終わりと始まり――ユウリ・アルシフォン、フォーエバー!!
「ユウリ・アルシフォンは、無事に大規模探索を終えられるでしょうか?」
自身の心労を労るが如く、でっぷりとした腹を撫で擦っている王を前にして、王裏の仮面はぼそりとささやいた。
「問題はないだろう。大型とは言え、本来ならば、B~Cランク相当の冒険者が担当するような等級の特異建造物だからな」
冒険者ギルドの仕事は、冒険者に仕事を斡旋したり、任務の成否を帳簿につけて各街の問題点をリストアップしたりするだけではない。特異建造物の調査、等級付けも重要な役目に含まれる。
特異建造物の調査自体は、外部の冒険者や業者を雇うことが多いが、斥候としての自信がある者は己で出向くことも少なくはない。
侵入地点を確保できたか、どこまでの経路や内情を把握できたか、住み着いている天災害獣の種類を何種類まで特定できたか……調査の結果によって、等級分けを行い、ようやく冒険者へと本依頼を出すことができるのだ。
「上位種の存在が確認されているので、等級が上がってはいますが、本来ならば燈の剣閃の出る幕ではないでしょうね」
「うむ。Sランクパーティーを集めるような、高難易度特異建造物ではない。
だが、我々の目的は――」
「ユウリ・アルシフォンの囲い込み。王都に所属するSランクパーティーとユウリとの接点を作るための交流ですからね」
重苦しい息を吐いてから、王は目を閉じて瞼を擦った。
「ヤツらにとっても悪い話ではなかろうに、ことごとく断られるとは……ユウリ・アルシフォンがパーティーに加入したことで、逆に競争心を刺激してしまったのかもしれん」
彼の言葉に、王の短剣を自称している秘密組織は答える。
「仕方ありません。Sランクパーティーともなれば、各方面のギルドとの繋がりが強くなっていますから、実は大した等級の特異建造物ではないことがバレてしまったのでしょう。
報酬金を上乗せしたとは言え、既にパーティーに加入したユウリとのコネクションを必要としない彼らがやりたがる仕事ではないですから」
「そこまでわかっていながら、なぜ、手を打たなかった?」
疑問を口にした王に対して、笑う悪魔の仮面をつけた黒ローブは、淀みなくスラスラと答え始める。
「王都の件、秘密裏にエウラシアン家の次女に伝言しました。恐らく、今頃は、ユウリ・アルシフォンに確認をとっていることでしょう。彼ならば、既に知っていてもおかしくはありませんが」
「なるほど……フィオール・エウラシアンか……同じパーティーに所属している以上、今回の大規模探索は、ユウリと彼女との縁故を深める要因にもなる……エウラシアン家との親交、無駄にはならんか……」
「えぇ。それに、〝もう一手〟仕込んであります」
「……もう一手?」
悪魔は、仮面の裏側で笑った。
「お気に召すと思いますよ」
「は? もう終わっちゃったんですか?」
レイアさん(可愛い)は、帰ってきた僕らに「あれ? 忘れ物でもしました?」と声をかけてから、攻略が終了したことを聞いて唖然としていた。
「えぇ、まぁ。特異建造物の主が不用意に姿を現しまして……なにか、交渉事を持ちかけようとしていましたが、ユウリ様が『……聞くに及ばない。なぜなら、もうお前は死んでいるからだ』と一閃して終わりました。格好良かったです」
いや、そんなことは、間違いなく言ってないよね? そんな饒舌ペラペラ男だったら、人生、ベリーイージーモードだったよ。
「主が倒れたことで、実際に特異建造物の瓦解が始まりましたから、間違いはないと思います。ユウリ様に依頼を出すほどの高難易度特異建造物ですから、かなり警戒していましたが、大したことはありませんでしたね。
数時間後には、綺麗さっぱり消えているかと」
「そ、そうですか……終わってしまったなら仕方ありませんね。わかりました、こちらで処理させて頂きます。お疲れ様でした」
「……評価は?」
攻略終了を迎え入れたレイアさんを前にして、僕は思わず背後にいるSランクパーティー、僕の監視者である若木蕾のメンバーに声をかけていた。
「えっ」
「……え?」
『なんで、俺たちに聞くの?』みたいな顔してるけど、なんで?
「……評価を聞きたい」
「え、そ、そうですね……」
『オダ』と自己紹介していた中年男性は、ちらりと背後のパーティーメンバーを振り返り、それから急に満面の笑顔へと変わる。
「最高でした!! 百点満点です!! お疲れ様っした!! ユウリさん、最高!! ルポール、最高!! ユウリ・アルシフォン、フォーエバー!!」
「イェエエエエエエエエエエエエ!! ユウリさん、さいこぉおおおおおおおおお!!」
オダさんと魔女っ子の姿をしたオーロラさんは、冒険者ギルドで大声を張り上げ、指を使って甲高い口笛を鳴らした。
「しゃいこう!! しゃいこう!! 金づる、金づる!!」
顔色が非常に悪いヴィヴィさんは、僕の周囲をぐるりと回りながら、高速で揉み手をする。なんなんだろう、この技術。
しかし、それにしても――わざとらしい。何かと疎い僕でも、勘違いはしたりしない。これは、彼らの〝真意〟ではないだろう。まるで、僕の機嫌を損ねないように、無理矢理に褒め言葉を口にしているようだ。
たぶん、不合格だったんだ。目の前に上位種が出てきたのに、あそこまで長々と喋らせてしまった。Sランクパーティーであれば、『ようこそ、我が城へ』の時点で倒せて当然のことだったんだ。
「……ダメか」
「え!? なにがですか!? 俺たちですか!? 何もしなかったからですかね!?
オイ!! オーロラ、脱げ!! とりあえず、脱いどけ!!」
「ふ、ふざけんな!! うら若き乙女になんてこと――ヴィヴィ、本当に脱がなくていいから!!」
「でぇじょうぶ。一生、養ってもらうから」
「レイアさんっ!!」
ぎゃーぎゃーわいわいと騒いでいる若木蕾の喧騒に飛び込むようにして、顔を真っ青にした見慣れない冒険者は、血走った目でギルドの扉を勢いよく開け放った。
「ど、どうしたんですか? 血相を変えて?」
「た、大変だ! れ、例の天空城! ユウリさんが攻略するっていう噂のアレ!! あの特異建造物が!!」
彼は唾を飲み込んで、汗だくで叫んだ。
「凄まじい勢いで、ルポールに向かってる!! このままだと、大惨事になるぞ!!
しかも、特異建造物の進行を主導してるのは――」
張り上げられた大音声が、冒険者ギルド内に響き渡った。
「燈の剣閃のヴェルナ・ウェルシュタインだっ!!」
「……え?」
フィオールの小さな声が、僕の耳にはっきりと聞こえた。