とった行動と秘めた考えは、必ずしも一致しない
「緊急事態です」
重苦しい雰囲気の中、レイアさん(今日も可愛い)は、大規模探索に参加した面々に語りかけた。
「ヴェルナは、わたしたちを裏切ったりなんてしません!!」
会議室の長机を叩いて立ち上がったフィオールに対し、レイアさんは『わかっている』と言わんばかりに微笑する。
「えぇ、もちろん、わかっています。報告してくれた方は、城の前面に特異建造物の機関室にいるヴェルナさんが映し出されたと言っていましたが……何かの間違いでしょう」
「そうだよ! ヴェルナちゃん、そんなことしないよ!」
「ユウリ様のパーティーの人……そんなこと……しない……!」
猫の宴の二人の言葉に、ギルドの受付嬢である彼女は、真剣な顔つきで頷いた。
「真意を確かめるためにも、皆さんには、もう一度あの大型特異建造物に潜って――きゃっ!」
直ぐ近くで耳を劈くような爆発音が上がり、地面が激しく揺れて、レイアさんは姿勢を崩してテーブルに倒れ込む。
「ぐぉお!! 今の衝撃で、三十路の腰がぁああ!!」
「おじさぁん!! 誰かぁ!! 誰か助けてくださぁい!!」
「ざんねんむねん。リーダーであるおじじがこの重症では、若木蕾は、特異建造物探索にはいけなくなってしまった。実にざんねん」
急に倒れたオダさんは、ゴロゴロとその場で転げ回り、オーロラさんとヴィヴィさんが付きそいながら声を上げる。
「…………」
「…………」
「…………」
ちらちらとレイアさんを瞥見していた三人は、何の反応もないのがわかると、無言で立ち上がってテーブルに着席した。
「……今、感じた魔力」
フィオールは、驚愕で顔を歪ませる。
「ヴェルナ……なんで……?」
天空城の制御を行う機関室……強固な城壁に囲まれた居館の中央に位置するソコには、天蓋付きのベッドに腰を下ろすヴェルナ・ウェルシュタインがいた。
特異建造物の主が倒れ、機関室への魔力供給が行われなくなった現況、数時間後には、この天空城が瓦解して消えてなくなることを彼女は知らない。
「ねぇ」
特異建造物突入後、一日をかけて機関室を占拠したヴェルナは、赤紫色の髪の毛を弄りながら、下っ端の緑鬼精霊に声をかける。
「あ、は、はい」
「もっと、スピード出ないのこれ? 」
「ちょ、ちょっと難しいかなーって……」
「あ、そ」
自身と契約を交わした精霊のお陰で、精霊語をマスターしている彼女にとって、緑色の肌と長く垂れ下がった耳をもつ小躯の彼らとのやり取りは、歩いたり食事をしたりするような感覚で行うことができていた。
「あの、姉御」
化物のような力をもって同胞たちを蹴散らした、悪魔のようなAランク冒険者を前にして、哀れな緑鬼精霊は命令を聞く他ない。
普段は下劣な口調を吐く悪性の精霊が、どことなく丁寧な口調で呼びかけているのも、己の保身があってのものだろう。
「なによ?」
「このままだと、ルポールに突撃しちゃいやすんが、いいんですかい?」
「ダメに決まってんでしょ? 上手いこと直前でブレーキかけなさいよ。
ルポール付近にまでもっていって、私がこの天空城を一人で掌握したことをアピールするためなんだから」
頬を染めて、ヴェルナは隠しきれぬ〝期待〟を顔に出す。
「そ、そしたら、先輩に褒めて貰えるかもしれないしね」
「いやしかし、こんだけスピード出しとりますし、それはなかなか難しいかと思いますんが……」
無言でヴェルナが掌に〝気弾〟を作り出すと、途端に緑鬼精霊は笑顔になって、青黒く輝く魔導石版に手を触れ、天空城をルポールへと全速力で発進させる。
「しかし、おかしいな」
「え、なにが?」
彼に用意させた甘みの強い『ピアルジュース』を啜り、ヴェルナは彼の肩越しから、操作用の精霊文字と魔力増強のためのルーン文字の描かれた魔導石版を覗き込む。
「特異建造物の主様の反応が、城内から消えとるんですよ……数分前には、あった筈なのに……」
「あぁ、あの臆病者か」
とっととケリをつけようと、声高に『出てこい』と呼ばわったにも関わらず、相も変わらず引っ込んだままの特異建造物の主を思い出し、ヴェルナはぼそりとつぶやいた。
「いや、一応、上級種なんですが……」
「上級種って言ったって、あの魔力量からしたら大した相手じゃないでしょ? 実際、姿を現してないわけだし」
「Aランク冒険者が出張ってきたら、ほぼ勝ち目はないし、奥に引っ込むのは当然だろうが……そもそも、テメェは体のいい人質だっつうの……」
「あ? なんか言った?」
「いいえー、なんでもー」
満面の笑顔で緑鬼精霊はそう言って、さり気ない動作で天空城の進行速度を落とす。
「ちょっと、なにしてんのよ。
もういいわ、貸しなさい」
「あ、ちょっ! 勝手に触ったら、危ないですって!!」
ヴェルナは後ろから手を伸ばして、彼が触っていた箇所に指先でタッチし――轟音が鳴り響いて、城全体が大きく揺れる。
「……ん?」
「あっ」
緑鬼精霊は、ゆっくりと後ろを向いて、冷や汗を流しながら報告をした。
「お、おめでとうございやす。魔力砲、見事に命中しやした」
「……どこに?」
「ルポールに」
ヴェルナは、勢いよく頭を抱えた。