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王都と嘔吐

 冒険者ギルドでの会議が終わった後、若木蕾グロースのメンバーは、行きつけにしている食事処でテーブルを囲んでいた。


「……生き残りたい」

 

 目つきが悪く無精髭を生やしている中年男性――オダは鬼気迫る表情で口火を切り、飯をがっついていた少女二人が顔を上げる。


「生き残ってるじゃん」

 

 そう答えたのは、オーロラ・ウェルスター。紫色の三角帽とローブを身につけ、樫の木でできた杖を大事そうに抱えたまま、大きな焼き魚をぱくぱくと口に運んで、実に美味しそうに嚥下している。


「いや、違う。おじさんが思うに、Sランクパーティーの燈の剣閃(ランプ・フリッカー)が出張ってくるってことはかなりの異常事態だ。しかも、あのユウリ・アルシフォン殿がおられる」

「なにした人なん?」

「ヴィヴィくん、こっち向いて喋らないでくれる? 肉片が全部、顔にかかってるから」

 

 肉料理にがっついているヴィヴィ・ポップは、常に顔色が悪くて舌っ足らず、河原で拾ってきたような石ころが嵌め込まれた、妙に長々として垂れ下がっている奇妙な帽子をかぶっている小さな女の子だった。


「一番有名なのは、王都での飛竜災害を一人で鎮めたことだな。近いところで言えば、中央広場に出た土中芋虫サンドワームの討伐に、街に迫っていた原生スライムの群れの〝完全討伐〟だ。

 ともかく凄いお人なんだ。おじさんたちみたいなDランク冒険者とは、格が違うのよ。本当に」

「おじじ、食べんのか?」

「油物を食べると、胃がもたれちゃうから……というか、おじじはやめて……本当に……まだ、三十代半ばだから……」

「おじさん、それのなにが凄いの? よくわかんないけども?」

 

 オーロラの質問に対して、オダは深い頷きの後に答える。


「スライムは、いわゆる、魔法生物って呼ばれる天災害獣モンスターでな。群れにまで至ると、普通、完全討伐は不可能なんだよ。スライムの心臓とも言われるコアを破壊しても、この世に魔力が存在する限りは、別のスライムのコアが復活して群れとしての機能を失わない。つまり、完全ループだな」

「は? なら、どうやって倒すの?」

「だから、普通は無理なんだよ」

「ユウリ・アルシフォンが、倒したってゆったろ!!」

 

 勢いよく飛び散る肉の散弾……嘆息を吐いて、オダは肉片まみれの顔を両手で拭った。


「〝同時に〟コアを潰したんだよ。アレだけの規模となると、数千匹のスライムだろうな。小さくて各所に散らばっている上に、高速で動き回る数千個のコアを同時に潰したんだ」

 

 愕然としたオーロラはもっていたフォークを取り落とし、目を見開いたヴィヴィは骨付き肉を食べようとして空中に食らいついていた。


「……ヤバくない?」

「うん、ヤバイの」

「……どうしゅる?」

「全力だ」

 

 両手を組んで顔の前に置いたオダは、何時になく真剣な顔で言った。


「全力で、こびを売る」

 

 オダがテーブルの上に置いた手のひらに、二つの小さな手が置かれ、三人は目配せをして頷き合った。


「生き残りたい!! 生き残りたい!! 楽に生きていたい!! ユウリ・アルシフォンに寄生して、報酬をたくさんもらいたい!! 生きたい!!」

 

 奇妙な格好をして大声で気合を入れる三人を、客たちは怪訝な顔つきで眺めていた。




「そうですか、ユウリ様がリーダーに!」

 

 キラキラと目を輝かせながら、嬉しそうにそう言ったフィオールを見つめ、僕は水を口に運んだ。


「……あぁ」

「まぁ、当たり前ですよね! ユウリ様以外にリーダーが適任なお人はそうはいません! 今回の大規模探索グループシークに参加して下さったパーティーの皆さんは、全員が全員、素晴らしい審美眼をお持ちだと思います!」

 

 辛いなぁ。コミュ障、カミングアウトしちゃおうかなぁ。レイアさんにはバレてるし、ヴェルナにも話がいってる可能性があるんだよな。


 この際、フィオールにも言っちゃおうかな。その結果、『大丈夫ですよ、わたしが支えますから……一生』とかなって、そのままゴールイン、幸せな結末を迎えました(終)。で、もういいんじゃない? いいよ。むしろ、よろしくおねがいします。


「……実は」

「あ、やはり、話がいっていましたか! 王都おうとの件ですね!」

 

 嘔吐おうとの件?


「いえ、大丈夫です。最初は驚きましたが、致し方ないことだと思います。わたしは気にしていないので、安心してください」

 

 え、もしかして、フィオールにゲロ吐いちゃったことバレてる!? 土中芋虫サンドワームのお陰で、誤魔化せたと思ってたのに!!


「……すまなかった」

 

 とりあえず、謝っておこう。


「いえいえ、本当に、大丈夫ですから! 今回の大規模探索グループシーク、わざわざ、Sランクパーティーを招集するような事態だとは思えなかったので、なにか〝裏〟があると思って調べてきたんです……まぁ、結局、Sランクは集まらなかったみたいですね」

 

 僕が吐いたことで、そんなにヤバイ事態に陥ってるの!? 僕のゲロにSランクパーティーが集まってる!?

 

 ようやく、そこで僕は〝真実〟に気づいて、思わず口を押さえた。

 

 わかった。わかったぞ。フィオールに嘔吐したのが悪かったんだ。エウラシアン家と言えば、名家中の名家。そこのお嬢さんにゲロをぶっかけたのがわかったんだから、大問題に陥っていても決しておかしくはないんだ。


 そうか、今回の大規模探索グループシーク……成功するかしないかで、僕の命運が決まるのか……表向きは『大規模探索グループシーク』だけれど、実際は『ユウリ・アルシフォンが使えるかどうかの試験』……失敗したら、僕はゲロぶっかけ罪で投獄されるに違いない……フィオールの真剣な顔つきを見れば一目瞭然だ。

 

 僕の頭に、またしても秀逸な閃きが走った。

 

 フィオールは『今回の大規模探索グループシーク、わざわざ、Sランクパーティーを招集するような事態だとは思えなかった』と言ったよね。これってもしかして、Sランクパーティーが、僕の適正を図るための〝監視役〟として必要だったんじゃないの?

 

 そう考えれば、自ずとわかってくる。


 あの会議の場にいたパーティーの人たちは、全員が王都から差し向けられた『審判役ジャッジ』!! 実際は全員がSランクパーティーの凄い人たちで、レイアさんもフィオールも、この件に絡んでいるんだ!! 僕と縁深い猫の宴(キャットパーティー)を選んだのは、その事実を隠すための〝隠れ蓑〟だったに違いない!!


「……フッ」


 抜かったな、フィオール。君は優しい。優しすぎて、今回の件、僕に少しでも事情を伝えようと、話を切り出してしまったんだね。でも、僕のほうが上手だった。

 

 そうとわかれば、やることはひとつ――全力で、媚を売るしかないだろ!!


「……全力だ」

「え?」

 

 僕は、何時になく真剣な顔つきで言った。


「……全力で攻略す(媚を売)る」

「あ……は、はい……さすがは、ユウリ様です……」

 

 何故か、頬を染めたフィオールを睨みながら、僕は〝本気〟で大規模探索グループシークに取り組むことを決心した。

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