大規模探索(グループシーク)、始まるよー!
「例の敵対者の仕業に間違いありません」
幸いにも、被害者が出なかったルポールへの砲撃……そよぐ風に髪を靡かせながら、レイアさんは僕とフィオールへとささやいた。
「操魂咒と呼ばれる、魂縛術をご存知ですか?」
「いえ……申し訳ありません、魔法や魔術には疎いので……」
ルポールから数キロメートル離れた丘の上、僕たちの住む港町へと進み続ける天空城を前にして彼女はつぶやく。
「簡単に言えば、生者の魂を操る禁術のひとつです。
大抵の魔法は〝体外〟へと魔力を流入させて魔力反応を引き起こしますが、気功と呼ばれる魔力操作術は違います。〝体内〟で魔力反応を起こして、己の肉体や〝他人の魂〟を操作する。
戦争法で禁じられた、『赤の他人を自由自在に動かす術』……相手の〝気〟に、強制的に介入する禁じられた術のひとつです」
「そ、そんなことが、可能なんですか?」
「えぇ、針の先で一枚の紙を二枚に寸断できるような繊細な魔力コントロールと、砂浜の中からひとつだけ形の異なる砂粒を探し当てるような綿密な魔力追跡術ができれば、の話ですが。
死者を操る死霊術に近いのかもしれません。死者を操るか、生者を操るかの違いではありますが、意思と思考が備わっている生者と死者とでは、行使難易度が天と地程の差があるでしょうね」
僕の方をちらりと視て、レイアさんは言った。
「ユウリ様、操魂咒を打ち破る方法はひとつ。術を行使した術師を上回る魔力量を、治療対象の心臓に向けて注ぎ込むしかありません。
操魂咒を用いることができるような、化け物じみた巫咒師に対抗できる魔力量をもつ者は、この街にはただ一人……ユウリ・アルシフォンだけです」
あー、なるほど。僕の評価が『まずまず』くらいだったから、残った特異建造物を利用して、引き続き審査を続行するっていう感じなのか。都合よく、街外れに魔力砲が落ちたのはそういうことね。ヴェルナも、審査員側にいるわけだ。
まずいなぁ、もっと頑張らないと、この街にいられなくなっちゃうよ。牢獄で友達を作れる気がしないし、もっと気合を入れないとまずいぞ。
「そんな……ヴェルナが操られているだなんて……急にニヤニヤし始めたり、ユウリ様の話をしたら、赤面して話を逸したりすることが多々ありましたが……アレは調子が悪いのではなく、操魂咒をかけられていたからなんですね……」
かなり、凝ってるなぁ。あの段階から、仕込んでたんだね。僕の評価が『まずまず』で落ち着くことを、審査員の人たちは事前に見越してたんだろうなぁ。さすがは、Sランクパーティー。
「あの上級種の天災害獣が持ちかけようとしていた〝交渉事〟は、ヴェルナのことだったんですね。
とは言え、あの程度の上級種が、操魂咒を用いることができるわけがない。裏に〝黒幕〟がいることがわかっていたからこそ、ユウリ様はヤツが口を開く前に倒したということですか……さすがは、ユウリ様」
レイアさんは、無言で『さすユウ』の旗を取り出してパタパタと振ってから、真顔で懐に仕舞う。
「ヴェルちゃんが人質にとられている以上、ユウリ様が天空城を破壊することは不可能。内部に侵入してあの子を探すしかありませんが、相手は大型特異建造物……如何にユウリ様と言えど、内部構造が複雑で広大な建造物の状態を常に把握し続けるのは難しい。
人手が必要なのは間違いありませんが、このような危険な任務を受けてくれるような冒険者は――」
「ココにいるぜ」
僕たちが振り返った先には、若木蕾のメンバーが立っていた。その後ろには、猫の宴、鎧大好きクラブもいる。
その姿を視て驚愕したレイアさんは、口元を押さえて数秒間絶句した。
「み、皆さん、なぜココに……無理にあの特異建造物に潜ってもらう必要はないと説明した筈ですよ……!」
「レイアさん、『真意を確かめるためにも、皆さんには、もう一度あの大型特異建造物に潜ってもらう』って言いかけてただろ?」
得意げな顔のオダさんに向けて、レイアさんは首を振る。
「あの時は、あの特異建造物の危険性が、はっきりとはしていなかったからです。今となってはわかる。〝天空城〟は危険です。
命を失うかもしれないんですよ?」
「それってさ、冒険者であれば、誰にでも言えることなんじゃないの?」
オーロラさんは、節くれ立った杖を脇に抱え直しながら問うた。
「ぼおけんしゃ家業、危険はちゅきもの」
「そーそー、ヴィヴィの言う通り」
「俺らにだって、プライドくらいはある。一度、受けた依頼を、反故にするような真似は絶対にしねぇ。
それによ――」
オダさんは、僕の肩を叩いて言った。
「ユウリ・アルシフォンには恩がある。ルポールの危機を二度救ったってことは、俺らの命を二度も救ってくれたってことだ。
命の恩人のお友達に危機が迫ってるなら、助けるのは当然のことなんじゃねぇの?」
同意するかのように猫の宴は頷いて、両側から僕の服の端を掴み、決して離さないと言わんばかりに力を込めた。
「イルとミルだって、助けてもらったもん! それなら、今度はこっちが助ける番! でしょ!?」
「恩人の……ユウリ様……助ける……!」
相も変わらず、無言を保ったままの鎧大好きクラブの二人は、兜の裏側から鋭い眼光を覗かせて立ち尽くしていた。恐らくは、『参加する』という意思の現れだろう。
「皆さん……本当に良いんですね?」
全員が首肯したのを確認したレイアさんは、ルーン文字が刻まれた石ころを、フィオール、若木蕾、猫の宴に手渡す。
「念話石です。数キロメートル程度であれば、その石に魔力を流し込むことで、遠隔地にいる相手と話すことができます。この石を用いて、私がココから皆さんをサポートをします」
渡された石を握ったフィオールは、レイアさんと目線を交わし合い、〝合意〟を図るように首を縦に振る。
「各パーティーで探索を行えば、実力差が露骨に現れてしまい〝全滅〟の危険性を高めます。なので、グループ分けを行いましょう。
Aグループは、ユウリ様と若木蕾の四人、Bグループは猫の宴と鎧大好きクラブの四人。
そして、Cグループは――」
一度、言葉を切って、レイアさんは決意を籠めるかのように目を閉じた。
「フィオール・エウラシアン、一人」
彼女の放った言葉によって、どよめきが起こる中、一人落ち着いているフィオールは微笑する。
「大丈夫です、一人で行かせてください。操魂咒の解除方法がひとつしかないことはわかっていますし、ユウリ様にしか不可能なことも理解しました。
でも――」
彼女は、恐ろしく美しい眼差しで、真っ直ぐに天空城を見つめる。
「あの子には……わたしの言葉が、届く気がするんです」
泣けるぅ!! こういう泣けるイベント、やめてよぉ!! こういうの弱いんだよ、僕!! 迫真の演技は、ホントに勘弁して!!
「皆さん」
レイアさんは、真剣な顔つきでささやく。
「天空城が崩壊を迎えるまでは、残り二時間半……それまでに、我々は、ヴェルナ・ウェルシュタインを救出しなければなりません」
丘の上からルポールにまで届くような、空気が張り裂けんばかりの大声で、彼女は声を張り上げる。
「冒険者ギルド、ルポール支部――レイア・トイヴァネンより、各冒険者に任務通達!!」
全員の眼差しが、一箇所に集まる。
「全員、生きて帰りなさいッ!!」
とある丘上から、冒険者たちは動き出し――大規模探索が始まった。