『社会に属せ』ってことは、コミュ障に『死ね』って言うようなもん
千年前に行われた人と魔の間で行われた大戦――おとぎ話として語り継がれている『人魔大戦』は、神託の巫女の犠牲で幕を下ろした。
ルポールの街の地下に残る通路は、かつて、魔族に支配された街から巫女を逃がすために作られた〝避難通路〟だったと言われる。
暗がりに閉ざされた通路には、等間隔で魔導灯がぶら下げられており、起動機能に手を触れると青白い光が薄闇を照らす。
生体核によって暴走した原生スライムの調査を行っていた、王裏の仮面は、隠されたその通路に足を運んで、手元にぶら下げている灯りで眼前を照らす。
「……コレほどとは」
そこには、夥しい数の天災害獣の死骸があった。
脳天に〝穴〟を開けられた彼らは、どれもが一撃で殺されており、通路に満載するかのように積み重ねられている。これだけの数の天災害獣が、街へと殺到していれば、今頃大惨事に陥っていただろう。
「ユウリ・アルシフォン」
誰がやったのかは、自明の理であった。
「この通路の存在まで、把握しているだなんて……あなたは……どこまで、知っているのですか……もし、シュヴェルツウェイン王家の秘密について知るならば……我々は、貴方と……」
嫌な想像を打ち払うかのように、笑う悪魔は首を振った。
「いえ、やめましょう」
悪魔は光に背を向けて、闇の只中へと歩き出す。
「どちらにせよ、やることは決まっている」
足音は暗黒へと吸い込まれていき、姿も音も光もなくなった中、一人の悪魔は地獄へと帰るように消え失せていった。
なんで、めちゃくちゃ見てくるんだろう?
机に突っ伏した状態で、熱に浮かされたようにぼーっとしているヴェルナは、綺麗な赤髪の間から僕のことを見つめていた。
「……おい」
「ひゃ、ひゃい!?」
壁に背を預けていた僕(コミュ障スキル:一緒のテーブルに座れない)が声をかけると、ヴェルナはガタガタと椅子を揺らしながら立ち上がり、顔を赤らめて気をつけしながら返事をした。
「な、なんでしょう!?」
「……なぜ、視る?」
「み、視てましたか?」
「……あぁ」
心底、恥ずかしそうに首筋まで赤くした彼女は「も、申し訳ありません!!」と大声で叫んで、金縛りの呪文を受けたかのようにカチコチとした動作で礼をした。
え、なんか、調子悪そうだけど大丈夫? 劇団員さんとの演技の後、置いてっちゃったのが悪かったのかな? 本物の爆発を起こすような迫真派が相手だったから、動物の血をかぶってたみたいだったけど……後処理を手伝うべきだった?
うわー、わかんないよ! 人間関係って、どうやって良好に保つのか、誰か教えてくださいよ!!
「……大丈夫か?」
とりあえず、初手、心配で様子見安定。
「い、いやぁ! フィオ遅いですね!! なんででしょうねぇ!? あ、あはは~、え、なにか言いましたか!?」
「…………」
二度、同じことは言わない。なぜなら、聞こえてないなら聞こえてないでいいやという甘えがあるからさ。
「……なぜ、敬語なんだ?」
そう、それ!! 聞きたかった!! 聞きたかったことが言えるなんて、僕も成長したもんだよ!! 褒めよう!! 自分を褒めてあげよう!!
「いや、それは……その……た、助けてもらったから……」
こちらをちらちらと窺いながら、ヴェルナは恥ずかしそうにささやいた。
「……助けた?」
え、なにから? 演技の補助をしたこと? 相手を雑魚呼ばわりするシーンは、自分でも格好良く仕上がったなと思ってるよ。
「え、なんで、疑問系?」
え、なんで、疑問系なのに疑問系?
「あ、あはは……そ、そっか……先輩にとっては、あたしを助けたんじゃなくて、当たり前の人助けをしただけに過ぎないんだよね……あはは……そ、そうだよね……あたし、助けられるって柄じゃないし、どちらかと言えば助ける側だし……フィオと比べたら、女の子っぽいところないし……そりゃあ、そうだよね……勝手にあたしが舞い上がってただけか……」
乾いた笑い声を上げながら、ヴェルナは僕から距離をとるように後退りし、酔っ払いが落としたグラスを踏んで――
「あっ」
後方へと勢いよく転び、僕が受け止めていた。
「……大丈夫か?」
「あ……いや……その……うぁ……」
至近距離に近づく顔と顔、目と目が合い、真っ赤になったヴェルナは大きく両目を見開いて、わなわなと口を動かし――
「う、うわぁ!! ち、違う!! 好きじゃない!! 好きじゃなぁい!!」
僕を突き飛ばして、全速力で冒険者ギルドから出て行った。
その光景を見守った僕は、無言で口を押さえて、どんどん流出してくる嘔吐物を一生懸命に戻そうと努力する。
とは言え、出していないだけ、かなり慣れてきている。このパーティーでなら、これからもやっていけるんじゃないだろうか? パーティーを組む前は不安だったけど、これなら楽勝だね!
「……わかりますよ」
いつの間にか、気配を消していたレイアさんが背後に立っていた。
「勘違いしちゃうんですよね……自分のことが好きなんじゃないかって……もしかしたら、この人と結ばれる未来があるんじゃないかって……今日は三秒も目が合ったなとか、何時もよりも数センチ距離が近いなとか、そういう細かなところを意識するようになって、日記帳につけたりしちゃうんですよ……まぁ、でも、ユウリ様には心に決めた御方がおられるんですけどね……うふふ……」
言ってることはよくわからないけど、今日もレイアさんは可愛いなぁ。
「あ、そうだ!」
死んだ目でささやいていたレイアさんは、何時も通りの溌剌さを取り戻し、ぽんと掌を手で打った。
「ユウリ様、フィオちゃんのことなんですが、今日はもう来ません。伝言を頼まれましたが、王都に一度戻って、準備を整えてくるらしいです」
「……準備?」
僕の問いかけに対して、レイアさんは居住まいを正す。
「Sランクパーティー、燈の剣閃に王からの勅令任務です。
ルポールの南に、大型特異建造物が出現しました。大きさや形状からしても、単独パーティーでは手に終えない規模のものと思われます」
冒険者ギルドの受付嬢は、美しい立ち姿のまま、凛とした声で王からの命令を口にする。
「燈の剣閃は、直ちに〝別パーティー〟と合流し、折衝を図ってから探索に取り組むようにとのことです」
微笑んだ彼女は、ささやく。
「〝複数〟パーティーでの大規模探索となります。
ユウリ・アルシフォン殿にご武運を」
複数、パーティー?
湧いてくる嫌な予感……僕は脂汗をダラダラと流しながら、込み上げる吐き気と懸命に戦っていた。