外面だけは完璧だったコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる
「くふふ、ばっかじゃないのぉ?」
レイアさんの身体に戻った神託の巫女は、僕とアーサーの帰結を眺め鼻で笑った。
「男同士のくっさい友情、つっまんない流れに、くっだらない結末……なんで、勝つべき男が負けて、負けるべき男が立ってんのぉ? ソイツ、不死身なんだからぁ、そのうち気が変わって、またおんなじこと繰り返すかもよぉ?」
「……なら、僕も繰り返すだけだ」
高笑いをして、彼女は僕を睨めつける。
「死んじゃえよぉ、偽善者? 運良くパンパン殴ったくらいで、ソイツの意思を刈り取れたからって、アミィはぜ~ったいに変わったりしないよぉ? 人間の本性なんて、ぜ~んぶ、お見通しだもん。
薄汚い人間がよぉ、つっまんねぇカスみたいな物語で、アミィを冷ましてんじゃねぇよ」
両腕を広げて、高らかに。
傲慢と驕慢を併せ持った女神様は、高々と天に叫び声を上げる。
「神の採択!! 我は希う!! 総ての終焉を!! 凡ての荒廃を!! 全ての滅亡を!!
代償は、この世界でありこの生命でありこの人間であるッ!! さぁ、叶え給え!! 叶え給え!! 叶え給え!! 終末を、謳え唱え唄え!! 神の採択!! なにもかもを滅びに導いてみせろっ!!」
究極魔法が――起動する。
ゆっくりと、緩慢に、焦らすみたいにして、ありとあらゆる存在を打ち消し打ち払うために、肉塊の表面に大小伴わない“目玉”が浮き出る。空気中の魔力が反応して碧色の火花があちこちで上がり、世界がまるごと黒ずみに浸って闇を受け入れる。
終わりが、世界を詠う。
「四択目だよ、ユウリ・アルシフォン」
純白の雪原を思わせる髪、琥珀色のキャンディーみたいな瞳、触れた途端に解け落ちる気がしてならない華奢な体躯……その全身で、神託の巫女は、僕らをあざ笑っていた。
「とめられるもんなら、とめてみたらぁ?」
「……いや、一択だ」
僕は、口端を曲げて笑う。
「最初から、一択なんだよバカ野郎」
「無能は、オマエらだろうが」
豪――一迅の風、到達したアーミラの足が、僕のわき腹に突き刺さる。
血反吐、意識、飛んで――現実逃避。
逆方向の力で打ち消して、血を吐き散らかしながら、鼓膜を切り裂いていく疾風の只中に溶け込んでゆく。
「ねぶり、殺してやる!! 究極魔法は、もう起動したっ!! くふふ!! ゆうりぃ!? もう、キミはさぁ、止めらんないんだよぉ!? 絶望の底に!! 浸って!! おねんねしててねぇ!?」
高速についていけず、頭を掴まれて地面に押し付けられる。そのまま投げられて、息が止まった瞬間、地面に叩きつけられる。激痛が全身を支配し、地を転がっていく。現実逃避で溜めた力で、辛うじて生命だけは拾う。
地走った痕が、残留する。
額から流れ落ちる血液で、髪の毛が真っ赤に染まっていく。目の前の視界がぼやけて、意識がとろんと落ちていく感覚がした。
だから、現実逃避。
肉体だけが鋭敏に、精神性は崩壊していく。後先なんて考えない。今ココで勝つことだけを、考え続けて戦い続ける。
「くふふふふっ!! あははははっ!! ゆうりぃ!? どんな気持ちぃ? ねぇねぇ、ど~んな、き・も・ちぃ!? いい加減、理解、してくれたよねぇ!? チートにも俺Tueeeにも主人公最強にも、キミみたいな端役じゃあ、ぜんっぜん敵わないってことぉ!? どんな物語だって、その印ついてたら、キミたちみたいな端っこにいる役柄は、みじめに『す、すごい……!』みたいな陳腐なセリフ吐くくらいしか能がないんだよぉ!! たかが作者の操り人形程度が、調子こいてんじゃねぇぞぉ!?」
ボールを蹴るみたいにして、神託の巫女は僕を宙に蹴り上げる。落っこちてきた僕をすかさず足で拾い、わざと治癒して、死なない程度の絶妙な力加減で毬にしてくれる。
「陳腐、陳腐、陳腐ぅ!! キミらが幾ら努力しようとも頑張ろうとも、作者様の手のひらの上で、ブーブー言いながら主人公様の引き立てする以外にないんだよぉ!! つっまんないカスみたいな量産品に添えられて、一生無様に、作者の自己陶酔型主人公の足下で『ブーブー、すごいすごい』言ってる豚人形気取ってればいいのぉ!! ソレが、キミたちみたいな量産人形の宿命!! 引き立て役として生きて、みっともなく、主人公様に媚び売ってりゃあいいんだよぉ!!」
落下する僕のみぞおちに、神託の巫女の爪先が吸い込まれる。
世界が消し飛ぶ痛苦、ぐんにゃり頭がとろけ落ちて、ありとあらゆる液体が穴という穴から噴き出して地面を汚していった。
全身、肉という肉が柔らかく煮込まれたみたいに、へにゃりと地に伏せた僕を残して、神託の巫女は笑った。
「とくべつさーびすぅ!! いまからぁ!! アミィちゃんがぁ!! ゆうりのおなかま、ひっとりひとりぃ!! ぶちころしてぇ!! キミのめのまえにならべたててあげるからさぁ!! せかいのおわりをけんがくしながら、ぜつぼうにひたってしんでけよ!!」
目が、目が、勝手に閉じようとしている。
背中が、遠ざか、る。
まだ、だ、まだ、僕は――負けるな、わたしの英雄――立ち上がって、両足で地面を掴む。
立った僕を振り返り、アーミラは青筋を立てた。
「いい加減にしろよぉ、モブごときがよォ……ッ!!」
「……お前」
血まみれの僕は、へにゃりと口元を歪ませる。
「……ラノベ、読んだことないだろ?」
「は?」
「……娯楽小説は、全部が全部、お前の騙ったような内容じゃない。僕みたいなファンボーイからすると、嘘をつぶやくのはやめろって感じだ。多種多様な作品群から一部を引き抜いて、さも総意みたいに語るのはやめろよ噓付き少女。お前みたいなヤツが、外面だけで判断して、自己完結型の書評垂れ流したりすんだよ。導入から馬鹿にしきって読む物語は、さぞや、つまらないように映るだろうよ当たり前だ。
第3巻!! 125ページッ!!」
びくりと、アーミラの身体が震える。
「……お前の言う端役が、意味もなく脈絡もなく挟持もなく主人公を『す、すごい……!』と褒め称える場面だ。確かにお前の言う通り、端役の意思なんて関係なく、作者の自己都合で動かされて、主人公を過剰に持ち上げているよう一場面だろうな。
だが!! 僕は!! あの場面の脇役の心情を!! 250ページの長編にまとめたことがあるっ!! 誰も彼もが、端役を見捨てると思うな!!」
圧倒的なまでの圧、僕の理論に対して、彼女は呆気にとられて口を空ける。
「……自己陶酔型主人公? なに言ってんだ、当たり前だ。作者が感情移入できない主人公に、どこの読者が感情移入すると思ってんだ。過剰なまでの主人公最強にチート、俺Tueeeばっかり? アホ抜かすな。感情移入してる対象が大暴れするのを視て、こちとら、気持ちよくなってんだよ。
主人公に憧れて!! なにが悪いッ!! 人様の夢に土足で踏み入って、ぶち壊すような真似!! それこそ!! お前自身が自己陶酔に浸るための手段だろうが!! やってることは、同じなんだよ!!」
「き、きもっ……」
「……キモいに決まってるだろ」
僕は、『フッ……』と笑う。
「もう何年も前に渡された物語を、今でも読み続けて、主人公に憧れ続けたバカが……キモくないわけないんだよ……外面しか見ていない他人に、僕の内面が、そう簡単に理解できてたまるか……気色悪いって拒否されるに決まってるだろ……」
拳を構えて、口端を曲げる。
「……行くぞ、騙る者」
踏み込んで――
「僕以上に!! 騙ってみせろッ!!」
拳を振る。
カウンター、顔面に右拳が食い込み、翻った左拳が僕の顎を叩く。
ぐらんと脳が揺れて、膝をついた瞬間に頭を蹴り飛ばされる。真横に吹っ飛んで、追いついてきた神託の巫女が、僕の腹に長剣を――深々と突き刺した。
「もういいや、キモい、死ねよ」
「…………」
頭を持ち上げられて、景色が掻き消える。
王都、北の尖塔……神託の巫女が高速移動した頂上で、僕は誰かが階段を駆け上がってくる音を聞く。燃え盛りながら終わっていく王都の街並みを、無理矢理に眺めさせられる。
「ほうら、お目々あけて、みてごらぁ~ん? 王都が、キミの守りたかったものが、ぜ~んぶ、おわってくからさぁ? 気持ち悪い語りに耳傾けてあげただけ、アミィに感謝してよねホントぉ?」
そして、ぽいっと、尖塔の最上から投げ出される。
落ちる、落ちる、落ちる……接地の瞬間、現実逃避を用いて、衝撃を掻き消す。それでもなお、打ち消すことのできなかった衝撃力が、僕の全身をぶっ叩いてどんどんと生命が漏れ出ていく。
目が――閉じかける。
「くふふっ、致命傷、だよねぇ? あと数分足らずで、死んじゃうんじゃなぁい? それじゃあ、ばはは~い!」
後手を振りながら、アーミラは去ってい――立ち上がった僕の方を、勢いよく振り向いた。
驚愕、目が見開かれていく。
「う、うそだ……お、オマエ、な、なにをした……?」
「……まだわからないのか?」
傷口が塞がっていく感覚、僕は全てが“為した”ことを知る。
「作者様のご都合主義だよ、噓付き騙り部」
「う、うそをつくなぁ!! 物語は!! 世界はっ!! アミィの物語だっ!! オマエなんかの!! オマエごとき、端役の物語なんかじゃない!! アミィの!! アミィのための物語だっ!!」
「……教えてやるよ、物語の筋書きを」
筋肉が断裂し骨が粉々に砕け血だらけになった腕を、その震えてみっともない片腕を、僕自身の左腕を持ち上げて。
たったひとつの人差し指が――天を衝いた。
「視ろ――人の営みが、輝いている」
ふりそそぐ。
ふりそそいでくる、大量の白い本。
あたかも、純白の咲き誇る花雨のようにも視えた。
東西南北の尖塔から魔力で送り出されてゆく本たちは、僕に祝杯を浴びせるかのようにふってくる。
本の只中で、傘を忘れた僕は微笑した。
「コレが、僕の物語だ」
その一冊を、アーミラは拾い上げて読んで――驚天動地を顔面で表す。
「お、オマエ……か、書き足したのか……アミィの書いた『Sランク冒険者に求婚されてみた』の最終巻に……ユウリ・アルシフォンが死んで終わりの最終話に……」
彼女は、吠える。
「“続き”を書き足しやがったなぁああああああああああああああああああ!!」
「……言ったろ、脇役の心情を、250ページの長編にまとめたことがあるって」
僕は、腕を下げて、口端を曲げる。
「書き足すのは、得意なんだ」
ふらふらとよろけながら、アーミラは僕を指差す。
「この続きを、端役どもを使って、各地の人間に届けやがったなぁ……アミィの物語が、人間の信じる力で成り立ってることを理解して……逆に利用しやがった……人間らに……」
アーミラは、言った。
「この物語こそが最終話だと、“勘違い”させたなぁ!!」
「……物語は、勘違いで終わらせる」
そっと、僕はささやく。
「だって、コレは、勘違いモノだろ元作者様?」
「ふざけんなふざけんなふざけんなぁあああ!! たかが端役が!! 操り人形如きが!! アミィの邪魔ばっかりしてぇええええ!!
ムダなくせに!! ムダなんだよっ!! 神の採択は止まらないッ!! アミィがこの世にいる限り!! アミィを創り出したオマエたちが、アミィを求め続ける限り!! 消えたりしないんだよぉ!!」
「……なら、試してみるか?」
僕は、念話石を彼女に突き出す。
「僕の書いた物語の中で、“悪者”と描かれているオマエを、どこかの誰かが求めるか、レイアさんの身体から追い出した後に……試してみようか?」
アーミラは、ふらつく。
「む、ムダだ……む、ムダだもん……お、オマエが勝つなんて、誰も信じ込んだりしない……そ、それに、魔力がぜんっぜん足りてない……そんなカスみたいな魔力じゃ、アミィを追い出せないもん……」
「……聞けよ」
赤黒く染まった髪の合間から、僕は彼女を睨めつける。
「人の祈りを……この世に生まれ落ちた端役の願いを……お前に届けてやる……聞け……黙って聞けよ……そうすれば、なにが起こるかわかる……」
念話石から――祈りが発せられる。
「頑張れ!! 頑張れ、ユウリ・アルシフォン!! 負けるな!! 負けるな!! お前なら!! お前なら勝てる!! 負けるな!! 頑張れッ!!」
「がんばって、ゆうりぃ!! がんばれ~!! まま~! ゆうりは、まけないよね? ね? ぜったい、かつもんね?」
「頼む!! 世界を!! 世界を救ってくれ英雄!! お願いだ!! あんたが!! あんただけが頼りだ!! だから、頑張れ!! 頑張れ!! 負けるな!! 負けるなぁ!!」
「お母さん!! やっぱり、このお話、ユウリのこと書いてたんだって!! だから、ほら!! そんなに怯えなくても大丈夫だよ!! ユウリなら勝つもん!! ココにも書いてあるもん!!」
「お願い……お願い……救って……ユウリ・アルシフォン……この世界を……この世界を……たすけて……!」
大量に。
大量に漏れ出す、人々の祈りの声。
この状況に重ねられた物語は、見事に現実と結合して、世界中の人たちが僕のために祈っている。
真摯に、懸命に、ひたすらに、物語を信じている。
「ふざ、ふざけな、いでよぉ……そ、そんな、人に信じ込まれたからって……あ、アミィが……アミィが負けるわけない……人間の都合で生み出されて、人間の都合で消し去られるなんて……」
小さな少女は、泣きながら叫ぶ。
「そんなご都合、認められるかぁあ……!」
鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった彼女は、悪辣な顔を思い切りに歪ませる。
「どうせ、オマエの魔力なんか、たかが知れてんだよぉ……アミィをこの身体から追い出すなんて、できるわけない……!」
「…………っ!」
ガタのきている身体が崩れ落ちて、アーミラが嬉しそうに嘲り笑う。
「ほらほらほらぁ!! 物語のご都合主義でも、限界があるんだよぉ!! なにもかもがお前の都合よく進んだりしな……い……」
そっと、両脇から支えられる。
左には笑顔のフィオールがいて、右には笑っているヴェルナがいた。
ふたりとも、僕に対する敬意や恐れのようなものはない。あたかも、友達や家族に向けるような、親愛の溢れる目線を向けていた。
「もう、なにしてるんですかユウリ。最後くらい、きっちり、英雄として格好良く終わらせてください」
「ほんっと、もう、ひとりじゃあんたはダメね。ユウリの右と左、私たちで支えるくらいがちょうどいいんじゃない?」
「……外面が、ユウリ・アルシフォンに視えるのか?」
「「なに言ってるの」」
ふたりは同時に口を開き、同時に満面の笑みを浮かべる。
「貴方は……わたしたちの、たったひとりのリーダー……そう、わたしたちの夢だったSランクパーティー……」
「燈の剣閃のリーダーでしょ……だから……だから……」
涙を流しながら、ふたりはささやく。
「がんばれ……がんばって、ユウリ……みんなの……みんなの世界を守るために……貴方自身のために……」
「負けるな……負けないでよ、ユウリ……あんたなら……あんたなら、きっと……きっと、できるから、だから……!」
支えられ、僕は立ち上がる。
きっと、何度でも。
何度だって、立ち上がってみせる。
「ぜんいん、手をつなげーっ!!」
いつの間にか、僕たちを取り囲むようにして――王都に人の輪ができていた。
魔力増幅法、腕つなぎ……それぞれの腕をつなぐことで、各人の魔力を共有し、人数が増えれば増えるほどの大量の魔力を生み出すことができる。
腕より手のほうが、魔力流出量が高い。
だから、彼らは手をつないだ。
腕ではなく手を。まるで、分かち合うようにして。
普遍の民も獣人の民も猩々緋の民も、そして天災害獣さえも。
共存を意味するかのようにして、誰もが手をつないでいた。
そして、そのたくさんの手は、フィオールとヴェルナを介して僕の元へと届く。生きとし生けるものの願いが、僕にまで届けられる。
涙まじりの声援が、どこからともなく、僕の元にまで送られてくる。
その声を聞き漏らすまいと、僕は目をつむった。
「がんばれー!! がんばれ、ユウリー!! イルたちの前で!! みっともなく負けるなんてゆるさないんだからねー!!」
「負けるな……負けるな、ユウリ……ミルもイルも……ユウリが負けたりしないなんて……知ってるから……だから、だから、だから……負けないで……!」
「ユウリ!! お前ならできる!! あの天空城で俺の背を押してくれたお前なら!! お前ならできる!! だから、勝て!! おっさんの前で、負けんなよユウリ!!」
「がんばれ……がんばれっ……ユウリ……! 君の魔術、まだまだだけど、免許皆伝あげるから……だから……勝って、笑顔で、戻ってきてよ……!」
「おみゃえは!! ヴィヴィの舎弟なんじゃからにゃ!! じゃから!! こんにゃ!! こんにゃところで、負けたりしにゃいんだからな!! 勝ちぇ!! 笑っちぇ!! 勝っちぇこい!! ゆうりぃ!!」
「ユウリ殿……貴方様ならできまする……きっと、勝てると信じております……私たちを救った貴方様であれば選択できる……きっと……!」
「ユウリ・アルシフォーン!! 負けんじゃねぇっすよ!! めちゃくちゃやってたあんたなら、負けるわけもないんでしょうがぁ!!」
「ユウリ・アルシフォン……貴方はぼくにこの現実で、生きる意味を教えてくれた……貴方が救ってくれたから、今のエウラシアンがある……どうか……どうか、勝ってくれ……どうか……」
「ユウリ……ユウリ……シルヴィはわかってるから……シルヴィの『たすけて』を聞いてくれたユウリなら……絶対に勝てるってわかってるから……だから…だから……がんばれ……がんばれ、ユウリ……!」
「お前が負ける道理などない。行け、ユウリ・アルシフォン」
「い、行け……行け、ユウリ……行け、行け、行け……ま、負けないもんね……ゆ、ユウリは負けたりしないもんね……だから……行って……行って、ユウリ……行け……行け、行け行けっ……!」
願いが――届く。
魔力が、希望が、願いが、全身に満ちていく。
ゆっくりと、目を、開ける。
「ば、バカじゃないのぉ……そんな、声援で勝てるとでも……子供だましの物語じゃないんだから……そんな魔力あったって、所詮は一撃……避けてさえしまえば、アミィは負けな――ユウリ様」
アーミラの全身が硬直して、レイアさんが微笑んでいた。
「数秒、押さえつけます。ごめんなさい、これくらいしかできなくて。応援しようにも、あの旗、お家に置いてきちゃいました」
「……レイアさん」
「ねぇ、ユウリ様、たぶん私は」
ちいさな、ささやき声が漏れる。
「ずっと、英雄の貴方に恋してました。ただの受付嬢で端役の私は、格好の良い外面に、ずっとずっと恋をしてました。
だから――」
細い一筋の涙の線が、彼女の頬を流れ落ちていく。
「負けないで、わたしの英雄……」
「ユウリ……負けないで……負けないでください……勝って……勝って、笑顔で、終わりに……貴方ならできるから……きっと、できるから……だから……行って……!」
「行け……行け……私の騎士様……あんたなら……ユウリ・アルシフォンならできるから……だから……行け……っ!!」
送り出されて、僕は一瞬で距離を詰める。
「う、うそだ、ま、まけるはずない……たかが……たかが、操り人形程度に……端役なんかに負けるはずが……ない……!」
「……違う」
意識を取り戻したアーミラの顔面が、わかりやすく歪む。
「端役だから、お前は負けるんだ……この世界に住む人たちの外面しか捉えられなかったお前が……最後まで人を理解できなかったお前が……最初から、勝てる道理なんてない……!」
「い、いいの!? ココでアミィを失ったら、もう、リーナを生き返らせる手段はなくなるんだよ!? あんただけは、一生、リーナのことを引きずって、ちゃんと笑えずに終わりになるんだよ!? その歪に口端を曲げるのを、本当の笑顔だなんて言うつもり!? 笑って終わりじゃなかったのぉ!?」
彼女の胸の中心、手のひらを押し当てている僕は、リーナを思い出す。
そのとおりだろう。
この魔力を流し込めば、もう、リーナが蘇ることはない。彼女と再会できるなんてご都合主義、もう、叶えられることはないだろう。
本当に、それで。それでいいの――そっと、手が重ねられる。
隣を見つめる。
彼女が、笑っていた。
だから、僕は、決める。
「……ありがとう」
僕は、微笑む。
「僕の……英雄……」
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
魔力を流し込んで――すべてが、消え失せた。




