから、女子組に団結されたら、おじさん一人組は負けちゃうじゃん!! せめて、誰を視てたか、じゃんけんで決めようぜ!?」
「……オダさん」
「あ、はい」
王座の横に立っていたユウリ・アルシフォンは、無表情のままで弁当箱を見つめ、オダにささやきかける。
「……食べてくれ」
そして、照れくさそうにそっぽを向いた。
「はい、確定ー!! 間違いナッシングー!! めくるめく薔薇の世界へようこそー!!」
「嘘だ!! 認めねぇ!! 俺はこんな世界は認めねぇぞっ!!」
「おじじ、愛が籠もってて、美味ししょうやで?」
「作った本人に断りなく、勝手に愛を籠めるな!!」
三人は輪になってワーワーと言い合っていたが、不審そうにこちらを眺めるユウリに気づいて、肩を組んだままそっと会議を始める。
「おじさん、冷静になって、考えてみなさいな。ユウリ・アルシフォンに気に入られれば気に入られるほどに、私たちが生き残る確率は上がってくんだよ?」
「た、確かにそうだがよ……」
「おじじ、痛いのは初めだけだ」
「お前、それで説得できると考えてるなら、赤ん坊からやり直せ」
オダはちらりとユウリの方を見遣り、彼が視線を逸したのを確認してから、大きく溜め息を吐いて弁当箱を手にする。
「……わかった、食うわ」
「さすが、おじさん! 格好つけてやって来た割には、『ユウリ・アルシフォンと一緒なら、まず死ぬことはないだろ』っていう打算があっただけあるぅ!!」
「コレが二人の馴れ初めとなるとは、誰も知らにゃかった……」
「お前ら、そろそろ、本気でぶん殴るぞ?」
意を決して、塩漬けされた肉を口に運んだオダは、ほんのりと香る香草の匂いと丁度良い塩梅の味付けに絶句する。
「う、美味――はっ!」
「……フッ」
ユウリは、勝利したかのように嬉しそうに口の端を曲げ『早く、完食しろ』と言わんばかりにオダを睨みつける。
「ほら、おじさん! 間違いない!! 間違いないよ!!」
「ちくしょう……ちくしょう……!」
自分自身でも彼からの好意を認めてしまったオダは、泣きそうになりながらもお弁当をかっ込み――カチリ、という不穏な音を聞いた。
「あ? なんの――お前ら、逃げろぉおおおおおおお!!」
上方の違和感に気づいて、絶叫を上げた。